世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

Only for you

今はなんでもメールやSMSで送れる時代だ。
TwitterやFacebookなんてのをいれると
コミュニケーションの手段は格段に増えて
さくさくっと大作もコピペして
気軽にクールなコミュニケーションができるはずなんだけれど、
そこに自分の魂はこめられているかを問おう。

今日ある人からメールをもらったんだけれど
肝心のところで私の名前がシャーロットになってて、
おまえシャーロットに出したメールを私にコピペしたなと
100年の恋も冷める思いだった。全然恋と関係ないメールだけど。
それだったら普通にBCCでもCCでも
みなさんに一斉送信で失礼しますってんで
近況報告受けたほうが100倍いいよね。
私、別にプロトコールとか礼儀とかうるさい人間ではないけれど
なんていうかわざわざ個人宛で出す手紙べきやメールに
コピペを使って、しかも推敲しないなんて論外。

あと間違っているわけじゃなくて、比較的よくある現象なんだけれど
Facebookに誕生日になると
他人のWallにすごーい量の「友達」から
Happy birthday!が列挙されるわけだけれど
なんで、自分の友達にただ
HBD!とかHappy birthday!とか
お誕生日おめでとう!
って言うだけで、
どうして一言”Only for you"なコメントが残せないものなのか
と他人のWallをみていて思ってしまう。
Have a good oneとか
まぁ悪かないけど、全然オリジナリティがないコメントも同様。
コミュニケーションツールは増えたけど
コミュニケーションの質があがるかどうかは
個人の心がけというかスタイルによるのだ。
数だけ増えても、それは自分の生活の質には全然比例しない。
無視されるよりはそりゃいいけれど、
おめでとうって言うそのあとに一ひねり欲しい。

Facebookも「友達」が増えてくると
実はよく友達かどうかも定かでない人もいるかもしれないし
そうだとすると的確なコメントを残せない
だから、単なる「お誕生日おめでとー。いい日を」になるのかもしれないけれど
私はそれだったらなんも言わないでいいのに、と思ってしまう。

コミュニケーションってのはとればいいってもんじゃなくて
何をコミュニケートするかってのが肝心なわけで
そうじゃないとそれは

ピンポンダッシュと変わらない。

クリスマスカードも年賀状も年賀メールもそう。
メールもSMSもFacebookも
時間かかっていいから、別に1月1日につく必要はないけれど
一斉のコピペで「みんな一緒」ってんじゃなくて
せっかく意思疎通するんだから
思い出をリフレッシュしたり、これからの出会いを計画したり、
近況を報告したり、その人が自分にとってどういう人なのか
そういう「プラスアルファ」の内容を入れないとね。
大会社のエグゼクティブとか一国の主というならいざ知らず
友達の数が100万ってわけじゃないから
ひとつひとつ吟味して、メッセージを書く。
だから私のクリスマスカードは全然クリスマスに到着しないし
メールも遅れる。(ごめんよ)
サインだけして、おくりゃーいいってもんじゃないのだ
(いや、クリスマスカードって大体そういうもんなんだけど)
何十枚もくる仕事関係のクリスマスカードは大体そんな感じだけど、
にやりとさせられるコメントが入っていたり
その人の近況が「自分あて」にアレンジされてたり、
大きなチョコレートBoxと一緒に送られてきたりする
そういう「特別感」があると、
自分の中で、その人とのつながりがグレードアップする、
コミュニケーションってそういうもんだよね。
ひとつひとつ私たちのドラマを重ねていくツール。
メールも一緒。
忙しいときじゃなくていいから、自分にあてて
ちゃんとメールをちょうだい、と思う。
私もちゃんとメールを書くから。

私がメールや手紙を出すときは
ちゃんと背筋を伸ばして、その人のこと考えて
ピンポイントで言葉を探す。
どっかできいたような適当な流れの言葉じゃなくて
自分の気持ちをちゃんと閉じ込めたリズムと
言葉の選択をする。

70億人の人がいる中で
出会えた奇跡に感謝するのに
ちょっと時間をかけて
今の自分をちゃんと表現する手間を
厭う理由はない。
[PR]
by miomiomiomion | 2012-01-10 21:28 | 楽しく生きる