世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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今伝えたいこと

先進国の私たちが忘れかけていた何かがあるとか
子供の目がキラキラしているとか

そんな中途半端にセンチメンタルで
傍観者でつまらん言葉を全部放り投げたくなる
命のない言葉に追いつくことのできない
100%本物の瞬間。

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私が車から降り立つか降り立たないかのうちか
こどもがわーっとかけよってくる。
こっちがわかるとかわからないとか全然考えないで質問攻め。
こっちもわからなくても気にしない。わかることを聞く。
名前、年、兄弟は?とか学校行ってる?とか
どこから来たの?とか今日ごはん食べた?とか
そんな話をしながら4つも5つもの小さな手を両手に握りながら
IDPキャンプを歩いていると
なんだかハーメルンの笛吹き男になった気分になる。
現実なのに、どこか現実から引き剝がされるような
子供たちの地球外エネルギー。地球の中心に向かって
ずんずん歩いて行く。

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数か月前にこのキャンプにきたときに
「僕は死ぬほど勉強したいんだ。いつ学校ができるの?」と
聞いてきた男の子がいた。
彼の真摯な願いはとっても心打つものがあった。
それで、仲間内で「学校作れないかなー」という話をしていたのだけれど
私の働きかけとは無関係で
もともとその予定だった
NGOの建てた学校が先週から始まっていた。

今日その「死ぬほど勉強したいんだ」と言ってた彼がまたやってきて
「勉強が始まったんだ」って報告してくれた。
毎日学校にいくんだって。
数学とソマリ語をやるんだって。

先生のお給料は50ドル(一か月)
どうやって収容するのかわからないのだけれど
3つのクラスルームに
190+480人の生徒数。
先生も4人だから全然足りてない。

いろいろ大変なんだろうけれど
とにかくまず出発する。
毎日子供が集まってくる。
毎日教科書を開く。
校長先生に、「学校給食やりたいんだけれどどうかな」と打診したら
「好きにするといいよ。僕たちには何にもないからなんでも大歓迎だよ」という。
この校長先生はNGOの雇った先生ではないので
無給のボランティアだ。

こうやって
やる気をもった大人たちや
勉強したい子供たちや
いろんな国の良心が終結したNGOの助けがあって
数か月前に新しくできたばかりの
IDPキャンプが村になってきている。
毎日ちょっとずつ進歩がある。

数か月前に荒地で、
どうやって住むのだろうというような
枝やら布きれだので作ったテントが乱立していたのが
ここ数カ月で、それなりに秩序のあるテント村になってきた。

UNHCRが音戸をとって移住者登録をし
ユニセフが水場を作り、
WFPが食糧を配給し、
栄養プログラムを実施して
HABITATが都市計画ならぬキャンプ計画を実行する
ノルウェイの援助を受けたムスリムのNGOがヘルスセンターを作ったかと思えば
別のキリスト系NGOがアメリカの支援を受けてトイレを作ったりする。
別のNGOが学校を建てて、テントを配布して
市場で、女性のIncome generation projectを始めたりする。
世界が少しずつ組み立ってくる。

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いろんな人のいろんな思いがまっすぐ
ソマリアの未来と希望を背負った子供たちに届いてくれるといいなと思う。
私も、絶対実現したい給食プログラムだけじゃなくて
今度休暇から帰ってきたら、
サッカーボールとバレーボールネットを買ってこようとか
(例の収入の1割他人のために使おう計画の一環)
学校で、一コマもらって日本とか
世界のことについて子供たちに話できないかなーとか
(10年前にタンザニアの村でも同じことやったなぁ)
いろんな小さな考えが浮かんでくる。

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Genuineなものや人に囲まれていていると
自分の中のきれいな部分がどんどん拡大してくる。
人間ってさ、全部が悪でも全部が善でもないんだよね。
どういうところで何を感じてどういう人と時間を過ごすかで
価値観とか考え方が大きく変わってくる。
今の私を作ったのも日本だけじゃなくて
旅やボランティアや仕事で世界中で出会ってきた
エキサイティングな大人や、面白い人のおかげ。

信じてくれる人が周りにいる子供は、信じられる大人になる。
愛を感じられる人は、愛を与えられる人になる。
やりたいことを一生懸命追及している人を見て
あ、私も(僕も)できるんだ、と思う。
楽しそうな人と一緒にいると、こっちも楽しくなる。

お金とか時間とか年齢とか健康とか時代とか文化とか
そういう周りの舞台設定で、やりたいことを「やらない」理由はいくらでもある。
でもね、やらない理由なんて誰も聞いてないんだよ。

動いている子供も大人もその理由はひとつ。

自分で、やろう!と思うか思わないか、なのだ。

自分を動かす原動力ってのは
自分からしか出てこない。

でもまだ自分タンクが小さくて人生地図が描けてない子供には
自分の可能性タンクは
その気になればいくらでも広がるよということを
そして生きるというのは、辛いことだけじゃなくて
楽しいことがいっぱいあるんだよということを
大人が身をもって示してあげないといけない。
ソマリアは大変で悲惨な国だけれどね
子供の元気さでいったら
そこらの国の比ではない。

月給5000円の場所で
紙もペンも食料も
ろくにないような場所で
人はこれだけ幸せに、未来に期待して生きていけるんだ。
可能性はどこでも転がっていて
美しいものも楽しいものもそこらじゅうにある。

冒頭の子供の笑顔を向けられて邪悪なことを考えられる人がどれだけいるだろう。

希望、期待、夢、好奇心、感謝、愛情、未来、可能性
そういう自分の前や周りにある立派ですごいものを、
ふっと鼻で笑うんじゃなくて
真摯に向き合ってみよう、というそういう気になってくる。

センチメンタルはセンチメンタルですが
なんていうかなよなよ~というんじゃなくて
こう胸の奥底から迸るような
そんな思いを抱かせてくれる
フィールドの一日。

ソマリアの子供に言いたいのか
日本人の読者に向けて言いたいのか
自分に向けてつぶやいているのか
わかんなくなってきました(笑)・・・ここら辺で終わりにしましょう。
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by miomiomiomion | 2011-03-10 02:21 | 楽しく生きる