世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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余命一ヶ月

おばあさんが余命を宣告されて
動揺することなく毅然と対応し
むしろまわりを心配する彼女に、
その生き様に
みんなが涙した。

という文章を見て
ふと人生について、神妙に考える。
私が余命を宣告されたわけではない。
人の命のはかなさは
この仕事をしていて
たくさん目にしてきた。

去年の12月23日、私が週末旅行で
チェンマイにいるときに
昔のソマリアのオフィスの同僚が
銃殺された。
穏やかで頼りになる58歳と
初々しくてやさしい28歳。
二人とも私と一緒に
ごはんを食べて
仕事をして
2年間時間をすごした人だ。

同僚・知り合いが殺されるのは
これで5人目。

彼らには58歳の彼は二人の奥さんと6人の子供がいて、
28歳の彼は私がソマリアを出る2ヶ月前に結婚したばかりだった。

タンザニアのムチトゥに10年ぶりに旅したときに、
私の住んでいた家の前に住んでいた
いろいろ食べ物をくれたり、バイクで町に連れて行ってくれた
おじさんが、バイクの事故で数年前に亡くなった事を聞いた。
彼は私が会った当時40ちょっとだったから、50そこそこでなくなったわけだ。

ちょっと前にごはんを食べたときに
オーストラリア人の友達が
バイクに乗っていて、前からバスが突っ込んできた話をして
「正直、俺の人生これで終わる」ととっさに思ったんだ、と言った。
幸い、彼と彼のバイクは横道に突っ込んで
バイクは完全にダメになったけれど
彼は思ったより重傷にはならなかった。よかった。

紛争国や途上国に限らない、
先進国でも、仕事中でも休暇中でも
老いでも、事故でも、病気でも

自分の人生の終わりは必ずしも予期しない形でやってくる。

「あと人生が3ヶ月だったら何をしますか?」という質問が
たとえば卒業アルバムの付録だったり、
自己紹介のネタだったりであるけれど、
果たしてあと私の人生が期限つきだったら何をするだろう。

よくある、お金を全部使い果たして豪遊する!とか
○○(←外国)に行くとか
○○(←好きな食べ物の名前)を食べまくる!
そういう消費行動的なことでは、たぶんない。
迫りくる自分の最期に恐れや心配や悲しみを感じて
豪華に楽しめないと思うから、きっと。

静かに瞑想しながら
今まで書いた恥ずかしい妄想リストや、日記、日々の記録をくまなく廃棄して(これ重要)
あとは、今までお世話になった人にありがとうということを形に示す、とか
親孝行するとか、そういう「他人に何かを(して)あげる」ことでしか
自分の最後の人生の質をあげることはできないと思う。

高級バックも、高価な食事も、海外旅行も、自己投資も、マイホームも
決して悪いわけではなくて
短い人生を謳歌するに、あっていい”項目”である、
でも人生を閉じるとき、自分を穏やかな心持にさせてくれるのは
自分が何をもっていたか、ではなくて
自分が何をしてきたか、そして、それが他人にどう生かされているか
なのだ、きっと。

やりたいことをやって、忙しくしているけれど、
今ここで私の人生に期限があたえられたら、
おんなじようには時間を使わないとふと思う。
今の生き方は、「時間がまだ無期限にある」傲慢な推測のもと
自分が楽しむことを最優先しているわけだけれど、
ちょっと時間を割いて、
自分の周りの大切な人たちに
ありがとうを言う時間、何かを伝える時間を増やさなくては。
それから、これからやろうと思っていることは
先延ばしにしないで、すぐ計画することにしよう。

いくらやっても、やりたいことって次から次に
沸いてくるんだけれどね。

Being the richest man in the cemetery does'nt matter to me.
Going to bed at night saying we've done something wonderful
that's what matters to me. Steve Jobs.

死ぬときに一番の金持ちである必要はない。
毎晩、寝るときに今日もすばらしいことをしたぞ!と思えることが
私にとって大切なことなのだ。スティーブ・ジョブス
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by miomiomiomion | 2012-02-03 23:57 | 楽しく生きる