世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

お誕生日ありがとう

本日は父と母に感謝する日。

産んでくれてありがとう
育ててくれてありがとう
いつも気にかけてくれてありがとう

どんなに大きくなって
どんなにえらそうなこと言ってもやっても
私がここまで来られたのは
父と母のおかげ

帰るたびに一回り小さくなっているその背中や
毎回書いてくれる所沢の足もみ研究所への行き方の紙の文字が
一年前よりずっと小さくなっていても
親はいつまでもいつまでも私の目標であり、「大きな存在」なのです。

私がいない間のアフリカとかソマリア関連、国際業界で働く人を特集した
新聞記事をちゃんととっておいてくれるお父さん。
私が小学校の頃からずっと新聞を切り取って「これ面白いよ」ってくれたよね。
私が高校生の時にアメリカに留学したときも、
大学院の時にイギリスに留学したときも、大きな封筒で特集記事が
きれいにきりとられていて入っていて、
角ばった文字で丁寧な手紙を毎月もらったものだった。
メールが発達しても、なぜかうちの父の通信頻度は船便メール並み(笑)
もちろんブログも見てないけど、こっそり(?)感謝表明。

今はネットが発達してるのに、毎日欠かさず新聞チェックをして
切り抜きをするのが父の日々の儀式。
父から譲り受けた本にはいたるところに黄色い鉛筆で線が引いてあって
ところどころに父のコメントが入ってる。
「私はこの筆者に同意しない。なぜなら(以下略)」とか、書いてあるんだけど(笑)
そんな背中を見て、私は世界を舞台に仕事をするこの道を選んだんだなと今更ながら思う。

私の母は、高校を卒業してから就職をして
登山をやったりコーラスをやったりしていた行動派。
コーラスで一緒だった友達の兄がうちの父。
父と結婚してから韓国に行き、30過ぎてから自分で韓国語をマスターし
つい昨年まで役所で韓国語を使って仕事をしていた努力の人。
私の記憶があるかなり初期の頃から、
母はラジオの韓国語講座をずっと聞いて勉強をしていた。
通訳試験も受かって、韓国に研修にいったり、
保険の外交をやったり、とにかく超働きもの。そして家の仕事も全く手抜きなし。
私はこの母は超えられないなぁと早々と白旗掲揚。
家計簿とか料理とか掃除とか片付けとか税金控除とか新しい電機機器とか
とにかくなんでもまめにちゃんとできるスーパーお母さん。
私にはなんで彼女の「まめ」なDNAが伝わらなかったんだろうとよく考える。
(私の整理整頓ベタは父のDNA←書斎は本のジャングル)

数年前に
「もし人生をやり直せるとしたら何か遣り残したことってある?」という
会話をしたときに、さらっと
「大学にいってみたかったわ」と言った母。
家庭とか時代の事情で当時の母にその選択肢はなかったわけだけれど
30年分以上の努力とか仕事ぶりとかみていて
うちの母が生まれた時代が違って、大学に行っていたら
すごいバリバリのキャリアウーマンになっていたんじゃないかなと思ったんだよね。
そしたら、私がここにいるかもわからないわけだけれど。

あなたの目を通して私の世界も随分広くなったわ。ありがとう。

と笑った母の顔を思い出すと、そんな母の分まで頑張らないとと心から思うのだ。

センチメンタルな気持ちを助長するのは
きっと今聞いているKiroroのせいか(未来へ)

随分遠回りもして、今もかなり辺境の地に生きていますが
濃度の高い充実した人生を送れている娘は
本日をもちましてまた一つ年をとりました。パチパチパチ
生まれたの午後の5時だから実はまだ生まれてないんだけど。
今日はナイロビに戻るからブログ書く暇ないから
先に書いておこうと思って。
日本に帰りたくなってきたー

ありがとうを伝えたいのは親だけじゃないね。
メールとか電話とかメッセージをくれた(る)友人の皆様。
時差間違えて11時に電話きたり(笑)素敵なフライングありがとう。
いや本当、学生時代、東亜船、留学時代、その他(まとめちゃう)
いい友達に恵まれたなぁと心から感謝感謝。
過去形終了じゃなくて、これからもずっとよろしく。
Thank you for being my friend。

愛と感謝をこめて
ありがとう
[PR]
by miomiomiomion | 2011-02-06 00:32 | ワタクシゴト