世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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そして人生は続く

非日常な状況ですごいいいことがやれるような
いわゆる「ボランティア」な空間では、
熱い自分にちょっと酔ってしまい、
普段会えない面白そうなアウトローに会えたり
普段使わない脳の一部が刺激を受けて
人生がスパイシーで充実したような気になるのだが
スパイスというのは、もともとの塩味があって身にちゃんと味がついてから
その相乗効果を発揮するもので、スパイスだけでは
味にも栄養にもならない。

自分しかやれない、と思ったらそれは帰り時。
いろんな物事の中核に入り込んでくると
思いのほか動かせてしまったりするが、
基本実生活において、仕事において
自分はDispensable(取り換えがきく)ということを
ちゃんと認識しておく必要がある。
いや、突き詰めて考えれば個人の関係だって

私がいないとあの人はだめになってしまうわ

的な関係はそもそも関係としてなりたっていないわけで
そう考えると「自分の存在なるもの」は
極めて危ういもんなわけなのだ。
”私”の代わりはいないけれど
それは絶対的なものであって、
相対的なものではない。
だから、執着しなくていい。
自分はどこでも生きていけるし、なんでもできる、という心意気でいく。
今を心をこめて過ごすけれど、時期がきたら潔く手放す。
必要なものは、まっとうに生きていれば、向こうからやってくる。

やれた!という達成感と、ああ、これができるのに・できたのにという無力感を
両方ちゃんと持って積み上げていくことはとっても大切だ。
無力感だけだと人は疲弊するが
達成感だけあってもそれはただの勘違い。
砂場で山を作るときに、ただひたすら山を作っても先細りになってしまうが
適当なところで先っぽをつぶして土台を固めると山は強く大きくなっていく。
達成感を感じ切る前のところで、自分で破壊する。
破壊して、また作る、その繰り返し。

気仙沼から帰ってきた。
いろいろできたこともあるし
できなかったこともある。
手に入れたものもあるし
なくしたものもある。
破壊と創造の過程で、
確実に残っていくものを
今に、それからこれからにつなげていこうと思う。

とりあえず、ボランティア調整はきっちりできた。
気仙沼のNGO、市、社協の連携はだいぶ形になってきた。
3Wマップも作った。かつお漁のためのコンテナも洗ったし、
23人のこれからもつながっていくであろう新しい友人もできた。
車の運転もできるようになった。

で、彼と別れた。
一緒に次の赴任地に行こうと思っていたのだけれど予定変更。
まぁこれについてはあんまり気仙沼は関係ない。
いろいろいろいろいろいろいろいろいろいろ考えて出した結論。

というわけで気仙沼も終わり。
ソマリアももうすぐ終わり。
長く続いた人間関係も終わり。
次の創造期に突入するのに
ちょっと居心地が悪くなるくらい身軽。
番狂わせではあるが、人生なんてそんなもんだ。
投げやりなんではなくて、達観(と信じよう)。

体調は万全なんだがなんだかわからんが
とりあえず何時に寝ても毎朝5時10分に必ず目が覚めるムーな感じ。

一昨日仙台、今日東京。
明日ナイロビ、来週ソマリア。
Life goes on.
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by miomiomiomion | 2011-07-12 00:03 | 旅の記録