世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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つれづれなるままに透明に限りなく近い日々の記録

あらまー実に一ヶ月ぶりでした。
皆様こんにちは、浪漫飛行中のみおみおです。
トランクひとつだけじゃなくて、バックパックとカメラバックもありますけど。

いやーこの一ヶ月実に最高落下角度121度の富士急ハイランドの
新しいジェットコースターも真っ青の
透明に限りなく近いカラフルな時間をすごしてます。
現在進行形。
ソマリアがこんなに非常事態なのに
お休みを満喫してしまって申し訳ないんだけれど、
世界っつーのはそうやって一人が抜けても回るからね。
ちゃんと抜けるときは抜けて、別の角度から向き合わないといけないってことだ。

で、ブログも10エントリーくらい、気仙沼のこととかソマリア雑記を
中心に書いていたんだけれど
日本語のコンピューターが盗まれてしまってねー
一回書いたものがなくなるとまた書く気力がでないし、
日本語のメールもちゃんと書けてない。すみません。
今はドバイのラウンジ。

ナイロビ最後の今日は昔の彼とランチを食べました。
正確にいうと2代目前。
相変わらずセクシーでおちゃめで、強面で
「自分は正しい」王様クオリティ。
彼の心のそこから湧き出てくるような笑い方をみて
ああ、私はこの人を昔心底好きだったんだなぁと
博物館で天然記念物を眺めるみたいな余裕を持って
話せる自分がいて
まぁいろいろあったわけだけれど、
ちゃんと消化して、きちんと生きているから、
からっとしててお互い昔の乾いた傷を出しにして笑えてしまう、
時間の威力ってのはすごいもんだ。

時間が前後するけれど、
7月25日から休暇をとって前からやってみたかった
「アフリカ縦断旅行」を決行。
スーダン、パキスタンと一緒に仕事をした
友達がいるナミビアを皮切りに
リビングストーン→ルサカ(ザンビア)
10年前に9ヶ月住んでいたムティトゥ(タンザニア)
最初はボツワナーとかマラウイーとかザンジバルーとか
いろいろ行きたいな♪とか考えてたんですが、

アフリカ、デカっ

もともと7日にはイエメンに行く予定だったのだけれど
政情不安でビザがとれず、結局11日まで延長してぎりぎり収まる感じ。
いや、とにかくアフリカの陸の旅は時間がかかるんだ。
で、何をやったかというと
時間があるからつれづれなるままにどんどん書いちゃうけど

①ナミブ砂漠
4WDを借りて私も!運転する。
マニュアル運転したの実に10年ぶり(というか免許をとってからまともに
マニュアル運転してないし)。しかし地平線まで続く直線道(しかし未舗装)を
150キロまで記録。
ナミブ砂漠(ソーソフェリの夕日、車中泊した行くまでの道で
人生最大級の星空をみました。もうロマンテイック~というんじゃなくて
圧倒されるようなのみこまれるようなすごい星空。しかしマイナスじゃないか?と
思うくらいの寒さでした。アフリカ今寒いのよ)
②汚職に巻き込まれる
黄熱病のイエローカードなんてアフリカに15年以上出入りしていて
一度も「見せろ」といわれたことないからどっかにしまいっぱなしになってたんだけれど
ナイロビの空港で「イエローカードがなければエチオピア行きの飛行機に乗せられません」
といわれ、行った先で注射を打たずに(というか医者もいなかったから打てる状態でなし)
本物のイエローカードを5000シルで購入しました。背に腹は変えられないっつーか、
ここでまっとうに対決したらホリデー行けないしなぁ、飛行機代戻ってこないしなぁという
苦渋の選択13秒(早)。これからはイエローカードは持参します。
③一人じゃなくて二人
今回の旅には連れがおりました。しかも日本人。珍しい。
私の記憶にある限り旅の旅程一部でたまたま会ってというのと
週末の遠出は別として最初っから予定をたてて
日本人と一緒に長旅をしたことがない。
結構きっかけも勢い。人生も勢い。
最初に会ったときは、気仙沼のホルモン焼きやでご飯食べてカラオケして
二回目に川べりでBBQしてビール飲んでるときに
「帰ったらどうするんですか」という話になり
「アフリカ旅行しようと思ってて」という話をして
「いいですねー」というものだから軽い気持ちで
「一緒に来る?」と聞いたら
「行きます」と即答。
まぁ来るといってこない人っていっぱいいるし、な心構えだったんだけれど
で、本当に来た、という有限実行の7歳年下日本男児。真性ニュージェネレーション。
肩の力がぜんぜん入ってなくて、ぜんぜん武士っぽくなくて
「俺についてこい」みたいなのもなくて←いやぜんぜんそれでいいんですけど
「まぁみおさんに会えれば大丈夫だと思いまして」とかにこにこ言う人。
で、普通に歩くと私がいつも普通に急いでいるから
自然と私の二歩後ろくらいをゆっくり歩いている人。
荷物がびっくりするほど少なくて、バックパックじゃなくて小さい転がすスーツケースと
すんごい小さいのにドラえもんのポケットみたいに何でも出てくるすごいかばんを持ってる人。
黄熱病の注射受けるのに、安いからという理由でわざわざ夜行バスで新潟まで行く人。
ポケットテイッシュとかゴミ袋とかレジャーシートとか
痒いところに痒いときに届く小物がいろいろ入ってて便利な人。
道行く人に声かけられて丁寧に答えちゃうからつかまりやすい人、
で実際偽両替商にだまされる人。(ああ、でもこれは私が介入して事態がより悪化)
で、私はだまされたことにプリプリしているのに、当の被害者なのに
「ああ、いい経験でした。面白かった」とか言っている人。
で、ぼっとんトイレにデジカメ落とす人。
イケメンなのに、天然。知識あるのに、ナイーブ。しかし、
性格が穏やかでまっすぐってのは武器だなぁ。
おかげさまで楽しい旅でした。一人旅と二人旅は楽しむポイントも深さも広さも変わってくる。
で、今は一人でがしがし開拓する系より、こうやって自分のもってない感覚とか
価値観を人とゆっくり共有する旅が自分にはあってるのかも。

④ムティトゥ再訪
2000年にイギリスのNGOのメンバー(イギリス人一人、ジンバブエ人二人、
タンザニア人一人)と共同生活して村落開発プロジェクトを実施した村に行ってきました。
11年ってすごい時間ね。
当時14歳で、かわいー女の子だったのに、もう7歳のママになってたり!とか
当時11歳で、ちびっこだったのに、なぜか29歳になってて大学卒業してたり!とか
(僕が初めて君に会ったときは11歳だったんだよ、といいつつ、
今の年齢が29歳という謎の人)
でも相変わらず水道はないし、道路も舗装されてなくてがたがただし
電気もないし、でもだからこそ人と人とのつながりが強いんだなぁ。
たったの3泊だったけれど、料理して、村を歩いて
11年前に作った井戸(現在も利用中)を見に行って、
伝統舞踊をみる機会もあって、そこでスピーチもさせてもらって、
で、村を歩いていて「あれーあんた前にもいたよね?!」という反応が結構ある。
で、すごいのは、「肥料のつくりかたの講習会をやった」とか
「キロロ(という隣村)でCCM政党のコーラスの発表会にでてた」とか
そういう細かい11年前のディテールを覚えていること。
言われて思い出す人←私。
⑤111mフリーフォールー
もうウガンダでバンジーはやってるからもう人生の課題としては
「済」なんだけどさー
H氏が「いや僕はやりますよ」というので←しかもバンジーとスライディングと
Gorge swingのコンボ。
私カメラマン参加のはずがみていたら
「いやこれをやらないのも日本女子たるものいかん!」という気持ちになり・・・
私も111mフリーフォールしてきました。
2年前のウガンダのバンジーは落下していたときの記憶が全然ないのだけれど
今回は!ちゃんと落ちている間中の記憶あり。しかもGorge swingだから落ちたあとに
今度は空飛ぶじゅうたん級のスイングが待っているという代物。
落ちる前が本当に怖いんだけれど、その怖さを「乗り越える」というのがいいね。
ま、もうバンジーはやらんでいいかな・・・といいつつ、また目の前でやってたら
やってしまいたくなりそう。特にここビクトリア滝「世界で3番目の高さ」という
微妙なキャッチ。ね、これで世界で一番というのに出会ったらやってしまうかも。
H氏の感想「やってしまった感がすごいですね。自殺の凝似体験ができて楽しかった」

で、まだあるんだけれど、全部詰め込まないで
また別のエントリーで書くことにしましょう。
次いつ日本語のコンピューターにありつけるかが問題なのだけれど。

とりあえずこれからはイギリス。
友達の結婚式に出て、
大学院時代とかピースボート時代の友達とか
リーダーズサミットの時の友達に会って、
パリ→ジュネーブ→ローマ→タイ→ラオス
という旅程で行く予定です。

4年前の彼にも
11年ぶりの村の人にも
「みおは変わんないね」と言われるんだけれど
決してほめ言葉ってわけじゃなくて
昔も今も好きなことを好きなようにやってるってことかも。。。

ということで、ブログがあまりきちんと書けてませんが
私は元気だよということで今日はおしまいです。
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by miomiomiomion | 2011-08-12 06:37 | 旅の記録