世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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1月の読書

今年に入って本を読んでる。

昨年は、一年に50冊、という目標だけ立てたものの
記録をちゃんととらなかったのと
読書ノートを出先で紛失するという大失態で
やる気を失ってしまい(←弱い!)
なし崩しで何冊読んだかわからなくなってしまった。
さくっと読める小説は久しぶりに日本にいたから
嬉しくて結構読んだんだけど(重松清とか東野圭吾とか)
育児書は抜かして、
ちゃんと思考の血肉になるような硬派な本読んでないのね。
子育て初めて3ヶ月くらいまではほんとそれどころじゃなかったし
子育て前の1ヶ月は遊んでばっかりだったし
フェローシップあったから論文はいろいろ読んだけれど
でも自動殺戮兵器関連でドローンの未来とか安全保障に関する論文とかだから
ちょっと「人生を豊かにする」読書とは違う偏った感じ。

で、今年に入って
ビル・ゲイツなどの大富豪は
年収300万の人の38倍は本を読んでいる

という(よくありがちな科学的根拠はないけどやる気には一時的に火をつける)
文章を読んで、

よし、じゃあ今年は戦略的に本を読もうと思った次第。
こういうのはやる気になった時に鉄を打っておかないと
炎だけだと消えるの早いからね。

というわけで1月。
①読書の技法(佐藤優)
②なまけもののさとり方(タデウス・ゴラス)
③ザ・ギフティッド(大川翔)
④9歳までに地頭を鍛える37の秘訣(大川栄美子)
⑤お母さんの敏感期(相良敦子)
⑥人生がときめく片付けの魔法(近藤麻里恵)
⑦Thirty Million Words(Dana Suskind, MD)

うん、相変わらず「硬派」なラインアップじゃないんだけれど
(ピケティ買ってあるけど全く手をつけてない)
とりあえず今の「子育て中」の私のアンテナにひっかかってきた本たち。
佐藤優の読書の技法はまねはできないけれど、
「そうか、このレベルまでできる人いるんだ」と知ることで
人間の可能性の深層を覗き込めて、ちょっと頑張る気になる。
月平均300冊、多い月は500冊、とかってそれ無理だよね。
でも「本は汚く読む」とか
一日4時間は新しい情報のインプットするとか
ノートの作り方とかいろいろ参考になる。
心に残ったところはハイライトしておいて読みかえす。

「忙しいということに忙しい」という状態にならないように
意識的に1日1時間の読書は心がけようと思う。

先週市の図書館のメンバーになって
久しぶりにいっぱい本を借りてきた(含絵本)
6ヶ月のお子は、今はまだ本は「かじるもの」という理解なんだけど
先月から気にしないで読み聞かせ始めてる。
絵本の世界がまた深くて温かくて素敵なんだなぁ。

今日はこれ、「まあちゃんのながいかみ」
楽しくてかわいくて、心がぽかぽかするお話。(終わり方もとってもいい)
一週間に6冊借りて、毎日ゆっくり読みきかせる
そんな絵本の世界にはまってます。

ま、うちのお子はまだ「ぶうぶう にゃあにゃあ ぶうにゃあにゃあ」みたいな
お話っていうよりは音の本でいいんだけれど、
お母さんの膝の上にのっかって、音とぬくもりを堪能することで
お話好きな子になったら嬉しい。

来月はピケティ読むぞ。

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# by miomiomiomion | 2016-01-26 23:23 | みおの本棚
結局カナダは予定より長くいて、1ヶ月くらいいたんだけれど
いろいろ環境が変わると赤ちゃんにも負担なのか
お子の「便秘」がひどかった。大文字にしちゃうくらい。

日本にいたときは一日に2回は出ててたまに3回以上でる快便のうちのお子が
3-5日にいっぺんしか出なかった。
4日くらいするとなんかぐずりもひどくなるし、おなかも固くなるし
なんせ、ためてためて爆発するとまたその始末が大変という。
離乳食までちゃんと始めてないのに必要以上に腸の中に存在するからか
ちゃんと便もくさい

遺体とか足がふきとんじゃうような怪我に見慣れているはずのパパが
こんなときオロオロ・・・・
こんなときはドクター・グーグル
「個人差4日に1回くらい普通に出ていて、赤ちゃんの機嫌が悪くなければ問題ありません」
そんなわけでそんな心配はしなかった私。
だってカナダ寒いし(マイナス25度とか普通にあったからね)
これじゃ出るもんもひっこむわ!と思ってたしな。

が。
日本帰ってきた途端

また1日2回の快便スケジュールあっさり復活。それも次の日から。

わたしゃひらめいた。
これって寒さもあるかもしれないけど
おうちに帰ってきてよく寝た(ついた日と次の日は1日中泣いて寝てた)のもあるけど
これ、間違いなく

私の食べ物のせいだ。

カナダではクリスマス時期だったので
チキンとかカセロールとかラザーニャとかいわゆる「油の多いごちそう」
ピザも食べたし、ステーキも食べたし、
とにかく
ザ・炭水化物と、ザ・たんぱく質(それも大きなやつ)祭り。

日本に帰ってきたら
納豆・ねぎ・ナスのぬかづけ・大根の漬物・やまうどと大根のキンピラ、
パプリカ・にんじんのピクルス、鮭、油揚げとわかめの味噌汁、
4種のきのこご飯、伊予柑、フルーツヨーグルト。
(ちなみにこれ1月14日のうちの朝食)
昼は野菜たっぷりの焼きそばと柿(デザート)
夜は葉野菜たっぷりのつくねなべ、かぼちゃの煮物、松前漬け、きゅうりのつけもの、
オレンジゼリー、イチゴ

こんな感じでうちは基本野菜たっぷりでたんぱく質も炭水化物も
デザートもちゃんととるけれど3食しっかりきちんと時間で食べてる。
根菜もおおいし、食物繊維もちゃんと取れてる。
ご飯4杯食べるけどね。塩辛とかふきみそとかあると。特に。

というわけで私の健康がこの「おうちごはん」に支えられている実感は
ずーっとあったのだけれど、
赤ちゃんの便秘がこんなにすっきり直ること考えると
やっぱり食生活、甘く見てはいけないなぁ。

というわけで離乳食を6ヶ月と一週間で始めた土曜日の6ヶ月健診、
母乳オンリー(とマンゴーシャーベット笑)で身長69センチ、体重7200キロ、
ちゃんとすくすく育ってる模様。さ、今日もしっかりたべよっと。

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偉大な思想は胃袋から生まれる、という格言があったけれど
まずは健全な生活は胃袋から、か。
インプットがしっかりできればアウトプットに反映されるってことね。
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# by miomiomiomion | 2016-01-19 12:22 | 衣食住

花には水を 人には愛を

カナダからの帰国。

12時間以上のフライトを子連れで、
カナダに着いた時みたいに空港で待っててくれる人もいない中
午後6~7時の魔の時間を帰りのラッシュアワーに帰るという苦行の一日半。
カナダと日本の時差は10時間なのでほぼ昼夜逆転。
日本に到着が午後5時半というのはカナダ時間で朝3時半という真夜中。
日本時間は魔の時間だし、カナダ時間は真夜中だし、
どっちにしても赤ちゃんが機嫌よくしている理由があまりない
考えれば考えるほどワクワクしない帰途。

乗った時に髭の長いおじさんが左にいて
「ヘロー」と挨拶をしてみたけれど無反応。
子ども嫌いな人だったら困るなぁと思ったら
離陸前にいなくなって、そのまま戻ってこなかった。

「あ、やっぱり子ども嫌いでうるさいと嫌だから席を変えてもらったんかしら」と
私は思ったわけ。

何はともあれ、隣の席が空いているというのは子連れにはありがたい。
外にも出やすいし、かばんも起きやすいし、ごはんも隣において食べられる。
(ひざに乗せてごはんを食べるとお子が手を出してきて危険!)
出発が2時間遅れという嬉しくないスタートだったものの
泣いてる間は立って歌を歌って、おっぱい飲ませて、
スプーンと、きりんのソフィーとたんばりんで乗り切って
到着した東京。バシネットでも5時間くらい寝てくれたし。
ふぅ。前半戦終了。

そこから大きなトランクを預けて
京成線、JR、西武新宿線と乗り継いで帰るわけだけれど
ぐずぐずしている赤子を持って混んでる電車に乗ってるって
本当に肩身が狭いものなのよねー。
「なんでこういう時間に赤ちゃん連れて母親が出歩いているわけ?」
みたいな視線が飛ばされるようなそんな空気の中帰るんだろうなと思ったら
京成線でも、JRでも西武新宿でも
全部席を譲ってくれる人がいたの。
子どもがぐずるときは立って揺れてないと余計泣くので
丁寧にお礼を言って辞すわけですが
本当に本当にありがたいことでした。

荷物が多くて(トランクは宅急便で送ったけれどコンピューターバックと
ママバックとおみやげバックで3つもって、赤ちゃんいると結構すごいことになってる)
コンピューターバックを下において倒れちゃった時も
隣にいた本を読んでいたサラリーマンが
「あ、大丈夫ですか?」っていって私が取りやすいように立ててくれたし。

メディアを通じて情報を仕入れていると「日本社会は子連れに冷たい
という刷り込みがどうしてもできてしまう。
もちろん、譲ってくれない人も普通にいるし、ベビーカーの子どもを振り向きざまに
殴った人のニュースなんかもあるからそういう人もいるんだろう。
でもね、私が日本で2カ月妊婦、6か月母親やって思うのは
日本は圧倒的に親切な人の方が多い、ということ。

何回譲られたり、ベビーカーもってもらったり、ドアあけてもらったかわからないし
子連れで嫌な思いをしたのはほとんどない。

「子連れだから親切にしてもらって当然」なんて全く思わないし、
やっぱり帰宅ラッシュの疲れているところに赤ちゃんが大泣きしたら
ため息つきたくなるかもしれない疲れている人の気持ちは理解できるつもり。
でもそういう時間に、
こんなにちゃんと他人を思いやれる人がたくさんいる日本で私は心から嬉しい。

・・・という話を最初っから母親にしたら母親が一言。

「その最初のひげの人もみおが子ども連れてたから譲ってくれたのかもしれないね」

「子ども嫌いな人で避難したのかな」と思った自分を恥じた瞬間。
そうか!そういう可能性もあったんだなぁ。

今日夜読んだ本にまたぴったりとくる文があった。
「世界がどんなに見えるかは100パーセントあなたのバイブレーションのレベルで決まっています」
「私たちがなすべきことはただ一つ、愛や意識を広げるということだけです」

カナダの時間も愛と温かさに満ちた時間だったけれど
こうやってまた日本に帰ってきて、帰宅途中に人々の優しさに触れて
私も他人にちゃんとやさしい人であろう、
と新年の抱負にひとつ項目を加えた夜でした。

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だれかに優しくしてもらったら、ちゃんと優しさをつなげていく。
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# by miomiomiomion | 2016-01-15 16:08 | 旅の記録

大きいのはいいことだ?

カナダに来て驚くのは

基本的に何でもでかいことである。

私は身長が166センチあるので日本人女性としては平均より高いはずなんだけど
こちらに来ると普通かむしろ「小柄」の部類に入る。
となりにいる相方が2メートルだから必要以上に強調されるってのはあるか。

しょっぱなのエアカナダ。飛行機の荷物入れ、
つま先立ちにならないと閉まらなかったときにあれ?と思う。
座席の間隔もアジアのエアラインに比べて広めな印象。
家庭用のラップが762m入りだったり(業務用とかではなくて2人暮らしの家のラップ)
4人家族の朝の食卓のピーナッツバターが2キロ入りだったり。
ちなみにそのピーナッツバターも「一ヶ月くらいで終わっちゃう」そうで。
なんかとにかく「大きい」し、「多い」のだ。

普通のスーパーで売られている4Aバッテリーが50本入りなのがおかしくて
思わず写真とっちゃったら「あなたの国には電池はないの?」と笑われたんだけど
「50本入りはないよ」と言ったら
「だって、電池ってたくさん必要になるじゃない?」といわれた。
電池ってだいたい2本欲しくて、ちょっとお徳だからって4本入りで買って
使った後の2本をどこかにあるはずなんだけどみつからなくてまた4本入り買うっていう
ループを永遠に続けている私としては50本入りってちょっと気の遠くなるような数である。
去年A4の電池って確か電子辞書で2個と目覚まし時計で1個使った私としては
ざっくり言って16年分である。

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Tim Horton(メジャーなコーヒーショップ)で
「スモールサイズ」を頼んだら普通に日本のMサイズがくる。
日本だとJPの駅のジューススタンドでスモールで頼んだら
尿検査のカップくらいの小ささで来るというのに。(←あれは小さすぎる)
コーヒーは嫌いじゃないけれど、
エスプレッソカップの量で十分でしかもミルク8割で飲みたい私としては
(大きなマグカップに入れて作ってもらって正午になってもほとんど減らない)
ちょっと大きすぎる。

クリスマスに欲しいものは?って聞かれてたから牽制して
「なるべく小さくてかさばらないもの」とリクエストしててもらったのがコレ。
「たたむとコンパクトだよ!!」と力説されたが
実家に持って帰ったら母親が卒倒しそうな大きさである。
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ちょっとした(まぁいい値段の)おみやげを買って箱にいれてもらったら
箱が明らかに大きい。箱に書いてある物のサイズと色が違うことを指摘したら

にこっと笑って、
「ノープロブレム、中身には問題ないわ」と言われたんだけど。

うん、中身にはそりゃ問題ないけどね。箱が大きすぎるのは。
ものだけじゃなくて心も大きいといういことかカナダ人。
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# by miomiomiomion | 2016-01-10 11:17 | かるちゃー

冬合宿

12月初旬の東京、18度だか超えた時あって
「暖冬」だったよね?
一応ダウンジャケットも出してはいたけれど
持って出てもきなかったことが何度もあったような。

カナダもね、今年暖冬なんですと。
なんでユニクロで「進化したヒートテック」を買っといた。

そしたらなんのことない
トロント到着したら、
マイナス19度(((( ;゚д゚))))アワワワ

普通に、すごい寒いんですが・・・

夫「2年前、マイナス48度まであったんだから30度も暖かいじゃん」

・・・・基本365日Tシャツの人ですから、脂肪の量体感温度が違うのです。
と思って外に出たら、バービーみたいなスリムでキュートな高校生っぽい子たちが

ホットパンツ(←超短パン。ヒートテック的なホットじゃなくて)と
サイズLのスムージー持って歩いてる!

じょ、女性は体を冷やしていけないよ・・・と言いたくなる風景。(←余計なお世話)
若いっていいなぁとちょっと思ったけど、
別に自分が若いとき、真冬でスムージーは飲まなかったか。
(スムージーなんてしゃれたものが存在しなかったという点はおいといて)

トロントよりマイナス5-10度は寒い中部に飛び、
2週間、クリスマスキャンプしたり、馬に乗ったり、ソリしたり、
パズルしたり、おうちでぬくぬくしてお料理手伝ったり、外に散歩にいったり。
昨日「あー今日は寒くないなぁ」と思ったら
マイナス5度だった。

気がついたらこっちの人みたいに家の中は半そでかうすでの長袖一枚で
外に行くときにダウンジャケット、みたいな感じで大丈夫になってる。

油とカロリーが多いこっちの食べ物のせいかもしれないし、
ただ単に寒さに慣れた、ってことなのかもしれないけれど。

うちのお子もさすが、というか寒さには強くて
日本でも毛布(というかおなかに何かかかるのが)嫌いで
夜気がついたらべろーんと丸出しで寝てることがよくあったけれど、
こっちでも薄手のロンパースで
寝袋みたいなオーバーサイズのスノージャケットに放り込んだら
基本どこでもご機嫌になってる。
ソリ遊びも楽しそうだし、お外での高い高いも大好き。

マイナス20度を経験するとマイナス5度が温かく感じる。

人生の幅ってこういうことだなぁと思う。
つらいこととか大変なこと、悲しいことがあっても
自分が耐えられないと思う枠よりちょっと(というか結構)外の経験をしても
意外に大丈夫だったりして、
自分のキャパがぐんと広がって
「マイナス5度」の体感が「快適なもの」に変わってくる。
マイナス40度が日常的に耐えられていればマイナス20度だってらくらくいける。
そんな冬合宿な日々なのです。

努めて大変な(と思われる)こと、きついことに身を呈してみることって大切。

大人になるとどうしても自分で選べる分楽な、楽しいほうに流れがちだけれど
ちゃんと自分のキャパが広がるような環境やら挑戦やらを設定しないとね。

ちなみに、進化したヒートテックなかなかいいよ。
マイナス温度でも十分対応可。
半そで-ヒートテック-ダウンジャケットが基本コーデ(ぷ)です。
家の中では半そでね。

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馬も人間もモコモコ 動きもモコモコ(言うこと聞いてくれない)
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# by miomiomiomion | 2016-01-06 23:32 | 楽しく生きる

2016年 よーし

過去は振り返らず、言い訳もせず、後悔もせずに

新年をさくっと始めようと思う。

昨年はブログに関しては完全なる敗北でしたが
それはまぁ日常生活で消化活動が健全にできてた裏返しでもあるわけで
あとは6月までほぼ毎月、予定してなかった引越しやら旅行やら長期出張があって
インドに行き、
イエメンを出て、
エジプトに行き、
エルサレムにも行って、
瞑想合宿も行って、
ってここだけ読むと「スピリチュアルに開眼した人」みたいになってるけど
7月7日の七夕に予定日10日遅れて

出産

して、昨年の半分は日本に帰って来てて
やったことといえば

おむつがえ
授乳
買い物
掃除
料理
ママ友と会う
ほかの友達と会う

くらい。その前の年みたいにマラソンやったりアドベンチャーレースにも出てないし
読んだ本の記録もとってないし(そもそも読んだ本が超少ない)
仕事やら妊婦検診やら結婚式やらで相変わらず世界中飛び回ってはいたけれど
新年(2015年)の抱負を書いたノートを
イエメンにおきっぱなしで避難してきちゃったから
(戻る予定が空爆始まって戻れなかったという。荷物も置きっぱなし)
年末に果たして何が抱負だったかもわからないというテイタラク。

過去を振りかえらないとは言え、ちらっと肩越しに振り返ってみると
あれもこれもそれもどれもできてない気がするんだけれど
女性は出産して人生のこもごもリセットされるっていうから
胎盤と一緒に「いけてないこと」は流してしまったことにしよう。

というわけで2016年。
手帳とか日記帳が代わるとなんでこんなに

生きることへの意欲

が沸いてくるんだろうね。
さー今年はこんなことやろうあんなことやろうと
フレッシュな気持ちで脳内エキササイズをしているこの一週間。
12月の半ばから相方の故郷(カナダ、しかも一番寒い地域)に
子連れで「里帰り」してるのだけれど
クリスマスになんか調子が悪いといってた相方の足が
なんと大晦日に化膿してやばくなってくるという。
救急車ないから友達に車で夜間救急に連れてってもらう、という年の暮れ。

ひやしたシャンパンでカウントダウンするはずが
相方と友人が病院にいて
私と友人の奥さんでソファーでやきもきしながら
トム・クルーズのmission impossibleが流れている中
一年が終わりました(そして一年が始まりました)

今年は仕事復帰もするし、
でもどこの赴任地になるか決まってもいないし
かわいいお子もいるし
今までの一年とはがらりと変わるだろうけれど
いやーいい予感しますよ。
(足の化膿からスタートしましたが)

今年のアウトプットとしては
ひと月に10くらいブログが書ければ(←それでも
昨年に比べたら野心的)と思ってます。
垂れ流しの一人言じゃなくて
ちゃんとストラクチャーと味とパンチの効いた
文章を定期的に書かなくては。

それでは皆様、今年もよろしくお願いします。

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凍っている湖でエミをそりに乗せてお散歩。マイナス20度。
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# by miomiomiomion | 2016-01-05 13:42 | 楽しく生きる

2015年中間報告

ここまで放置されてるてびがびに干上がっちゃって
存在意義ないんじゃないかというマイブログですが、
やっぱり生きてることはとっても面白いし、
伝えたいこともいっぱいあるし、
イベントも事件もいろいろあって
あとは私が時間を作るだけってところなので、
ここらでほいと一念発起して
8月21日から(←別になんの記念日でもないし、キリもよくない)
頑張る由。

FBより記録のストックしやすくて(FBはあとからアーカイブとしては使いにくい)
自分の日記よりみっともなくない思考消化プラットフォームとして
ブログをもっと活用せねば。
でも、毎日じゃなくていいのよね、週に2-3回ゆるりと
起承転結オチのある文章をかいて脳みその液状化を阻止しよう。

今年は超イベントフルな一年で、私とFBでつながってたり
会ってる人は知ってるだろうけれど、
さらっと10大ニュースダイジェスト風にいうと

1.イエメンから退避
2.エジプトで4ヶ月勤務
3.フェローシップでインドとワシントンに(これは去年からの継続案件)
4.エルサレムで友達の結婚式
5.死海にうく(←人生のやりたいことリスト項目No.26達成)
6.モーリシャスに行って(←人生やりたいことリストNo.54)
7.ヴィッパッサナの瞑想合宿@京都行って(←リストNo.53)
8.結婚して(←リストNo.1)
9.出産して(←リストNo.2)
10.今産休中←イマココ

というフルスロットル中。
人生ってわかんないもんね。

まさかイエメンが空爆を受けるとは、だし
まさか自分があっさり(でもないんだが)人の親になっちゃうとは、なのだ。

復帰後?第一回は「人生を変える事件」である出産レポートを書こうと思ったんだけれど
前回がなんせ2ヶ月前でどわーっと瞑想合宿レポートだったんで
ちょっと一呼吸いれてみました。

というわけでこれからもごゆるりとおつきあいください。

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というわけでたそがれの死海(No.26)。新聞もって片手にモヒートってやりたかったんですが
すっごいドロドロでした・・・
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# by miomiomiomion | 2015-08-21 16:42 | ワタクシゴト

心の浄化

ヴィッパサナー合宿 まとめ:

最初にヴィパサナーの瞑想合宿のことを聞いたのは確か2000年の最初。
インドやミャンマーでの合宿に行こうかと考えたこともあるし、
実際京都の合宿に一度申し込んでいたりもする(2006年。キャンセルしたんだけど)
でも10日間休みをとって、どこか遠く(たいていは田舎)で
ひたすら「瞑想する」という気分にならなかったり、
ここ数年は休みのときはレースやマラソンやってたし、
タイミングが合わなくて
やっと今年の今、参加することができた。

人生ってタイミングだなぁとつくづく思う。

でも、いろいろ考えてると
ちゃんと「ベストなときにベストな内容で手に入れられる」ってこともわかってる。
努力はしてみるべきだけど
思うように思ったようにならなくても心配しなくて大丈夫。
必要なものは必要なときにちゃんと手に入ってくる。

で合宿内容。

1日目の午後にチェックインして、12日目の早朝にチェックアウト。
中日10日のうち9日は「聖なる沈黙」(先生やコースマネージャーと必要な以外は
一切しゃべらない)を守り、一日10時間瞑想(プラス90分講話)というスケジュール。
朝4時起床。夜9時半就寝。食事はシンプルな菜食。
(午後5時は基本はお茶とフルーツのみ)

最初の3日間はシンプルに呼吸を観察して、
後の7日間はヴィッパサナー瞑想ってものをやるんだけれど、
特にマントラを唱えるわけでも、形式があるわけでもなくて
「今の自然な自分(の呼吸と感覚)を観察する」のがメイン。

呼吸の「すーはー」をただひたすら「観察せよ」といわれても
二時間も座ってると、体は痛いわ、気は散るわ、集中力は途切れるわで
気がつくと「すーはー」とは全然違うことを考えている自分がいて。
とにかく最初の二日は

人生分睡眠不足解消的な位置づけ

すーはーすーはーを10回もいかないところで雑念が混じり、
心の雑音を消して戻ってみようと試みること数回で
意識が飛んで2時間終了。という繰り返し。

面白いのが3日目くらいから今までの人生で忘れていた脳のアーカイブの
深いところにもぐりこんでいた些細で瑣末な過去の断片がいろいろでてくるようになった。

3日目くらいから人生汚濁シリーズ

幼稚園のときに列になったとき、私の後ろに並んでいたYちゃん。
ちょっと発達障害気味な女の子で、みんなが帽子にいじめていて
自分もみんなと一緒に砂を乗せて彼女に「やめてよー」と
いわれるのを面白がっていたこと(なんて邪悪な私)

小学校2年のときにで一緒に帰ろうと誘ったのにほかの友達と相談してから
だめといったHちゃん。

水泳クラブで一緒に組むのがやだったSちゃん

給食のヨーグルトのふたをなめたら「そういうことをしちゃだめだよ」と
当時好きだったKくんに言われてすごく恥ずかしかったこと。

とかそういう瑣末で些細な心に作った小さな傷がぽこぽこと出てきた。
あまりに昔過ぎて今どうこうということではなくて
そういえば、そんなことがあったなぁーと懐かしく粛々と思い出していく。
ドラマでいうところのダイジェスト、というか
いろんな場面が次から次に浮かんできて、
瞑想中は心の雑音でうるさかったし、
夜になったら寝られないしで
とにかく精神的に辛かった。(思い出すこと自体ではなくて)

面白いのは最初は幼稚園とか小学校でいやだったこととか悲しかったこととか
ひどいこととかで、次の日は「人生で盗まれたものシリーズ」で
次の日が「私が傷つけた人、傷つけられた人シリーズ」で
結構はっきりしたカテゴリー別に、今までの人生分さらさらと記憶が出てくる。

12日中。ちゃんと寝られたなってのは3日くらいであとの日は
うだうだと今までの人生で忘れかけていたことを思い出していたのかもしれない。
で、思い出して、”赦す”でも”流す”でも”忘れる”でもなくて

ひたすら「観察する

人生を辛くするのが嫌悪感と渇望。
それにイライラ感と睡魔と疑問

どっかに無理やりどうこうするのではなくて
自分の体や心の感覚を冷静にみつめながら出てくることを「手放す」作業。
これがなかなか大変なんだなぁ。感覚が研ぎ澄まされて、心が軽くなってくる。
体は痛いけれど、集中力は途切れるけれど、
呼吸や体の感覚にフォーカスしながら、自分に向き合う。

それこそ幼稚園時代から大学時代、就職してからの12年間、
別に今まで立ち止まってこなかったわけじゃないけれど(寄り道だらけだったし)
なんていうか12日間誰とも会話をしないってだけでここまで
自分とどどーんと向き合うことになるとはね。びっくりびっくり。
人生でずいぶんいろんな経験してきたとは思うけれど
ここまでの「ビックバン」はなかったかも。

旅行をして、いろんな人に会って、いろんなことやって、
楽しい人生を送ってきてるとは思うけれど、もはや人生の幅を更に広げるには
「たくさんの国にいくこと」とか「たくさんの友達を作ること」自体には
あまり意味がないという段階には完全に入っていて
そうなるとベクトルは外じゃなくてうちに向いていくんだなぁと
うすうす感じてはいたけれど、実際に自分のうちに向かうってのは
楽な航海ではないのだ。

しゃべらないこと、書かないこと、テレビも電話も、ネットもない、
空気だけは本当にきれいで薄目を開けると誰もびくとも動いていない
そんな中での2週間、
シンプルで薄味の菜食だけで生きているとああ確かに

浄化してくるなぁ

という実感がある。「浄化」ってとちょっとうさんくさいというか宗教じみてるというか
ちょっと構えてしまうかもだけれど、日々忙しい中で思考や感覚を消化不良のまま生きてくると
心が腐敗してくるってのは実際あることだろうと思う。
多少の腐敗っていうか免疫がないと人生を楽しく生き抜くには難しいわけだけれど。

人によっては瞑想をしててビリビリきた!とか涙がとめどなく流れてきた、みたいな
ドラマティックな経験をする人もいるみたいだけれど、私の場合は
ひたすら規則的にカテゴリー別に人生の汚濁が浮かび上がって、消えていった感じ。
一日の終わりに90分ある講話がまたよくてねー
自分のことを穏やかな気持ちで過度の興奮することなく
みつめられてよかった。ほんと。
でも、これからちゃんと自分の感覚を観察していくこと、瞑想を続けていくことが
肝要みたいだけれど。

最後の一日は「聖なる沈黙」が解かれてからが、これがまた。
もともと「考えること」「語りたいこと」がいっぱいある人たちが
共時性がある中に集まってくるわけだから

話は早いし、わかるし、面白いし

5人の母親の沖縄在住の人とか
子供が大きくなって再婚考えてる人とか
大学卒業してコミュニティスペースを作ることを考えている元保育士さんとか
リゾートバイトやりながら英語勉強している人とか
地爪を育てるネイリストさんとか
背筋がぴんと伸びてるヨガの先生とか

そういういろんな人たちと
いろんなことを話すのはとても楽しい。
12日間うちにうちにむいていた感覚がぱーっと外に放たれる快感といったら。

これで、精神的に大きく開放された私がその夜に見た夢は

厚切りジェイソンと夫婦漫才する夢でした。

朝、起きた時、
あ、私とりあえず今浄化されたんだわって納得しちゃった。

それにしても厚切りジェイソンとは・・・・

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# by miomiomiomion | 2015-06-08 09:56 | ワタクシゴト
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フランスの週刊誌「シャルリ・エブド」のテロリズムの件に関する
言論の流れを見ていてぬぐえない違和感というか、居心地の悪さを感じている。
イスラム過激派対表現の自由、というわかりやすすぎる
(そして本質を必ずしも貫通していない)対立の図にして世の中を語るのは
「かたはらいたし」である。
テロリズムを正当化するつもりなんてこれっぱかしもないけれど、
イスラム過激派とかテロリズムにカテゴライズしてしまえば、
その対極に陣をとり、正義を掲げられるその「欺瞞」というか
先進国の「横柄さ」にうんざりするのは
私が気のよいイスラム教の人々の中で暮らしているからなんだろうか。

風刺画を楽しむ人たちもいるけれど、それにものすごい違和感を感じる人たちがいる
(それは過激派だけじゃないのだ)、ということを理解しようとしないのは、
「外国人だからという理由で日本の家で靴を脱がない外国人」にちょっと似ていなくもない。
表現の自由、ってのは問答無用の正義なんかじゃない。
(だからってテロはいけませんけど)

そんなとき、この京都のお坊さんのTED TALKに救われたというか、なんというか。

TEDxKyoto, Quest of religion(題名英語だけど、内容は日本語)

日本の宗教を料理のメインコースやカレーにたとえて軽妙に語られるトークは面白くて深い。
教義に忠実であるのは大切なことだけれど、もっと大切なのは宗教を違った人を尊重し、
仲良くやっていくこと。ひとつの宗教を妄信的に信じるあまり、
ほかの宗教と対立してしまうのは本末転倒で、宗教というのはそもそも人が感謝をし、
安心感を感じ、天命を全うするお手伝いをすることで、そして
安心感を感じる方法はひとつではない、
とかそういうやわらかい言葉の一つ一つがふわーとしみこんでくるわけです。
日本の字幕がひどいけど、これ英語の翻訳ないものかしら。
日本の寛容度の高い宗教観というのは
本当にこれからの世界の対立を緩和するツールになりえないか、
と私もまじめに考えたりするわけです。日本語なんで、ぜひ。
(字幕、校正して欲しい・・・でこういう内容こそ英訳すべき!)
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# by miomiomiomion | 2015-01-14 02:00 | 社会を斬る

一日一東野圭吾

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日本人同僚が3冊東野圭吾を貸してくれたので
この3日は

一日一東野

な今日この頃である。
何が贅沢って仕事終わっておうちに帰ってきて、
特に大きな予定がなくて(今は毎日同居人みんなで”T25”やってますけど)
大きなマグカップにチャイとかほうじ茶入れて
ソファーに沈んでこころゆくまで本を読む時間。

日本語の文庫本だと2~3時間で読めちゃうので、
(英語だとこうはいかないんだな)
「その後どうなった?!」と日を跨いでやきもきすることなく
数時間本の世界に閉じこもる。
こういうときにご飯作ってくれる人がいるってのがありがたい。

「今日、本読むからごはん作ってね」

という環境。ありがとう。

というわけで、
「マスカレード・ホテル」
「ナミヤ雑貨店の奇蹟」
「パラドックス13」

と続けて3作。東野圭吾のプロットの組み方って緻密であれよあれよとつながって
最後ちゃんとくるってまとまるのがすごい。
そして伏線がすっごいさりげなく出てくる。
犯人は誰だ!?みたいな気合の入った読み方をしないので、
流れるままに読むんだけど
人間描写も深みがあるし、登場人物キャラがたってて魅力的だし
人が殺されてもおどろおどろしすぎないで
読後感もよい。

この3冊で一番好きなのは、「ナミヤ雑貨店」だな。
時空を超えて、人がつながって、
私の起こした行動がいろんな形で世界に広がっていく。
人は一人で生きてないんだなぁと嬉しくなる。
ファンタジーだけど、現実離れしすぎてなくて、
人情厚くて、一つ一つのドラマに重力と味がある。お勧め。

最近のクローズアップ現代で「広がる”読書ゼロ”」ってやってたみたいだけど
3年に一冊も読まない現代人って本当にもったいないよね。
読書ってただの「時間つぶし」なんかじゃなくて
ほかの世界のこととか、自分が今まで興味なかったこととか、
ちゃんと体系立てて
自分の見識やその後の体験につなげてくれる大きなきっかけになることだから。

ま、東野圭吾いっぱい読んでも別にすぐ見識広がらないけど、
でも自分の今所属していない社会のドラマを体感したり、
涙したり、ドキドキしたり、考えさせられたりって
ネットのまとめサイトで断片的に得る情報だけではなかなかできないこと。
ごはんだけじゃなくて、情報とか世界感も
”Whole food"でとりいれたほうが脳にも栄養になると思うのです。

さて、3冊終わっちゃったんで
次の読書はオランダ人の友達にもらった「Blackberry wine」を読む予定。
私の本のチョイスは、人からたまたま借りたもの、とかもらったもの、薦められたもの、
ネットや書評を読んで興味をひかれたもの、と極めてランダム。
でもランダムって馬鹿にできなくて、
結構ちゃんとその時必要なものがちゃんと手元にくる不思議。

今年はどんな本に出会えるのか、楽しみ。
ぜひ読んで面白かった本とか印象に残った本を教えてください。
読書っていいもんですね、それでは。さよなら、さよなら。
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# by miomiomiomion | 2015-01-12 23:46 | みおの本棚

来客万来

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イエメンは基本的に大家族で、親戚も多いので

一人暮らし

の人があまりいません。
よって、外国人の私たちは

でかい家(もしくはアパートに)にあえて一人暮らしOR家シェア

ということになります。3階建てのうちとかごろごろあって、
部屋も8部屋とか12部屋とか私が見たなかで一番すごいのは23部屋という豪邸もあって、
トイレもいっぱいあるし、リビングルームと娯楽室
(カットという麻薬性のある葉っぱを噛むための部屋)と細かい部屋がいっぱいあって

一人で住んだら毎日違う部屋で寝られる!状態(←寝ないけど)

というわけで私は同僚3人と豪邸をシェアしています。
7部屋あって、それぞれにトイレとバスルームがあって、
台所も二つあって未使用の部屋もあります。
同居人はパキスタン、ケニア、南アフリカ人なんだけど
宗教も生活習慣も違って、毎日面白いです。
ちなみに二人はソマリア、スーダン時代からの同僚。
こうやってまたおんなじ赴任地で会う腐れ縁の友人です。

で、パキスタン人が
「今週の金曜日にお客さん呼んだから予定あけといてねー」というんで
「いいよいいよ」と安請け合いしたら

パキスタン大使来るから」


え。

ってか、そんな大物がなぜうちに・・・・

「パスポートの更新について大使館に問い合わせしたら大使から返事が来たんだよ」
っていうんだけど・・・・

ってか、パスポートの更新の問い合わせに大使が返事してくるってのもビックリだし、
それで、「うわ!大使から返事きちゃった。すげーうちに呼んじゃえ」
といううちの人の思考回路も、ビックリ。

ということで大使くるんだけど、

ミオ「で、SPとか来たりしてね(笑)何人来るの?」
パキ「10人

ってか、そんな大人数うちに呼ぶんだ・・・・

5ヶ月経ちますが、文化の違いってそんなにすぐに埋まったりはしません。
というわけで10人分(プラスうちらで14人分)の料理な今週末です。
あー楽しみ(汗)
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# by miomiomiomion | 2015-01-08 21:53

発酵のススメ

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2015年の初の読書は「発酵道」(寺田啓佐)

この本は、ラオスにいたときに知り合いの知り合いつながりで紹介してもらった
フリーライターの珠希さんにいただいたもの。
「何か日本から欲しいものはないですか」と聞かれたときに
ずうずうしく「最近読んで心に残った本を一冊」というリクエストをしていただいたもの。
(彼女には納豆メーカーやすごいおいしいお味噌もいただいたのだった)

一度読んでいたんだけれど、再読。
本って自分の成長にしたがって読み方も受け取り方も変わってくるから
ぴんと来た本やぴんときそうな感覚がある本はちゃんと持って歩く。

日本酒の蔵元の当主である寺田さんが
自分の経験から得た学びと試行錯誤が書かれるんだけれど、
特に日本酒好きという私ではないのに(どちらかといえばビールかワイン派)
←どうでもいい情報
惹きこまれる。

それは日本酒作りという分野ではあるけれど
そこからつながる商売のあり方とか
人間としての生きかたの普遍性の肝の部分に触れるからだ。
彼が着目する「微生物」のありかた、その調和と包括的な働き、
自然界のエネルギーを巻き込んで造られていく日本酒のドラマ。
その前の「利益ありき」の時代と比較して
本物に気がついていくその過程と心意気が読ませるのだ。

「手放すところから、循環が始まる」
「自然界は、競争原理より強調原理のほうが強く働いている」
「殺菌消毒を丁寧にした蔵は、菌のバランスが崩れてしまっている」
「発酵のための環境を整えるのにもっとも大きな影響を及ぼすものは人間の
「言葉」や「意識」である。」

ともすると宗教的にも聞こえなくもないけれど、
まじめに生きるってことははからずも宗教的な領域に自然に
入りこむことだともいえるから
今の自分に「!」ときたところはハイライトしていく。

”発酵”と”腐敗”という2つのキーファクター、
さまざまな微生物が活躍し、作られる日本酒の話と
関係ないようだけど、昨年子宮頸がんの検査でひっかかったときに
お医者さんがくれたしちゃ駄目リストの中に

「殺菌作用の強いボディソープじゃせっけんは使ってはいけません」

というのがあったのを思い出した。
それも、その心は
「悪い菌だけじゃなくて、体内のいい菌も殺してしまうからよくない」
ということなんだろうと思う。


というわけで、子宮は元に戻ったけどあれから
「キレイキレイ」も「ハンドサニタイザー」も使ってない。
でも風邪引くけどね普通に(あれ)
ま、どこで何を食べてもおなかが丈夫なのは
たぶん腸内が適度に調整がとれてるってことなんだろうな。

悪いものを駆逐するのではなくて、よいものを育て(発酵させて)
健康な環境を作るのがいい、という気づき。
これってさ、日本酒作りだけじゃなくて、
人間関係とか社会全般のバランスについても言えることよね。

閑話休題、ということで。
イエメンにいてせっせとお味噌汁飲むし
お漬物作って体の腸内バランスの調整に勤しむ私なのでした。
今週末はぬか床作るよー。
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# by miomiomiomion | 2015-01-06 20:40 | みおの本棚
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Lunch box 「めぐり逢わせのお弁当」

この80年代のアイドルの歌のタイトルみたいな邦題のセンスは
どうかと思うけれど映画はとてもいい。
え?ここで踊り入れるの?なドラマも歌も踊りもてんこ盛りの「インド映画」とは一線を画す
静かでゆるやかで暗いトーンで物語りは展開する。
胸をぐらぐらつかまれるようなことはないし、登場人物はみんな地味。
「平凡」な生活を粛々と生きている。
今もっていないものを手に入れるためにもがくことはなく
日常生活に不満はあるけれど、何かを変えようという方向に
エネルギーのベクトルは向いていない。
毎日、繰り返し生きていくだけで大変だからだ。
そんな中で、歯車がぽろっと狂い、会うことのない二人に接点が生まれる。
それから二人が関係を深めていく展開が味わい深い。
妻に先立たれ、生きることに大きな期待をしていない孤独な男と
家庭にいて、世間との接点のない孤独な女。

私が一番好きなのは「カフェ」の場面。
想い、期待、失望、恐れ、喜び、情熱、全方向の人間の感情がほとばしるのに
二人は出会わない。そして現実は私たちが期待しているようにはIt does not happen.
大人になると、現実なんて自分ひとりの気持ちで動かせない事情が出てくるのよね。
わかるようで、もどかしく、切なくて、ちくんとくる。

もしかしてな希望の光がちょっとだけ見えなくもない終わり方。
でも何にも起こんないかもしれないし、
二人が出会ったらどんな会話をするんだろうと
外野ながらやきもきする。

人の出会いが”手軽”で”お気楽”で脆い現代に生きていると
手作りのお弁当や手書きの手紙に象徴される「人とのつながり」が懐かしくなる。
すごい勢いで変わっていく現代インドの中で
取り残されていた二人がみていくこれからと、毎日届けられていくお弁当。

歌と踊りはありませんが、奥行きと広がりがある素敵な物語です。
ぜひ。
★★★★☆
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# by miomiomiomion | 2015-01-05 07:24 | 映画評

2015年発動

あけましておめでとうございます。

えーブログに関しては全くダメダメな2014年でしたが、
それはFBが楽なのをいいことに自己消化活動をほぼFBベースでやってしまったからで
それはそれでありなのかもしれませんが
FBって過去記録プールのプラットフォームとしてはいまいち使いにくいのと
(現在進行形の”交流”の場としては有益ですが)
基本、「知り合い・お友達」中心になってしまい、
これからもっと積極的に世界に(←でかくでたな自分)発信していかねばならない私としては
ちょっとこの殻を破らねば!ということで
2015年は

ブログのエントリーを100以上

という目標をたてました。
毎日、ってしないのは最近現実派に転向したからです。
最初に頑張りすぎるとだめになり始めた時に

ええい、もうどうでもいいわ!

と自業自棄にまとめてなりやすいからな。
ということでリスク管理で、3日いっぺんだったら、体勢建て直しやすそうだし。

年末年始は島でキャンプして向かえるというクールでいけてる計画を立てていたのに
出発当日に「メンテナンスが間に合わない」という理由で
キャンセルになった飛行機。
ま、メンテナンスまずいままで飛ぶの困るから(ここだとニュースにもならなそう)
これは、年末年始は家に引き篭もれ、というメッセージだと受け取りました。

といってもほぼ空にした冷蔵庫だったので買い物に行った先で
友達にゾロゾロ会い、結局年明けは友達のうちでパーティーに参加させてもらい、
そのまま、一緒にキャンプ行くはずだった友達の家でお泊りして、
女子トークして、ボードゲームして、なんかほっこりした年明けだったことよ。

で、1月1日にさくさくと家に帰ってきて、
カラシニコフの銃声を聞きながら(たぶん銃撃戦とかじゃなくてお祝いの祝砲)

①人生100のリスト
②2015年、20のリスト

を更新しました。今年はすごいですよ。発表しないけど(え)
新しくエントリーしたワクワクするものとしては

37.マヌエル・ノイヤーと友達になる、とかあります。
ええ、別にすごい大層な目標ばかりじゃなくて、
買い物いけよ、みたいなのもありますけど(87.パスタマシーン欲しい、とか)
なんせ100リストですから。
そんな、85.判断力、行動力、愛のあるリーダーになる、みたいのばかりではありません。
(でもそういうのも結構ある)。
やり方がいまいちわかんないものはここ数年ずーっとエントリーしてるんだよね、
消せないから。29.おしゃれで華のある女性になる、とか。
よし!達成したといってクロスオーバーする日が来ないまま死期を迎えるんじゃないか。
ま、それはそのときで。あきらめちゃだめよね、
やり方わかんなくても方向性としては持っとく。

とりあえず、昨年の100リストから
④XX円貯める(←気がつかないうちに余裕で貯まってた)
⑭大恋愛する
27.飛騨高山の温泉に行く
79.築地で寿司の朝ごはんを食べる

が消えました。大恋愛したか?は怪しいところですが
それなりに豊かな一年間で、今年はちょっと風向きが変わりそうなので消去。
よし!やったぞなんは、貯金と飛騨高山と築地ですね。
どっかいって何かやる系は、要するにちゃんと時間作って計画すればいいわけで。
(43.宇宙に行く、とかはいってますけど)

2014年は14カ国行って、フェローシップも受かって、
昔の友達にも会えて(昨年は結構同じ人に何度もあった)
方向性がいろいろ見えてきた実りの多い一年でした。
今年はですね、それをより発展させる一年になると思います。

いろいろやるより、深さとすでにもっているものを発展させていく感じね。

みなさんの2015年が素敵なものになりますように。
今年もよろしくお願いします。

みお拝 2015年1月2日

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# by miomiomiomion | 2015-01-02 17:43 | ワタクシゴト

知的栄養補給

マイキンドルの調子がおかしくなってから読書がまた“文庫本回帰”していて、
でしかもそれが「従来スタイルを貫く自分おしゃれ」的な全く見当違な言い訳をもって、
キンドルを修理するとか代償策を探すという努力を放棄していたんだけど、
先週UNHCRの同僚の家に遊びに行った際に
「スマホでも電子書籍が読める」ということを“発見”し、
さくさくと自分のギャラクシーにアプリを落としてみたんだが、

やばい、これ使える!

いやさ、いまさらだけど、私たち本当にいい時代に生きてるよね。
重い本をダンボールで持ち歩かなくたって(今だ3箱は私に追随している)
料理本だって、雑誌だって、日本の小説だって、
WIFIあれば手に入る時代なんだから。(当たり前だって言わないでおくんなまし。
そういう現状が存在していても自分の理解の範疇にすとんと入ってなくて
利用できてないことっていっぱいあるはずだから)
日本帰国時にBOOK OFFで悶え死にかけたが、ネットをもってして、
世界中の魅惑なコンテンツに実際買い物するより廉価な値段で手が届いてしまう時代って、
本当に昔(そんな昔でなくて、自分の学生時代(十分昔かw)
に比べてみても格段に恵まれている。

というわけで、知的栄養補給に勤しむべく、早速いろいろ落としてみる。
Synchronicity (Joseph Jaworski), 世界の経営学者は
いま何をかんがえているのか(入山章栄)人間の大地(サン・ディクペリ)、
孤独の歌声(天童荒太)、真珠婦人(菊池寛)、明暗(夏目漱石)、
人間失格(芥川龍之介)、堕落論(坂口安吾)、最初の4冊以外は
青空文庫出品(懐かしい・・・・)だからすべて無料という太っ腹である。

早速天童荒太を読んでみる。ううーん、彼、「永遠の仔」の時に
上下いっぺんに8時間かけて読んでしまったほどがーんときたんだが、
ちょっとこのた話先が読めるっつか、都会人の孤独と狂気にフォーカスしすぎて
ちょっと食傷気味。重いのも、おかしいのもいいんだけど、
その合間の「人間の良心」の部分が薄くて、ちょっと登場人物に感情移入できないまま
終わってしまった。都会人と狂気ってのが私の環境とかけ離れているから、
というのもある(皮肉に聞こえるかもしれないんだけど、
人間の狂気って中東なんてところにいたほうが身近にありそうなんだけど、
東京のそれに比べると宗教とか政治とかそういうまっとうな社会的ファクターとつながっていて、
先進国のわけのわからない魑魅魍魎の中、普通の仮面の下にどす黒く眠ってるってのと違って
思考が広がりやすいのよ)というわけで評価は★★☆☆☆。

次、坂口安吾の堕落論。しょっぱなの「元来日本人は最も憎悪心の少ない
または永続しない国民であり、昨日の敵は今日の友という楽天性が
実際の偽らざる心情であろう」・・・という文章にぐっとくる。
文章が決して難しくないんだけど、深遠っていうか、あとは漢語が結構あって、格調高い。
(でも辞書必要)読んでて頭がよくなる感じ(←錯覚?)
武士道が元来人間の弱点に対する防壁の意味があるという解釈と
人生や本能に対する洞察の結果であるという視点にハイライトを引く。
彼の文章は人間の弱さに真っ向に向かいながらとつとつと語っていて、
天皇制も武士道も歴史の必要性をもってして生まれたんだという説に深くうなずく。
こういう普段考えてもみないことを考えさせられる・自分の視点が広がるというのが
読書の醍醐味であることよ。★★★★☆

で、菊池寛の真珠夫人。テレビドラマになったのとたわしコロッケが話題になった
という知識(と言えないだろう)だけしかない状態で読み出したんだが、
ひやーこれは壮大な悪女のドラマですよ。
いろいろ時代が変わりつつある中で、新興成金と墜ち行く貴族階級の確執、
人間の情、怨念、弱さ、愛、美しい瑠璃子に共感できるのは10%で
あとは美しい女性に翻弄される男の愚かさにお気の毒度90%、
でも彼女も栄華を全て手にいれたようでいて本当に欲しかったものは
手に入っていないという皮肉。自殺、年の差結婚、許されない恋、セレブ生活、親殺し
年の変わらない継母と子、障がい者、3角関係とワイドショー的などろどろ要素が満載。
なんていうかおいしいところだけとってふわふわとろとろしている注目される女性像が
「小悪魔」「美魔女」みたいなライトでポップな現代に生きていると
こういう男を死においやっていく「妖婦」ってのがゾクゾクくるけど、
共感っていうんじゃなくて、怖いものみたさ。
「妖艶」っていう形容がつく凄みのある美しさをもった女性がいて成り立つ物語。

ただ、イエメンくんだりまできて日本の悪女の話を読んでる自分ってのに
ちょっとつっこみを入れたい。ってか結構ダウンロードしたラインアップが暗いな私。
★★★☆☆(3.5娯楽としてよくできてる)
ちなみにたわしコロッケのくだりは出てきません。
残念。(でてきても評価4にはしないけど)
読みたい本はいろいろあって、どれもキンドル化されているわけではないけれど、
これを機に一週間に一本のペースで読んでいこう。(←今のところ一日一冊ペース)
脳の筋力って普段読んでる文章量とその質にある程度比例すると思うの。
毎週エコノミスト読むこと(これは英語)と英語の本と日本語の本の割合を50・50にすること。
(日本語の本だと読む速度が10倍以上早いのでどうしても本が手に入る環境だと
日本語が多くなっちゃう)それからちゃんとアカデミックな論文を毎週読むことを自分に課す。


ということで、私の読書日記もほそぼそと再開の由

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# by miomiomiomion | 2014-09-20 15:11 | みおの本棚

楽しく生きる能力

順応性は人より高いほうだと思う。
人生の中で食べたもののうちもう二度と食べたくないと心から思ったのは
ひよこが孵化しかけているゆで卵とねずみまるごとのシチューくらいだし
(虫は全く平気)どんな人にあっても「うわーこの人だめかも」ということが
基本的にない。(そういうことがないうちに感じよくフェイドアウトする技を持っている、
ということかもしれない)いらいらしないわけじゃないけど、
嫌なことを「流す」脳内の水分量が大目。狭いところで他人と住んでも割と楽しめる。
そんなに物事や人が「こうあるべき」という縛りがないんだと思うの、自分の中に。
世界中の結構はじっこや奥地や普段人があまりいかないようなところで
生活やら旅やらしてきて体得したのは「しなやかさ」というか
始まりは「ま、そんなもんなんだ」心得だ。

この家に引っ越してきて最初に「!」と思ったのはモスクが家の両側にあるってことだ。
問題はモスク一日五回、搭のてっぺんの「拡声マイク」を使って
「アラーはすばらしい」と連呼する。これはムスリムが一日五回メッカの方向に向かって
お祈りする時間に「午後5時のうちに帰りなさいの“夕焼け小焼け”」
よろしくかかるんだけれど、問題は“どなる”ことだ(しかも結構時間が長い)。
バーレーンチームのサッカーの動画が日本語空耳アワー満載ってことで
一時期話題になったけれど、あのサッカーの実況中継もそうだけど、
普段比較的穏やかなこちらの人、スイッチが入ると
ものすごい気合の入った声になるのだ。というわけで、別に仕事中だったら
大音量でも「あ、また始まったな」くらいなもんが、
毎日朝4時前にダブルで両隣から「アラーは素晴らしい」の
覚醒(拡声)メッセージが流れるのはどうしたもんかと初日に思った。
私は眠りが早くて深いのでよっぽどなことがないと途中で目が覚めることはないんだが、
この「アラーは素晴らしい」放送は“よっぽどなこと”レベルなのである。
しかもこの大音量に感化されて、隣家のにわとりがシャウトする。
ただのコケコッコーじゃなくて、人生最後の命がけのコケコッコー(声が最後枯れている)・・・
「うちの部屋、アラー礼賛の放送すごい聞こえるんだけど」とうちの同居人に
伝えたら3人ともみんなおんなじだったので、ま、両隣から来るので
満遍なくアラーの御慈悲に恩恵を受けそうだねという結論で
その場は終わった。ところがである。3日たったらもう全く気にならない。
「今日、アラー放送あった?」「え、気がつかなかったよ」ってなもんで
さすが世界の隅々で仕事をしてきている猛者たち、3日もすればすんなり環境に適応して、
あの大音量の福音が眠りの妨げにならなくなる。
人間の適応力って鍛えると強化するものなのだ。

というわけで、音もにおいも、いろいろうまくいかないことも、
無理やり我慢するのではなく、改善できるのであれば努力はする。
でも中東近所のアラー放送みたいに「解決するのは引越しのみ!」という状況で
しかもこの国町中のいたるところにモスクがあるので、
この状況を“逃げることで”回避したとしても、新しい家も
きっとアラー放送に包まれるのは間違いない。
なのであれば「そういうもんだ、そうなんだ」を体のプログラムに
埋め込むしかないわけなのである。

やりきれないことが多い世の中で
「そういうもんなんだ、そうなんだ」思想だけでは平和はやってこないけれど、
私たちがどうにかできる手の届く範囲の日常レベル、私レベルで周りと対峙するときに、
「相手を受け入れる姿勢でまず」というのは最強だと思う。
強さってのは強固なことではなくてしなやかなことだ。
いろんな考えがあって、いろんな状況がある中で
自分を幸せにおいとくために必要なのは「自分が変わること」って、
ほらガンジーも似たようなことをいってたではないですか。

あ、でもちょっと一言言わせてもらうと
私にも融通利かない領域があったんだった。文房具。
これ同僚の日本人も言ってたんだけど、
仕事のモチベーションがあがる「ノート」とか「ペン」
(私の場合は絶対ハイブリッドの0.7ミリ)ってあるのよね。
これはもう絶対日本製に限る。紙の質感とかペンの出方とか
仕事の生産量に多いに影響がある。出ないボールペンとかインクが
にじむノートとか使っちゃうとモチベーションが落ちること落ちること。
A5のルーズリーフがなくなって私の唯一のハイブリッドペンが
すでに残量1センチ切っていてあと一ヶ月もたなそうな危険な現状。
ハイブリッドペンがなくなる前にどうにか方法を考えなくては。
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# by miomiomiomion | 2014-08-29 18:13 | 楽しく生きる

よい文化 悪い文化

以前、ケニアでソマリア人とアメリカ人とヨーロッパ人の女の子たちと
ガールズトークをしていたときに、FGM(割礼)の話になった。
「文化ってのは尊重するべきだってわかっているけれど、
FGMみたいな“害しかない”悪慣習は廃止すべきだ」という西洋人の論に対して、
ソマリア人ではあるけれど、ずっとケニアで生活してきて一般のソマリア人よりは
ずっと物の考え方に柔軟性のある彼女が発した言葉がとても印象的だった。
「じゃ、豊胸手術も廃止すべきじゃないの?」-彼女曰く、健康や公衆衛生の面で
異物を胸に入れるのは全くよいとはいえない。でもなぜ女性は豊胸手術をするのか
-それは社会(男性)の受けをよくするためだ。
それはFGMが実施される理由とほとんど変わらない。
「でも豊胸手術は(しないという)選択もできるわけでしょう?」という返しに、
「多くのソマリア人は未だ“いやいややらされてる”わけではなく、
どちらかというとむしろ娘のFGMに積極的なのは、自分も経験した母親であるのよ。
割礼していない女性は結婚できないわけだから」と彼女はいったのだ。
確かに、当時私はソマリアで働いていたが、周りの教育を受けた人たちの中にも
「娘がいたらFGMはやらせるわ」という人がいたものだ。
(というか、やらせないとはっきり言った人のほうが少なかった。)
確かに不衛生な場所で、ちゃんとした道具も使わず女性の性器に手術をして、
女性から「性の悦び」を奪うだけでなく、痛みに耐えさせるというのは私たちの
「一般的な」感覚からすると全く理解できるものではないのだが、
この「一般的な感覚」なるものをもちこんで、何世代にもわたって
長々と受け継がれてきたものを変えるというのは至難の技だ。

その前の勤務地であった南スーダンでのトポザ族の「トイレ」の話もしたい。
トポザ族は「トイレ」を使わない、ではどこで用を足すかといえば大自然である。
家の周りの糞尿の量が多いほど金持ちである(だからよい)とする村があることも聞いた。
NGOが外部からトイレをもってきて、公衆衛生の講習も兼ねて村で
「トイレを使おうキャンペーン」をした。それでも女性はトイレに行かない。
「何で行かないの?」と聞いたところ「女性がトイレにいくと結婚ができなくなる」
という答えが返ってくる。トイレに行くと結婚できない、という
「雨が降れば桶屋が儲かる」式の論理の飛躍なので
そこに科学的なもしくは社会的な根拠はない。
でも「トイレを使うあなたは結婚してないでしょう?」といわれれば、
(実際トポザ族は14歳そこそこでみなほとんど例外なく結婚するので)
トイレと結婚の関連性のなさを証明するには独身の私では立場が弱い。
別の理由としていつも妊娠しているので、間違えて子供を穴に落とすとまずい、
というのもある(これはある意味社会的だが・・・)
結婚と子供を間違って落としちゃう(そんなに簡単に産まれるのか?)話は
横においておいても、生まれてからこの方大自然で放尿する
「自由」に恵まれていた部族に、小さくて暗くてくさい箱の中で用を足せ、というのは
(放尿を垂れ流すことで病気が蔓延して実際困っているとかそういうことがなければ)
正直、難しい。

そういう「文化の違いあるある」をつらつらを書き連ねていくと話のネタは
たくさんあっていくらでも書けてしまうのだが、さて、ここでイエメンについて書こう
(←やっと本題)。ここの女性は全身真っ黒の服を着用している。
周辺のほかのイスラム国に比べても女性の服装を見る限り保守度はマックス10である。
街中のイエメン女性はほとんどが体をすっぽり覆う黒い布でできた服を纏い、
顔も目だけ出して後は真っ黒である。ホテルや国連の職員はその限りではないが、
基本体、髪は出さない。


自分たちの国で自由に何でも着られる私たちからすると
「まぁなんて不便なんでしょう」と思うが、この黒装束は強い日差しから肌を守る、
だけでなく、ムスリムの友人曰くもともとイスラムが国に入ってきたより以前に
「社会階級の高い女性である」という高貴なしるしでもあった、ということらしい。
デパートやウェディングドレス店(←泊まってたホテルの近くにあった)を見ると
「うわ、こんな服どこできるんだろう?」と思うような刺激的な露出度の高い服が
売られているので、あの厳かな黒の下は結構想定範囲外である。
ということで、人権派やジェンダーにうるさい人々には「!!」と思うような社会的現象が、
住んでいると案外普通に思えてくる。オフィスの女性スタッフはとても優秀だし、
ワークショップでイエメン側の参加者は全員男だったが
唯一オープニングをした副大臣がきれいな女性だったりして、
私はこれから何がみつけられるのかワクワクするのである。
文化とか慣習とかそういうのは、まず自分が知らずにかけている
「一般常識」脳内めがねをはずして大きく深呼吸して謹んで受け入れるものなのだ。
情報が遮断されていて何十世代もの文化慣習を受け継いでいる社会でなければ、
文化というのは、生身の人間が担う「生もの」なので、
少しずつ世の中にフィットする形で“進化”を遂げるものなのだ。
でもそれが、豊胸手術の話ではないが、人間にとってベストな変化とは限らない。
何がよいか、何が悪いか、判断するのは今でなくていい。
情報を広くとって、人の話をきちんと知ること、まずはそこから。

結局のところいい文化、悪い文化があるのではなくて、人なのです、人。
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# by miomiomiomion | 2014-08-25 18:36 | かるちゃー

愛人募集掲示板

今日は一日、ネットがつながらなかったんですわ。
で、つなげてみたら私のGmailが変なメールであふれてる。
月30万から50万でどうでしょう?とか僕は杉本太蔵似ですとか
お茶から始めてホテルにいくなら2-3とか。なんだこれ!?と思ったら
誰かが私のメルアドを使って、私の名を騙り、愛人募集掲示板を利用したらしい。
(利用した、っていっても作成した本人は返事もらってないんだけど)。
内容がこれ↓

みおです、はじめまして
都内でお会いできる方を探しています。
20代で美容系の仕事をています。
清楚系です。o(^v^)o

ってかさ、私の情報そのまま載せられても困るけど、
それにしても、名前以外私と全くかぶってなさすぎない?

はじめまして
中東でお会いできる方を探しています。
30代でガテン系の仕事をしています。
冒険系です(ノ`Д´)ノ.:・┻┻

って載せてくれなきゃ。
ま、冗談はおいといて、この偽ポストにつられて書かれた返事ってのが
揃いも揃って魅力なさそうというか「返事を書いてみよう!」と思う人が皆無
(いや、返事もらっても20代の清楚系美容職の女の子を期待している人は困るだろうけど)。
私、別に出会い系自体は別に否定しないけど(愛人募集はしませんが・・・)
なんていうか、まずビジネスじゃないプライベートの人間関係で
お金を介させるってのが理解できないし、ま、それがビジネスだと割り切ったとしても、
今の20代女性の相場って何?2-3万なの?

芸能人で誰に似てるとか性格が明るくて楽しいとか、
そういう”ありきたり”なんじゃなくて、「は?何この人?」って
そういう「Catch」がないとだめよね、人も仕事のプレゼンテーションも。
そういう「とっかかり」が全くないの。コピペだろうってすぐわかるようなのって、
ま、もともと募集対象が「愛人」なんだから、「恋人」よりは格下なのかもしれないけれど
それにしても、会社経営って言えば、女性がくいついてくるっていう
メールの文面が安易すぎてどうもどうも。
杉本太蔵似ってのも微妙だし(向井理ならいいってわけではないが)、
この30万から50万のお手当てくれる人は
「容姿や性格、会える頻度などを考慮して決めさせていただきます」
という上から目線ぶり。

ま、こういうのは「需要と供給」があってなりたつものなので、
そもそも全くの場外にいて、日本の一般恋愛市場で求められるスペックと
かぶってない私はやれることないけどさ、コメントするくらいで(誰得)

ってかしかしこんなに返事がくるって20代清楚系ってのはすごいね。
この競争に勝つには、文章力磨かなくてはいけませんねといってあげたい
←というあなたが一番上から目線。

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# by miomiomiomion | 2014-08-23 01:14 | 社会を斬る

家庭の調和

久しぶりの実家は心地がよい。
が、ハネムーンなんは「最初の一週間」限定で
だんだん

「ちゃんと脱いだシャツ洗濯機入れときなさい」とか
「なんでこんなところに、銀行の書類が散らばってるの」とか
「トイレのふたはちゃんと閉めなさいって言ったでしょ」とか
「いつまで起きてるの?」とか
「コンピューターはちゃんと終わらせなさい」とか
「風呂の窓が開けっ放しだったわよ」とか

春のよそ風のように、小言を言われる。

「はい、はい、はーい」ってなもんだが
「返事は一回でよろしい」と言われるから
無言でさっさとやる。

普段、老夫婦+寝てばかりいる老猫の家族構成なので
ここで「久しぶりの日本だー♪」な若者(え)の私が帰ってくると
家庭の調和が一気に乱される模様。

お手伝いする気はあるんだけど、
お皿を拭くためにふきんをとると
「そっちじゃなくて、たたんでおいてある真ん中の3番目からとって」←知らんがな
とか
「置くお皿の場所が間違ってる!」とか←わからんがな
「ちゃんと最後の水滴までふいてない」←こまけーなー
とかそんな
見えない家庭のルールがいっぱいある。
調和、って大切なんだよなー
それはわかるけど実家出てからもういいかげん経ってるから
昔なかった透明ルールわかんないんだよねー。

洗濯物干してるときに「洗濯ばさみとって」と言われて
濃い青いやつ渡したら

「そうじゃなくて下着は薄い青だから」

とか言われるんだけど、

知らんがな

の極地である。
いいんだけど。姑じゃなくてよかったと思おう。

私が帰ってきてドアで爪はがして流血騒ぎになったときに
動転して「ほら、はやくこれ使いなさい」って持ってきてくれたのは

ウナクール

だったけどね。真珠夫人のタワシもビックリ。

ま、うちの母、お料理うまくて
部屋の整理整頓もすごくパーフェクトで
聞き上手で、スポーツジムとかにもちゃんと通って
素敵な母ですけど。大好きですけど。

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# by miomiomiomion | 2014-07-11 11:39 | 衣食住
久々のブログなんだけど、言い訳しないで潔く始めるべし。
とりあえず、ラオス終わったんで、次はイエメン。今は日本。

書きたいな、と思うことはいろいろたまってて、
で結構ヘビーなことが多くて(軽いことはどんどん上書きされて忘れちゃうから)
それも社会的にセンシティブな内容だと
勢いにまかせて切り込むとあとから卵とか火炎瓶とか投げられそうだから
逆に社会的な旬として少し冷えたくらいで
周りの人がワールドカップの準決勝でドキドキしてる時に
どさくさに紛れて投稿するくらいがちょうどいいのかも。
っていうか、ワールドカップ日本早々と負けちゃったから
4年前みたいな盛り上がりはないんだけどさ。

さて、一つは「市議会(あれ都議会もなんだっけ)の野次」
あれは、すごい油の載ったおやじがいつものノリで野次なのか、と思ったら
野次の主は30半ばの写真だけで見るとそれなりに若々しい人で
結局ウダウダはあったもののやじを認めて謝って、
で、やじを受けた当本人も結構ただの優等生議員なんかじゃない
黒歴史ありのグラビア出身(しかも美人→というか
美人じゃなかったらニュースになってないはず)だったりして
下世話に盛り上がってたわけだけど、
今やすっかりあの号泣県議に「グランプリ」の座を渡しちゃった感じで
議会としてはこのまま「うやむやに終結」という
お得意のフェードアウトになりそうな流れ。

最初ちょっとフォローしそびれたんだけど、
あれって議会終わってすぐに問題になったんじゃなくて
ちょっとあとで誰かがブログに書いて拡散されたんだったっけ?
どっちにしても別に褒められたものじゃないけれど
ああいうことって日本社会にふっつーにあることじゃないんだろうか。
ふつうにあるからいい、ってわけじゃないけど、
ちょっと冷静に考えて、

あれは一般社会の一般的な考え

で、たとえば職場とかプライベートの場とかで
30過ぎて「ほら、早く結婚しないと」なんつーのは別にセクハラとかパワハラとかじゃなくて
よくあることだと思う。そんなん許せん、という人はいるだろうけど、
社会なんてそんなすぐ変わらないし、だったらその中で
「結婚したらすぐ会社をやめるべき」とか「子供がいる人は昇進が遅れ当然」みたいな差別と
「30過ぎたらなるべく早く結婚したほうがいいんだよね」みたいな意見は
ま、冷静に区別してもいいんじゃないかと思うのだ。
どこで怒るかってことをちゃんとツボ抑えとかないと
「あの人はいつもすぐ切れる」ってことで社会的信用なくしちゃうからね。
怒るべきところと放置して流しておくところ、のさじ加減は社会人の女性なら
もっておきたいところ。(男性もか。でも女性のほうがセンシティブな問題ポイント多いからさ)

現実問題そういう考え方、あるよね、ということで。
うちの大学の(名前出さないけど、わかる人はわかるだろうが)学員時報なるものに
副会長と博士課程出て、ドイツのなんか有名な賞をとった理系女子の対談が出てるんだけど
その中で、副会長が彼女に将来の夢を聞いた後に

「・・・・また結婚して子供も育ててほしいですね」

とコメントするんだよね。で、彼女のほうも「はい、大事なことですよね。それも
小さなころからの夢です。仕事と家庭、朗報を実現できる人になるのが一番の目標です」
と言ってるわけ。

これ私結構ほほえましいやり取りだって思うんだけど、フェミニストにしてみたら
これさ、絶対男性で賞をとった大学卒業生だったら
「結婚して子供も育ててほしいですね」とか言わないはずだぜ、副会長って話である。

でも、それは決して不愉快なことじゃなくてやっぱり女性は
(男性のように社会進出はしてきてはいても)
結婚をして子供を産むという大きな仕事はあるから、頑張ってね、という
女性の違いを踏まえたうえでのエールであるわけだ。
で、やっぱりバリバリ仕事してるとどうしても結婚遅くなるけど、
両立できたらいいよね、頑張ってねというのは単なる意見であって
パワハラでもセクハラでもない。

だからま、あの議員の言訳の「早く結婚していただきたかった」
なんつーのは全く詭弁だとしても
自分の意見が邪魔されるほどの野次が上がった時点で、
女性のほうもよよよとして「言っていいことと悪いことがある」とあとから
同情票をもらうんでなくて、無言で抗議するなり、
はっきり「ここでそういう野次はやめてもらえますか」でよかったはずなのだ。

ってか、そもそも大人の職場で野次ってのが情けなくないか?
内容が内容だから今回一時的にも問題になったけどそもそも
審議に関する野次ならいいってもんじゃなくて、ちゃんと話し合いもせずに
外野で品のない野次を飛ばす議員も、居眠りしている議員も
全部名前を発表して、次の選挙で落しちゃえばいいのだ。

で、マスコミで取り上げられてから、犯人捜しにやっきになるのも
女性議員が連盟で野次った議員を辞職を勧告する、とか
そういうのが全部みっともない。
マスコミは正義じゃないんだから。
現場はその場で取り押さえる。マスコミに取り上げてから慌てて動くんでなくて
現場にいる人が覚悟をもっておかしいことは変えていかないと
社会なんて絶対変えられないはずなのだ。
ま、マスコミが動いたおかげで動きやすいということはあるんだろうけど。
で、これで女性議員だからということで議会で野次やれなくなったのは
ポジティブな副産物だったとして、

でも、たぶん世の中は30過ぎてバリバリ仕事している女性には

結婚しないの?

って言いますよ。言われなくても思ってるんですよ。
だからそういうのは、ピリピリしないで

したいんですけどねー、でいいんである。
(したくなかったら別にそれはそれで、あー結婚興味ないんででいいわけで)

結婚してるから勝ち組とか
子供もいて仕事もいて輝いてる自分とか
そういうマスコミの作り上げる「今年はファーの小物がマストハブ!」みたいなんは
ネタとして取り上げて笑いをとるための記号以上の価値はなくて
要するに自分が気分よく生きられていればいいわけである。

自分が気分よく生きるために必要なのは
他人の承認じゃないからね。

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# by miomiomiomion | 2014-07-10 15:38 | 社会を斬る