世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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10年越し科学反応

これだけたくさんの人がいる世界で
出会えてそして関係がどういう形あれ続いているというのは奇跡に近い。
なぜ君で、なぜ私なのか。
なぜその時に出会え、今また会えた。
小さな奇跡が積み重なって私たちの人生は形作られていく。

今回のホリデーで、新しい出会いはやっぱりあったのだけれど
メインテーマは「温故知新」。
ナミビアで会ったウガンダ人のジェニファーの
最初の出会いは2007年の南スーダン。
その時は名前は知っていたけれど仲良くならなかった彼女。
2011年にパキスタンのムルタンで再会。
「再会」ってのがなぜかお互いつぼにはまり、
今度は一緒にたくさん時間を過ごして、
人生で大切なアドバイスをしてもらって
姉のようになった人。
タンザニアのダニエルは、2000年に出会い、
彼のお母さんにチャパティの作り方を習って
彼の14歳の妹とも遊んで、この10年間エアメールと
そしてここ1年はフェイスブックで関係をつなげてきた旧友。
当時小学生だった彼は、中学校を遅く卒業して、
つい2年前に大学を卒業
村に法律事務所を作りたいんだという。
村をよくするには何をするべきかという議論をする。
10年前にはできなかったこと。ちゃんとつながって育っている
友情がとっても嬉しい。

で、イギリス。
2002年に東京のリーダーズサミットで同じ班だったカナダ人のデビット。
彼はスリランカにも訪ねてきてくれたから、再会は(それでも)5年ぶり。
ナチュラルで美人な日本人の奥さんをもらって今はロンドン在。
昔から助走なしで本題に深く入って話せる人だったけど、今もそう。
昔から"開発とは"とか"あるべきリーダー像"とかそういうトピックが
二人の間ではホットなんだけど
気がついたら最初学生だったふたりが10年前に語っていた場所にいて
で、今も結構熱いそしてリアリティのある志を語れる。希有な友人。
それから今回のハイライトでもある結婚式。
スリランカで仲良くしていて日本でもたまに会う
シエラレオネ在住のえりちゃん。だんなさんがイギリス人。
彼女とはいろんな時間や感情を共有したんだなぁ。
わざわざ三重県まで遊園地いったりとか、
この人どう思う?って当時好きだった怪しげな人を評価してもらったり(笑)
ストレートフォワードで
料理上手で世話焼きの彼女。
結婚式も手作りで心がこもっててじんとする。
ダンナさんのパパがスコットランド出身ということで
式にはキルトのスカートをきたナイスミドルの叔父さまがいっぱい。
ほかも ドイツ、アイルランド、スコットランド、南アフリカ、日本、
オーストラリア、カナダ、アメリカと国際色豊か。
人生の幸せを時間をかけて共有できるって素敵なことだなー。

ブライトンであったボスニア人のヤスミナは2000年に
ピースボートに乗ったときの友人。
あのときボスニア人だった彼女は
イギリスのパスポートをとり、
人権事務所で法律の知識のあるアシスタントとして働いている。
雰囲気は変わらないのに、10年前とは確実に違う場所にいる彼女。
私だってあのときは大学院のあとで無職だったわけだから
違う場所にいるわけだけれど、
「年を取るのって悪くないねー」と心から言える二人。
精一杯10年間生きてきたから、余裕をもって過去を振り返って
笑い合えることができる。幸せだなー。
彼女のパートナーと一緒にブライトンで
人生初の「回転寿司」(今まで回る寿司っていったことなかったのよー)
で、ロンドンに戻ってから再会したのが
大学院時代の同じ学生寮だった(彼は大学生だったけど)
フェリックス。今や2児の父、でもベビーフェイスはそのまんま。
トークのもりあがりもそのまんま。当時ご飯終わってからそのまま
カフェテリアに残って不毛な会話をいっぱいしたもんだけど
ちょっと年をとって現実味を加えても私たちの会話はやっぱり不毛w
楽しいんだー、で夕食のときに合流したのは
2005年のスリランカ時代の友達カルム。
あの時インターンで19歳だった彼が今25歳。
それでも25歳ってのが若いなあ。
「ええ、みおって僕より10も上なの?」って今頃きづくなよ笑
スリランカ人の彼女を連れてきた大学院で熱帯病を勉強している彼。
また近いうちに会えそうな感じ。10違うけど、年の違いを感じない人。
ってか、相手が大人なのか、自分が未熟なのか。

ローマでは、スリランカ時代にうちをシェアしてた
アッシュのところに泊めてもらう。
ソマリア時代のオーストリア人同僚ハーバードと夜ごはんを食べて、
あるべく男女のあり方について語り、(緊急援助を点々とする私たちにとって
いつの時代も大切な話題)
東亜船時代友人で、ローマっぽくおしゃれになってる京さんと昼ご飯をたべて
あとはWFP本部で、数えきれないほど知り合いに会う。
昔どっかのオフィスで、とかトレーニングで、とかワークショップで、とか
そういうつながりなんだけど、この世界は本当に狭いので
わざわざ感動もしない笑

それから今回のホリデーで本当に、期待以上でやばかったのがジュネーブ。
ここで会った友達は2009年にウガンダで
旅の終わりに、泊まってたドミトリーからタクシーをシェアしただけの友達
(というか友達と言ってしまってよいのか、という関係)
それでもすごいのがFacebookなんだな。
連絡先を交換して、何回かメールをやり取りしただけなんだけど
相手の人生が垣間みられるもんだから、知ってる錯覚に陥ってた
勢いで今回遊びにいって、本当にいい時間を過ごせた人。
温める友情もあれば、こういう育む友情もあり。
あのとき司法研修生だったぼっちゃんぼっちゃんが
スイス銀行法を専門にする弁護士になって
なんかさらりとスーツをきこなしてしまったりして
かなりのイケメンになっていて、焦りました←いや別に焦ってないから。
VWのビートル借りるつもりが
車がなくて、アウデイのオープンカーというできすぎたシナリオ。
天候も最高で、ワインにするぶどう畑とか、ユングラウとか
ガイドブックに載ってない
彼が学生時代にテニスの合宿できた小さなかわいい村とかまわりました。
ま、イケメンだとか弁護士だとかアウデイだとかはどうでもよくて
(←いや確実にプラスだろう)
会話が面白くて次から次にでてきて、ノンストップで
人生で今まで知らなかった分をあっというまに網羅する勢いでしゃべりました。
生きる世界が違うけど、情熱を傾けるものがあるってことは
共通するものもたくさんあるし、
いやーまだまだいい男が世の中にはたくさんいるなあと
思えるのはとってもいいことです。生活にはりがでます。
出会えりゃいいってもんじゃないけどね、いやほんとにさ。
ジュネーブ勤務なら頑張っちゃうのに(何を?)

で、パリ。ここではイギリス時代から知り合いの
日本おたくの外科医と会う。あのときは例によって研修生だった彼が今や立派な
脳外科医。しかし、おたくぶりは全く変わらず、彼のアパルトメントで
「銀魂」をみる。「ええー銀魂知らないのー?もぐりだよ」と言われましたけど
そりゃアフリカの奥地に5年もいたら、銀魂なんて知りませんって。

ということで、だらだらと書いてしまいまして
私の友人関係を知らない人にはちっとも面白くないか、ごめんごめん。
これはま、単なる忘備録。
Facebookの一言だと時間に流されちゃってたまらないから、
楽しかったことはちゃんと書いておく。
で、ちゃんと温める。
よくこの年になると友達できない、って言うけれど
それは友達できないというより、自分の感度が鈍ってしまっているか
自分のドアが閉じられしまっているということなんだと思うのだ。
絶対ね、いろんな経験をして、20代の最初より面白い話ができるわけだから。
お互いに。そりゃ、人生時間がたつとプライオリテリが変わってくるし
昔いい友達だったのに、なんか面白くなくなったり、
時間をとってもらえなくなったりそういうことってあるけどね、
それなら逆に昔大した友達じゃなかったのに、時間が成熟してあったら
相当面白くて、意気投合することもあるかもしれない。

10年来の友もちゃんとつなげておいて、
折にふれて思い出してメールを書いたり、突撃電話をしたり、
こうやって会いにいったりする。
で、そこでまた友達の友達を紹介してもらったり、
飛行機で出会ったり、スーパーの並んでいるところで話かけられたりして
新しいつながりができたりする。
なんだか最近、妙に日本の昔の友達からFacebookの申請が増えてるんだけど
いいことだと思うな。友達ってやっぱりいつの時代も宝だもの。

今の自分を作ってきたのは
そういう有象無象のたくさんの出会いなんだなーと思うのです。
で、今度東南アジアに戻ってきたらそれこそ
99年来の友達が手ぐすね引いて待っててくれる。

なんていうか、毎日自分を追いつめて維持するようなことじゃないけれど
思いついたときにふっと笑顔にさせてくれるそういう友達と大切にしないとね。
友達は宝だけれど、段ボールにいれてほこりのかぶった友情じゃなくて
ちゃんと風通しよくして、自分や相手の状況をちゃんとわかっているように
一緒に成長していける関係がやっぱり理想。
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by miomiomiomion | 2011-08-18 15:56 | 旅の記録