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世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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足長おばさん

収入の一割を他人のために使うと幸せな金持ちになれる、
という話を前にしましたが、なかなか実践が難しい。
都心に出ていれば後輩におごるとか、
お手伝いさんがちょっと難しい仕事をしたあとのチップをはずむとか
いい活動をしている団体に寄付するとか
友達の誕生日にプレゼントをあげるとか
いろいろできますがフィールド出ちゃうとなかなか、
お金を使う場がないんですよ。
贅沢な話なんですけれど。

しかし、今日、前に大学の費用を払ってあげた(貸しってことなんだけど)
元ホテルのレセプションの男の子からまたメールがきました

修学旅行に行きたいのですが、
お金がありません。
それから新しい教材を
買うように言われました。
I need your help!


私は君のママじゃな~い

気持ちはわからなくないんだけれど
なんていうかこっちとしては清水の舞台から
どーんという気持ちで学費出したわけなんだけれど
School tripも出してくれ教材費もかかるんだって言われちゃうと
私の芽生えた良心がしょぼーんとしてしまうのですよ。
心狭いのかなぁ私。

確かにね、私は自分の両親にずっと
全く心配しないで学費だしてもらえたからここまでこられたわけで
それは私が努力したから、というわけではなくて
たまたまそういう恵まれた環境に生まれたからだというのはよくわかっている。
だからこれからは、少しでも教育の機会がない子の将来の
窓口を広げられてあげたらいいなと
思っているのだけれど、窓口あけて外に出たところで
修学旅行とか、コンピューターとか、制服とか新しい靴とか
いろいろ入用になるんだよね。
わかるんだけど、どこまでこういうのってやっていいものなのか。
何人かに相談したのだけれど
「自分の気持ちが気持ちよくできるのであれば助ければいいし
そうでないのなら別に無理してしなくていいよ」という声がほとんど。
そう確かに、イガイガした気持ちを抱えて援助してもね。
できないわけじゃないんだけれど、しちゃいけない気がするのと
あーでもしてあげたほうがいいのかなという気がするのと。
日本で友人に金貸してって言われてもこういう葛藤はないと思うんだけど。

南スーダンでも相当いろんな人に「援助してくれ」って言われて
その中にはかなり怪しい
(お金がちゃんとその目的に使われるのか疑問という意味で)人もいて
まとめて断っていたのだけれど、
どの人が本当に困っててどの人があんまり困っていないのかは
実際のところよくわからない。
とりあえず、困ってる、ってことは本当なのだろうけれど。

Sugar Daddy(マミーか)になる予定はないので
これぞ!と思ったときに、ちゃんと援助する機会を使えばいいかなと思う。
もともとチャリティーの感覚がない日本の風土で育つと
お金の上手な使い方ができているのか自分でも再考の余地があるところ。
チップのあげ方はなんとなくわかってきたけれど、
こう対ひとの小金のスマートな使い方ってのがまだ習得できていない。
1万円スタッフに貸したの、なんとなく請求できなくてそのまま。
で、それが1人ならいいんだけど4人なんだよなーとか。
貸すぐらいなら、あげろって話なんだけれど
そうやってポコポコあげてしまうとそれはよくないし、
かといって、貸してあげても、その微妙な額を
「返して」っていうのがちょっとスマートじゃない気がしてねー
←でも絶対請求しないと返って来ない。

こういうのって、出すのも(出さないけれど)気分がよくないし、
で断るのも、気分がよくない。あげるのもなんだけど、
結局返してくれなくて請求するのも結構いや。
人間として立派になるために自分の小さな心を格闘すべきなのか。
とりあえず、だめなものはだめだとしても
その理由とか伝え方一つにしてもいろいろ考えるわけなんです。

うーむ。
by miomiomiomion | 2010-07-28 22:10 | かるちゃー