世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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国境の南、太陽の西

Haruki Murakamiの静謐な世界観、
人間的なのに体温の感じない隠微なロマンティシズムが
英語でもそっくり展開される一冊。

チェンマイの古本屋で買った

South of the border, West of the sun(国境の南、太陽の西)

大掃除をしようと思った年末に、一気に読んでしまった
2011年最後の本。

村上春樹の本を読んで感じるのは
私の生きている今の世界との間にある薄い膜の存在。
決して嫌いではないのだけれど
私は村上春樹が描写するような生活をしていないし、
こういう感情はもてないなーという
距離感を感じながら、いつも読む。
ノルウェイの森がそうだったように、
海辺のカフカがそうだったように。
距離感があるのに、本を閉じる気にならないのは
村上春樹の文章の流れるような美しさとまとう空気の静けさ。
人物の感情の流れもわざとらしさがない。
展開は奇妙奇天烈だったりするのだけれど
ぐんぐん引き込まれ、
うんうんとうなずきながらページを繰る。

登場してくる人物像は「平凡」で
近くにいるようで、でも膜を隔てた向こう側にいる。
前向きとかポジティブとか生命力があふれる生き様と対極にある
やるせなさとか、罪の意識とか、孤独感とかを抱えていて
そして繊細である。
等身大なのに、共感を呼び起こすというよりは
どこか他の世界のできごとに感じてしまうのは
私が幸せだからなのかもしれない。

で、ふと考えさせられるのが「幸せってなんだ」という
原始的な問い。
村上春樹の文章に出てくる人物には圧倒的な幸福感を持った人がいない。
彼女がいても、仕事がしごく順調でも、いい家族がいても
どこか足りないものを抱え、昔の記憶を反芻し、
今を静かに消費していく。

この本に出てくる主な登場人物は1人の男と3人の女。
不幸な人と見かけは幸せだけれど、その幸せが永遠に続かないことにきがついている人と
ずっと不幸で圧倒的な幸せを一瞬感じてでもまた元に戻る人。
いや、もしかしてその不幸とか幸福も読者が勝手にラベルつけするだけで
本人がどう感じているかなんてわからない。
そのハザマで右往左往する主人公のハジメも、右にいっても左にいっても
周りの人を全て幸福にすることができないし、自分が幸福になるかもわからない。

結局、私たちが自分で「幸せ」と信じているものは幻想にすぎないのかもしれない。
そしてその信じていた幸せが小さなヒビ割れから、どんどん大きくなることって
誰にもあるのだろう、とそういう小さな恐怖感を投げかける。
大きな声ではなくて、ささやくように。

死と隣合わせにあるのにウェットさがなくて
幸せなのに、ばら色な感覚もなくて
静かに生きる登場人物は
無駄な雑音に身をまかせて楽しい振りをする人たちよりも
私に近い気がする。
でも、膜を隔てた向こう側なんだけれどね。

ハッピーな読後感がないけれど
ああ小説を読んだなぁという
ふっと非現実から戻る感覚を感じるのは
本を読むひとつの醍醐味でもあるわけで。

2012年はいろいろ本を読もうと思う。
2011年は現実にかまけていて
現実逃避する時間があまりなかったから。
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by miomiomiomion | 2012-01-03 23:23 | みおの本棚