世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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黄金時代の終焉

天気のよい午前中に電話がかかってきた。

ソマリ「おかえりービックニュースがあるんだよ!!!」
ミオ「エーなになに!!」
ソマリ「ウメが殺された!!!」

・・・・がーん

ってか、ビックニュースはビックニュースだけど
そういうニュースはしんみり悲しく伝えるべきでしょう
無駄にテンションがあがったあとに急降下で奈落の底へ

今ソマリア中部と南部は旱魃に苦しんでいる。
農作物の被害も大きく、つい昨日も南ガルムドゥックの地方政府に
呼ばれて緊急ミーティングに参加してきたばかり。
私が昨年まで住んでいた南部は、
6月にエルニーニョの影響でエチオピアから流れてくる
川の増水が原因で洪水になっていたというのに今度は旱魃。
この国は、20年続く内戦だけでなく自然環境もしゃれにならない。
もともと国の基礎体力がないところに
セキュリティーが悪化して
うちの機関だけじゃないありとあらゆる国際機関が南部から撤退してはや半年。
栄養状態の深刻化や食糧難の話を聞くたびに胸が痛いのだが、
地域を牛耳っている武装勢力は
「国際機関なんていらん、我々を助けるのは神のみ」
という姿勢を崩さないので今も援助も止まったままだ。

国の長期的な発展をみるときに、援助を続けるのが必ずしもいいわけではない。
どこかで国際援助から自国の政府のイニシアティブにシフトしていくのが
正しい開発援助のあり方だけれど、今のソマリアにはその基礎体力がない。
援助が止まれば、人々が苦しむ。
しかし、Foreign Affairsの投稿にもあるみたいに
ソマリアの惨状を継続させているのは”中途半端な国際援助”という指摘もあり
確かに私たちが入って(良かれと思って)やる支援がはからずも
武装勢力の存続の一助になっているという側面を完全に否定はできないし
完全に援助がなくなることで、国が大混乱に陥り、
「雨降って地固まる」ことを期待する向きもある。

ただ、その間にたくさんの犠牲が出るだろう。
今はそんな過渡期。

そんなわけで食糧不足は深刻で、
食べる穀物がないと、家畜を殺して食べるしかないわけですが・・・

それにしても、ウメ!
あんなにかわいくて、人なつこい私たちがミルクから大切に育てたお子が。
うちのオフィスが武装勢力にのっとられたときに、
やぎも牛もウメも全部避難させておいたのだけれど
武装勢力のがさ入れがはいって、預けた人から強制的に
引き取られ、私がパキスタンにいる間に
ウメはこの世からいなくなってしまった。

スパゲッティとフルーツサラダが大好物で
おなかがすくと私の洋服のスソまで食べちゃって
雨が降るとテントの中に入ってきて
生まれて3ヶ月は哺乳瓶でラクダミルクをあげて
そのうち哺乳瓶じゃたりなくて1.5リットルのペットボトルに
哺乳瓶の吸い口をとりつけてミルクをあげたんだった。
すくすくすくすく育って
人を疑うことも知らず、
好奇心旺盛な
とてもいい子に育った。(といってもまだ一年)
私がR&Rやミッションから帰ってくると
ぴょんぴょんとやってきて、丸い目で見上げて首をかしげる。
しゃべられないのに饒舌なあの目、大きな耳、滑らかな毛並み。

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昨年の9月、深夜にトントン、という音がするのでドアを開けたら
ドア越しにじーっと見上げていたウメ。
(口でドアを叩いたらしい)
雨の日に入っていいよ、といったらテントに入ってきて
私の机の横でじーっとしてたこともある。

「別に外国人のものだったからリンチされたってんじゃなくて
みんなおなかがすいてるんだから食べられてしょうがないんだよ。
He is meant to be eaten」

という私をなぐさめようとするソマリ人の同僚の言葉の
鋭い真実が私の心にまたささる。
彼は”食べられるために”生まれてきたわけではないのだけれど
ソマリアでは野生動物はごちそうだ。
私が甘っちょろいセンチメンタルな愛情をかけてたからって
彼はやっぱりソマリア人にとっては
家族でもペットでもなくて、(食べるためである)動物であるという現実。
そして実際に南部も食料不足だ。
あれだけ食いしん坊な子だったから殺されなくても
この食糧難ではおなかがすいてたいへんだったに違いない。
私がブアレで着ていたソマリ服のいくつかに
今も消えないウメの噛みあとがある。

もともと彼のお母さんも食べられるために殺されて
たまたまおなかのなかにいた彼が救助されて
うちにやってきたんだったね。生後11日で。
ウメやリオがいた時期は私のソマリア時代でも黄金の時期だったなぁと思う。
ウメがいてリオがいて、亀蔵がいて、亀子がいて、
鶏もオフィスのいろんなところでポコポコ卵を産んで
いっぱいひよこが生まれて
ディックディックもたくさんいて、うさぎもいて、ワシもいて、
ミルクをあげなくちゃいけないお子が3匹いて、みんな
私が仕事が終わってテントに戻ってくるのを待っていた。
毎日、仕事をするのも、テントに帰るのもとっても楽しかったなぁ。
もうブアレに戻ることはないし、彼らに会うことがないのだと思うと
とってもとってもとってもせつない。

私のニャマ(やぎ)はブアレ郊外で生き延びている情報を入手。
しかし今あってもちゃんとほかのヤギと判別できる自信はちょっとない。
前はにゃまーと呼ぶとちゃんと顔を上げてこちらに来たのだけれど
会えなくなって半年で、もしかして忘れられちゃったのかもしれないと思う。
でも元気であればそれでいい。
この国では中途半端に情をかけるのは正しいことではないのだけれど
でも本当に楽しい時間だった。仕事の経過はすぐに出ないけれど
動物の成長は日に日に確認できた。
信じられるものがあると、人は強くなる。
仕事の相棒のユスフも次の赴任地が決まったし、
少しずつ私のソマリアの残り時間も減っている。

このどうにもならない国で、
どうにもならない大河の一滴の仕事をしている自分に
「がんばろう」と前向きになるひたむきな愛情をくれたウメに
ありがとうといいたい。最後まで一緒にいられないでごめんねといいたい。
天国で、いっぱいいっぱいスパゲティ食べてね。
ウメもリオもいないけれど、私はまだしばらくソマリアでがんばるよ。

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在りし日のウメと私。
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by miomiomiomion | 2010-11-26 22:17 | ワタクシゴト