世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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カテゴリ:旅の記録( 43 )

金曜日の夜行バスでパクセへ。
そこから120キロ先のカンボジア国境へ。
3時間半のバイク旅。

ここ来る直前にオフロードバイクで旅した人のブログを読んで
感銘を受けて、「バイク旅行やってみたい!」と思ったんだけれど
自分もバイク一ヶ月乗ってみて(私のはオフロードじゃなくてスクーターだけど)
風も感じるし、スピードもちょうどいいし、とてもいい感じなので
週末旅行を決行。同僚のコニーとクリスと。

ビエンチャンからパクセの夜行バスが最高でねー。
リクライニングのいす、ってんじゃなくて
文字通り、ベッド備えつけバス(笑)こんなバス初めて。
枕と毛布がついていて、しかも食事つき二階建てで
ひとつのコンパートメントで二人寝られる計算。
知らない人同士だと、男女別とのこと。
友達のうちにお泊りっこしたこどもの時みたいなワクワク感が甦る。

で、朝7時半に到着し、バイクを借りて南下する。
ビエンチャンもそうだけれど、ラオスの道路事情悪くないのですよ。
ちゃんと舗装されていて、両脇に広がるのは田園風景。
90キロ飛ばせます。坂道も少ないし、車の量も少ないし、
途中でトラックをぬかしたりすると声援をもらったりとか。
太陽をがんがんに浴びて(焼けましたが・・・)
風にぐんぐん乗って、
3時間後には目的地へ。
島に渡って、メコン川沿いのホテルにチェックインし、
ビールとお昼ご飯。
どんな日本語を知っているかで大盛り上がり。(←私ジャッジ)
「わさび!」「ヒロシマ!」「たまごっち!」「やくざ!」
「すし!」「まんが!」「カミカゼ!」「オタク!」「テンプラ!」
・・・サブカルチャーと食べ物ばっか(笑)

たまごっちでどうなったの?って聞かれたんだけれど
たまごっちってもうさすがに売ってないだろうけれど
あれだけ広範囲で売られて、あれってゲームとして
たまごが鶏になると終わるゲームなんだっけ?
そもそもにわとりになるんだったかどうかも定かでない。
たまごっちもってなかったし。

そこから滝を見にいったんだけれど、
島の周辺は道路の舗装具合がイマイチで
いっぱい穴があいていて、砂利道で・・・
そんななか気持ちがよくって調子乗って飛ばしたら
見事に

バイク滑りました

D700のカメラレンズカバーが割れました(T-T) レンズ自体は大丈夫っぽいんだけれど
カメラを振るとシャカシャカ音がなって、Aにしたときにオートマがきかなくてる。
あー。で、右足首の肉がえぐれ、右足と右手に広範囲に切り傷が!
ヘルメットちゃんとしてたし、頭打ってないから、正気だったんだけれど
なんせ足首からの血がだーだー出ているのと強打した痛みでクラクラしました。
すごかったのは、コニーとクリスの冷静ぶり。
二人ともちゃんと救急法のトレーニング受けてるし、
クリスは前職でアフガンやらタジキスタンやらにいたので、手馴れたもの。
「はいはい、ちゃんと意識ある?大丈夫だからねー」と
超冷静に私のチェックをし、バイクのチェックをし
ホテル戻ってちゃんとマイ「救急セット」で傷の手当てをしてもらいました。
いやーもつべきものは冷静(でSkillful)な友だね、バイク旅行。

滝は次の日にいくことにして、
ホテルの前のレストランで飲んだくれて終りました。
将来の計画とか、国連職員になってなかったら何になっていたとか
最新機能のトイレとか、まぁそういう話で盛り上がり。
コニーとは部屋に帰ってからまた女子トーク。

次の日、足と体は痛いままだけれど別に機能してないわけではないので
別の島に渡り、滝を見て、子どもとぞうり投げをして、ごはんを食べて
また120キロ戻る旅。
バイクに乗ってるだけっていっても、結構飛ばすし、
体痛いし、虫が飛んでくるし、暗くなるし、で
終ったときは、達成感満タン。

今、満身創痍、という言葉がぴったし。
筋肉痛だし、筋違えてるし、傷だらけだし、
バイクのスタートもできないくらい
体がボロボロ・・・・ひょーこれは無理しました。
12月の最初にはクリスとハーフマラソン走るんだけれど
調整間に合うかなぁー。
調子上々のクリスは
「ハーフだけじゃなくて前日にある100キロの自転車レースもやろうかなー。やんない?」

やりませんー

限界っていろんな要素が絡まって広がるものだけれど
ちゃんとメインテナンスもしてあげないと無茶し続けたらだめね。
と夜行バスで戻ってきてそのままオフィスに入った私は思うわけです。
今日は国連クリニックで先生に傷口みてもらいましたけど

「おうおう、体が戦っているねー」

とのことでした。ガンバレ、私の体。
しばらくは朝のRunはお預けです。足が治るまでね・・・
これじゃマッサージもいけないし!
さ、仕事がんばろ。
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by miomiomiomion | 2011-10-30 23:10 | 旅の記録

10年越し科学反応

これだけたくさんの人がいる世界で
出会えてそして関係がどういう形あれ続いているというのは奇跡に近い。
なぜ君で、なぜ私なのか。
なぜその時に出会え、今また会えた。
小さな奇跡が積み重なって私たちの人生は形作られていく。

今回のホリデーで、新しい出会いはやっぱりあったのだけれど
メインテーマは「温故知新」。
ナミビアで会ったウガンダ人のジェニファーの
最初の出会いは2007年の南スーダン。
その時は名前は知っていたけれど仲良くならなかった彼女。
2011年にパキスタンのムルタンで再会。
「再会」ってのがなぜかお互いつぼにはまり、
今度は一緒にたくさん時間を過ごして、
人生で大切なアドバイスをしてもらって
姉のようになった人。
タンザニアのダニエルは、2000年に出会い、
彼のお母さんにチャパティの作り方を習って
彼の14歳の妹とも遊んで、この10年間エアメールと
そしてここ1年はフェイスブックで関係をつなげてきた旧友。
当時小学生だった彼は、中学校を遅く卒業して、
つい2年前に大学を卒業
村に法律事務所を作りたいんだという。
村をよくするには何をするべきかという議論をする。
10年前にはできなかったこと。ちゃんとつながって育っている
友情がとっても嬉しい。

で、イギリス。
2002年に東京のリーダーズサミットで同じ班だったカナダ人のデビット。
彼はスリランカにも訪ねてきてくれたから、再会は(それでも)5年ぶり。
ナチュラルで美人な日本人の奥さんをもらって今はロンドン在。
昔から助走なしで本題に深く入って話せる人だったけど、今もそう。
昔から"開発とは"とか"あるべきリーダー像"とかそういうトピックが
二人の間ではホットなんだけど
気がついたら最初学生だったふたりが10年前に語っていた場所にいて
で、今も結構熱いそしてリアリティのある志を語れる。希有な友人。
それから今回のハイライトでもある結婚式。
スリランカで仲良くしていて日本でもたまに会う
シエラレオネ在住のえりちゃん。だんなさんがイギリス人。
彼女とはいろんな時間や感情を共有したんだなぁ。
わざわざ三重県まで遊園地いったりとか、
この人どう思う?って当時好きだった怪しげな人を評価してもらったり(笑)
ストレートフォワードで
料理上手で世話焼きの彼女。
結婚式も手作りで心がこもっててじんとする。
ダンナさんのパパがスコットランド出身ということで
式にはキルトのスカートをきたナイスミドルの叔父さまがいっぱい。
ほかも ドイツ、アイルランド、スコットランド、南アフリカ、日本、
オーストラリア、カナダ、アメリカと国際色豊か。
人生の幸せを時間をかけて共有できるって素敵なことだなー。

ブライトンであったボスニア人のヤスミナは2000年に
ピースボートに乗ったときの友人。
あのときボスニア人だった彼女は
イギリスのパスポートをとり、
人権事務所で法律の知識のあるアシスタントとして働いている。
雰囲気は変わらないのに、10年前とは確実に違う場所にいる彼女。
私だってあのときは大学院のあとで無職だったわけだから
違う場所にいるわけだけれど、
「年を取るのって悪くないねー」と心から言える二人。
精一杯10年間生きてきたから、余裕をもって過去を振り返って
笑い合えることができる。幸せだなー。
彼女のパートナーと一緒にブライトンで
人生初の「回転寿司」(今まで回る寿司っていったことなかったのよー)
で、ロンドンに戻ってから再会したのが
大学院時代の同じ学生寮だった(彼は大学生だったけど)
フェリックス。今や2児の父、でもベビーフェイスはそのまんま。
トークのもりあがりもそのまんま。当時ご飯終わってからそのまま
カフェテリアに残って不毛な会話をいっぱいしたもんだけど
ちょっと年をとって現実味を加えても私たちの会話はやっぱり不毛w
楽しいんだー、で夕食のときに合流したのは
2005年のスリランカ時代の友達カルム。
あの時インターンで19歳だった彼が今25歳。
それでも25歳ってのが若いなあ。
「ええ、みおって僕より10も上なの?」って今頃きづくなよ笑
スリランカ人の彼女を連れてきた大学院で熱帯病を勉強している彼。
また近いうちに会えそうな感じ。10違うけど、年の違いを感じない人。
ってか、相手が大人なのか、自分が未熟なのか。

ローマでは、スリランカ時代にうちをシェアしてた
アッシュのところに泊めてもらう。
ソマリア時代のオーストリア人同僚ハーバードと夜ごはんを食べて、
あるべく男女のあり方について語り、(緊急援助を点々とする私たちにとって
いつの時代も大切な話題)
東亜船時代友人で、ローマっぽくおしゃれになってる京さんと昼ご飯をたべて
あとはWFP本部で、数えきれないほど知り合いに会う。
昔どっかのオフィスで、とかトレーニングで、とかワークショップで、とか
そういうつながりなんだけど、この世界は本当に狭いので
わざわざ感動もしない笑

それから今回のホリデーで本当に、期待以上でやばかったのがジュネーブ。
ここで会った友達は2009年にウガンダで
旅の終わりに、泊まってたドミトリーからタクシーをシェアしただけの友達
(というか友達と言ってしまってよいのか、という関係)
それでもすごいのがFacebookなんだな。
連絡先を交換して、何回かメールをやり取りしただけなんだけど
相手の人生が垣間みられるもんだから、知ってる錯覚に陥ってた
勢いで今回遊びにいって、本当にいい時間を過ごせた人。
温める友情もあれば、こういう育む友情もあり。
あのとき司法研修生だったぼっちゃんぼっちゃんが
スイス銀行法を専門にする弁護士になって
なんかさらりとスーツをきこなしてしまったりして
かなりのイケメンになっていて、焦りました←いや別に焦ってないから。
VWのビートル借りるつもりが
車がなくて、アウデイのオープンカーというできすぎたシナリオ。
天候も最高で、ワインにするぶどう畑とか、ユングラウとか
ガイドブックに載ってない
彼が学生時代にテニスの合宿できた小さなかわいい村とかまわりました。
ま、イケメンだとか弁護士だとかアウデイだとかはどうでもよくて
(←いや確実にプラスだろう)
会話が面白くて次から次にでてきて、ノンストップで
人生で今まで知らなかった分をあっというまに網羅する勢いでしゃべりました。
生きる世界が違うけど、情熱を傾けるものがあるってことは
共通するものもたくさんあるし、
いやーまだまだいい男が世の中にはたくさんいるなあと
思えるのはとってもいいことです。生活にはりがでます。
出会えりゃいいってもんじゃないけどね、いやほんとにさ。
ジュネーブ勤務なら頑張っちゃうのに(何を?)

で、パリ。ここではイギリス時代から知り合いの
日本おたくの外科医と会う。あのときは例によって研修生だった彼が今や立派な
脳外科医。しかし、おたくぶりは全く変わらず、彼のアパルトメントで
「銀魂」をみる。「ええー銀魂知らないのー?もぐりだよ」と言われましたけど
そりゃアフリカの奥地に5年もいたら、銀魂なんて知りませんって。

ということで、だらだらと書いてしまいまして
私の友人関係を知らない人にはちっとも面白くないか、ごめんごめん。
これはま、単なる忘備録。
Facebookの一言だと時間に流されちゃってたまらないから、
楽しかったことはちゃんと書いておく。
で、ちゃんと温める。
よくこの年になると友達できない、って言うけれど
それは友達できないというより、自分の感度が鈍ってしまっているか
自分のドアが閉じられしまっているということなんだと思うのだ。
絶対ね、いろんな経験をして、20代の最初より面白い話ができるわけだから。
お互いに。そりゃ、人生時間がたつとプライオリテリが変わってくるし
昔いい友達だったのに、なんか面白くなくなったり、
時間をとってもらえなくなったりそういうことってあるけどね、
それなら逆に昔大した友達じゃなかったのに、時間が成熟してあったら
相当面白くて、意気投合することもあるかもしれない。

10年来の友もちゃんとつなげておいて、
折にふれて思い出してメールを書いたり、突撃電話をしたり、
こうやって会いにいったりする。
で、そこでまた友達の友達を紹介してもらったり、
飛行機で出会ったり、スーパーの並んでいるところで話かけられたりして
新しいつながりができたりする。
なんだか最近、妙に日本の昔の友達からFacebookの申請が増えてるんだけど
いいことだと思うな。友達ってやっぱりいつの時代も宝だもの。

今の自分を作ってきたのは
そういう有象無象のたくさんの出会いなんだなーと思うのです。
で、今度東南アジアに戻ってきたらそれこそ
99年来の友達が手ぐすね引いて待っててくれる。

なんていうか、毎日自分を追いつめて維持するようなことじゃないけれど
思いついたときにふっと笑顔にさせてくれるそういう友達と大切にしないとね。
友達は宝だけれど、段ボールにいれてほこりのかぶった友情じゃなくて
ちゃんと風通しよくして、自分や相手の状況をちゃんとわかっているように
一緒に成長していける関係がやっぱり理想。
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by miomiomiomion | 2011-08-18 15:56 | 旅の記録
あらまー実に一ヶ月ぶりでした。
皆様こんにちは、浪漫飛行中のみおみおです。
トランクひとつだけじゃなくて、バックパックとカメラバックもありますけど。

いやーこの一ヶ月実に最高落下角度121度の富士急ハイランドの
新しいジェットコースターも真っ青の
透明に限りなく近いカラフルな時間をすごしてます。
現在進行形。
ソマリアがこんなに非常事態なのに
お休みを満喫してしまって申し訳ないんだけれど、
世界っつーのはそうやって一人が抜けても回るからね。
ちゃんと抜けるときは抜けて、別の角度から向き合わないといけないってことだ。

で、ブログも10エントリーくらい、気仙沼のこととかソマリア雑記を
中心に書いていたんだけれど
日本語のコンピューターが盗まれてしまってねー
一回書いたものがなくなるとまた書く気力がでないし、
日本語のメールもちゃんと書けてない。すみません。
今はドバイのラウンジ。

ナイロビ最後の今日は昔の彼とランチを食べました。
正確にいうと2代目前。
相変わらずセクシーでおちゃめで、強面で
「自分は正しい」王様クオリティ。
彼の心のそこから湧き出てくるような笑い方をみて
ああ、私はこの人を昔心底好きだったんだなぁと
博物館で天然記念物を眺めるみたいな余裕を持って
話せる自分がいて
まぁいろいろあったわけだけれど、
ちゃんと消化して、きちんと生きているから、
からっとしててお互い昔の乾いた傷を出しにして笑えてしまう、
時間の威力ってのはすごいもんだ。

時間が前後するけれど、
7月25日から休暇をとって前からやってみたかった
「アフリカ縦断旅行」を決行。
スーダン、パキスタンと一緒に仕事をした
友達がいるナミビアを皮切りに
リビングストーン→ルサカ(ザンビア)
10年前に9ヶ月住んでいたムティトゥ(タンザニア)
最初はボツワナーとかマラウイーとかザンジバルーとか
いろいろ行きたいな♪とか考えてたんですが、

アフリカ、デカっ

もともと7日にはイエメンに行く予定だったのだけれど
政情不安でビザがとれず、結局11日まで延長してぎりぎり収まる感じ。
いや、とにかくアフリカの陸の旅は時間がかかるんだ。
で、何をやったかというと
時間があるからつれづれなるままにどんどん書いちゃうけど

①ナミブ砂漠
4WDを借りて私も!運転する。
マニュアル運転したの実に10年ぶり(というか免許をとってからまともに
マニュアル運転してないし)。しかし地平線まで続く直線道(しかし未舗装)を
150キロまで記録。
ナミブ砂漠(ソーソフェリの夕日、車中泊した行くまでの道で
人生最大級の星空をみました。もうロマンテイック~というんじゃなくて
圧倒されるようなのみこまれるようなすごい星空。しかしマイナスじゃないか?と
思うくらいの寒さでした。アフリカ今寒いのよ)
②汚職に巻き込まれる
黄熱病のイエローカードなんてアフリカに15年以上出入りしていて
一度も「見せろ」といわれたことないからどっかにしまいっぱなしになってたんだけれど
ナイロビの空港で「イエローカードがなければエチオピア行きの飛行機に乗せられません」
といわれ、行った先で注射を打たずに(というか医者もいなかったから打てる状態でなし)
本物のイエローカードを5000シルで購入しました。背に腹は変えられないっつーか、
ここでまっとうに対決したらホリデー行けないしなぁ、飛行機代戻ってこないしなぁという
苦渋の選択13秒(早)。これからはイエローカードは持参します。
③一人じゃなくて二人
今回の旅には連れがおりました。しかも日本人。珍しい。
私の記憶にある限り旅の旅程一部でたまたま会ってというのと
週末の遠出は別として最初っから予定をたてて
日本人と一緒に長旅をしたことがない。
結構きっかけも勢い。人生も勢い。
最初に会ったときは、気仙沼のホルモン焼きやでご飯食べてカラオケして
二回目に川べりでBBQしてビール飲んでるときに
「帰ったらどうするんですか」という話になり
「アフリカ旅行しようと思ってて」という話をして
「いいですねー」というものだから軽い気持ちで
「一緒に来る?」と聞いたら
「行きます」と即答。
まぁ来るといってこない人っていっぱいいるし、な心構えだったんだけれど
で、本当に来た、という有限実行の7歳年下日本男児。真性ニュージェネレーション。
肩の力がぜんぜん入ってなくて、ぜんぜん武士っぽくなくて
「俺についてこい」みたいなのもなくて←いやぜんぜんそれでいいんですけど
「まぁみおさんに会えれば大丈夫だと思いまして」とかにこにこ言う人。
で、普通に歩くと私がいつも普通に急いでいるから
自然と私の二歩後ろくらいをゆっくり歩いている人。
荷物がびっくりするほど少なくて、バックパックじゃなくて小さい転がすスーツケースと
すんごい小さいのにドラえもんのポケットみたいに何でも出てくるすごいかばんを持ってる人。
黄熱病の注射受けるのに、安いからという理由でわざわざ夜行バスで新潟まで行く人。
ポケットテイッシュとかゴミ袋とかレジャーシートとか
痒いところに痒いときに届く小物がいろいろ入ってて便利な人。
道行く人に声かけられて丁寧に答えちゃうからつかまりやすい人、
で実際偽両替商にだまされる人。(ああ、でもこれは私が介入して事態がより悪化)
で、私はだまされたことにプリプリしているのに、当の被害者なのに
「ああ、いい経験でした。面白かった」とか言っている人。
で、ぼっとんトイレにデジカメ落とす人。
イケメンなのに、天然。知識あるのに、ナイーブ。しかし、
性格が穏やかでまっすぐってのは武器だなぁ。
おかげさまで楽しい旅でした。一人旅と二人旅は楽しむポイントも深さも広さも変わってくる。
で、今は一人でがしがし開拓する系より、こうやって自分のもってない感覚とか
価値観を人とゆっくり共有する旅が自分にはあってるのかも。

④ムティトゥ再訪
2000年にイギリスのNGOのメンバー(イギリス人一人、ジンバブエ人二人、
タンザニア人一人)と共同生活して村落開発プロジェクトを実施した村に行ってきました。
11年ってすごい時間ね。
当時14歳で、かわいー女の子だったのに、もう7歳のママになってたり!とか
当時11歳で、ちびっこだったのに、なぜか29歳になってて大学卒業してたり!とか
(僕が初めて君に会ったときは11歳だったんだよ、といいつつ、
今の年齢が29歳という謎の人)
でも相変わらず水道はないし、道路も舗装されてなくてがたがただし
電気もないし、でもだからこそ人と人とのつながりが強いんだなぁ。
たったの3泊だったけれど、料理して、村を歩いて
11年前に作った井戸(現在も利用中)を見に行って、
伝統舞踊をみる機会もあって、そこでスピーチもさせてもらって、
で、村を歩いていて「あれーあんた前にもいたよね?!」という反応が結構ある。
で、すごいのは、「肥料のつくりかたの講習会をやった」とか
「キロロ(という隣村)でCCM政党のコーラスの発表会にでてた」とか
そういう細かい11年前のディテールを覚えていること。
言われて思い出す人←私。
⑤111mフリーフォールー
もうウガンダでバンジーはやってるからもう人生の課題としては
「済」なんだけどさー
H氏が「いや僕はやりますよ」というので←しかもバンジーとスライディングと
Gorge swingのコンボ。
私カメラマン参加のはずがみていたら
「いやこれをやらないのも日本女子たるものいかん!」という気持ちになり・・・
私も111mフリーフォールしてきました。
2年前のウガンダのバンジーは落下していたときの記憶が全然ないのだけれど
今回は!ちゃんと落ちている間中の記憶あり。しかもGorge swingだから落ちたあとに
今度は空飛ぶじゅうたん級のスイングが待っているという代物。
落ちる前が本当に怖いんだけれど、その怖さを「乗り越える」というのがいいね。
ま、もうバンジーはやらんでいいかな・・・といいつつ、また目の前でやってたら
やってしまいたくなりそう。特にここビクトリア滝「世界で3番目の高さ」という
微妙なキャッチ。ね、これで世界で一番というのに出会ったらやってしまうかも。
H氏の感想「やってしまった感がすごいですね。自殺の凝似体験ができて楽しかった」

で、まだあるんだけれど、全部詰め込まないで
また別のエントリーで書くことにしましょう。
次いつ日本語のコンピューターにありつけるかが問題なのだけれど。

とりあえずこれからはイギリス。
友達の結婚式に出て、
大学院時代とかピースボート時代の友達とか
リーダーズサミットの時の友達に会って、
パリ→ジュネーブ→ローマ→タイ→ラオス
という旅程で行く予定です。

4年前の彼にも
11年ぶりの村の人にも
「みおは変わんないね」と言われるんだけれど
決してほめ言葉ってわけじゃなくて
昔も今も好きなことを好きなようにやってるってことかも。。。

ということで、ブログがあまりきちんと書けてませんが
私は元気だよということで今日はおしまいです。
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by miomiomiomion | 2011-08-12 06:37 | 旅の記録

そして人生は続く

非日常な状況ですごいいいことがやれるような
いわゆる「ボランティア」な空間では、
熱い自分にちょっと酔ってしまい、
普段会えない面白そうなアウトローに会えたり
普段使わない脳の一部が刺激を受けて
人生がスパイシーで充実したような気になるのだが
スパイスというのは、もともとの塩味があって身にちゃんと味がついてから
その相乗効果を発揮するもので、スパイスだけでは
味にも栄養にもならない。

自分しかやれない、と思ったらそれは帰り時。
いろんな物事の中核に入り込んでくると
思いのほか動かせてしまったりするが、
基本実生活において、仕事において
自分はDispensable(取り換えがきく)ということを
ちゃんと認識しておく必要がある。
いや、突き詰めて考えれば個人の関係だって

私がいないとあの人はだめになってしまうわ

的な関係はそもそも関係としてなりたっていないわけで
そう考えると「自分の存在なるもの」は
極めて危ういもんなわけなのだ。
”私”の代わりはいないけれど
それは絶対的なものであって、
相対的なものではない。
だから、執着しなくていい。
自分はどこでも生きていけるし、なんでもできる、という心意気でいく。
今を心をこめて過ごすけれど、時期がきたら潔く手放す。
必要なものは、まっとうに生きていれば、向こうからやってくる。

やれた!という達成感と、ああ、これができるのに・できたのにという無力感を
両方ちゃんと持って積み上げていくことはとっても大切だ。
無力感だけだと人は疲弊するが
達成感だけあってもそれはただの勘違い。
砂場で山を作るときに、ただひたすら山を作っても先細りになってしまうが
適当なところで先っぽをつぶして土台を固めると山は強く大きくなっていく。
達成感を感じ切る前のところで、自分で破壊する。
破壊して、また作る、その繰り返し。

気仙沼から帰ってきた。
いろいろできたこともあるし
できなかったこともある。
手に入れたものもあるし
なくしたものもある。
破壊と創造の過程で、
確実に残っていくものを
今に、それからこれからにつなげていこうと思う。

とりあえず、ボランティア調整はきっちりできた。
気仙沼のNGO、市、社協の連携はだいぶ形になってきた。
3Wマップも作った。かつお漁のためのコンテナも洗ったし、
23人のこれからもつながっていくであろう新しい友人もできた。
車の運転もできるようになった。

で、彼と別れた。
一緒に次の赴任地に行こうと思っていたのだけれど予定変更。
まぁこれについてはあんまり気仙沼は関係ない。
いろいろいろいろいろいろいろいろいろいろ考えて出した結論。

というわけで気仙沼も終わり。
ソマリアももうすぐ終わり。
長く続いた人間関係も終わり。
次の創造期に突入するのに
ちょっと居心地が悪くなるくらい身軽。
番狂わせではあるが、人生なんてそんなもんだ。
投げやりなんではなくて、達観(と信じよう)。

体調は万全なんだがなんだかわからんが
とりあえず何時に寝ても毎朝5時10分に必ず目が覚めるムーな感じ。

一昨日仙台、今日東京。
明日ナイロビ、来週ソマリア。
Life goes on.
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by miomiomiomion | 2011-07-12 00:03 | 旅の記録

自分リセット

20日ぶりにOFFをとりました。

いやーさー、本当に毎日ギュウギュウ詰めで、
感じたことや思いついたことを
消化して並べ替えて、展示している暇もなくて
ただひたすら、生きていることに力を注ぐ日々。青春だ。

しかし、こういう生活をしていると
体を壊すか、友達なくすか、精神の方向がずれるかして
自分も気がつかないうちに、空回りする可能性が高いので
非日常から意識的に抜け出て、
自分が「なにものでない」時間を作らないといけません。
緊急援助とかボランティアするとか全国から意識の高い人が集まってくるとか
いう空間はともすると熱くて、楽しくて、なんだかスペシャルで
なんだか「自分もすごい人間になったかのやうな」錯覚に陥りがちですが
日本の将来だけじゃなくて自分のみなりを考えるとか、
ぽっと出会ったすごい風の人だけじゃなくて
自分を支えてくれる隣にいる人に感謝するとか
そういう「当たり前のこと」をおろそかにするようになると
人間ろくな方向へ行きません。

あーもうちょっとやりたいなーくらいで
日常に復帰するくらいがちょうどいいわけです。
ここが日常の人はもうそれは頑張らないといけないわけだけれど
普段とまたちょっと違うので、ちゃんと息をぬかないと
長期戦には耐えられない。
休みがとるのが下手ってのと、仕事熱心というのは
全然イコールじゃないんですが、その辺が日本社会は全般的に曖昧な感じ。

というわけでとりあえず一旦強制終了して、今日は休みました。
5時半に起きて、3週間分の洗濯をして
(というより1週間分x3回使った洋服の洗濯)
朝ごはんをしっかり食べて(納豆と魚とごはんとみそ汁。
オレンジジュースとフルーツとヨーグルト。切干だいこん、
うめぼし、かまぼこ、白菜の漬物)←理想的朝食
ヘッドスパに行き、(開始20秒で記憶喪失)
靴下とマニキュア落としと名刺入れを買い、
眉毛カットと眉のエクステをして
牛タン定食を食べて、
ゲームセンターでUFOキャッチャーをして
(1000円以上投資した末、リラックマのいちごうさぎのぬいぐるみを獲得)
夜は秋保温泉にバスでいくつもりが
日帰り温泉はほとんどが11時~15時で
しかもバスが仙台駅から1時間もかかるということを
調べておかなかったのでいけませんでした。これは次回。

本屋さんで雑誌を立ち読みして、あとは今一緒に部屋をとってる
同業者の友達としゃべって、親に電話して一日が終わりました。
でブログを書いてみたり←今ここ
家計簿というかお小遣い帳というか
何にお金をつかったかを書いて今日は寝る予定。

圧倒的に時間が足りないんだけれど
たぶん一日が37時間あったところで
そうしたら一日にやるべき仕事がそれなりに増えるだけなので
その辺はもう24時間でよかったと感謝して
やるべきことを厳選して、できない分はまたあとでということにして
寝るしかないと思います。

明日は朝ミーティングをしてから
登米市に行って、友人というか元同僚というかにごあいさつして
彼の奥さんのやっているリラクゼーションサロンで
岩盤浴とマッサージをやってこようと
そして泊らせてもらってお嬢さんにも会ってこようと。

そんなわけで全然日常じゃない感じなんですが
私の場合、日常の非日常の境が非常に曖昧というか
ソマリアが日常なのか気仙沼が日常なのか
考えるのもあまり意味がない気がしますので
今日はこんなところで失礼させていただきます。

次回は、もうちょっと時間の配分をうまく切り盛りして、
飲みと語りの比重を減らして自己内省(&ブログ)の時間を増やす予定。
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by miomiomiomion | 2011-05-11 23:27 | 旅の記録

限界拡大

走ってきました、ハーフマラソンINキリマンジャロ!

前回2時間13分だったので今回は2時間を切るのが目標だったんだけれど
結果2時間22分。

かーん。

いやね、言い訳させてもらうと
今回のほうが断然坂が多くて
きついコースだったんですよ。
最初の10キロ、ビクトリアマラソンのときはなんともなかったのに
今回はUphillが続いた8キロで、

ひえーこれ死ぬわ!

と思いましたから・・・
しかし折り返し地点過ぎてそれからは
軽快なDownhillが続き
最後まで全然ばてないで気持ちよく走り切れました。
しかも今回は筋肉痛も全くなし。体がついてきてる。

思うに、週3-4回の一時間ランが効いて
スタミナは結構ついているんだと思う。
でも普段はフラットな敷地をぐるぐる走ってるだけだから
これからはもっと坂道トレーニングとか
高度を上げてトレーニングしないとだめかも。

いつもの通り、脂肪率0%のアフリカンアスリートたちの
完成された体に驚愕し(筋肉のつきかたが半端ない!もうね
超越した美しさなのです。同じ人間とは思えない・・・)
犬を連れたおじさんや、75歳のおじさんや3歳のお子様まで走ってしまう
なんでもありなお祭りムードを堪能しました。
終わった後のキリマンジャロビールのうまいこと!
走る前に私の友達(男)に
「Mio is exciting and inspiring but i am very sorry for her
boyfriend who has to do something which is not his thing」
言われてました(汗)彼も終わってみたら
「楽しかった。またやってもいい」、だそうです。
ほらねー(←得意気に)

ホテルで昼食を食べたあとには
村の奥地にある滝にいって泳いできました。
気分的には温泉で疲労した筋肉を伸ばす~ってのが理想なんだけど
ここはミネラルウォーターで代用。
滝にあたったり、ゆるゆる泳いだり。
10mくらいから飛び降りる岩があって
小学校くらいの男の子がぴょんぴょん飛びこんでて
楽しそうなんだけれど、あがってみると超高層!
ハーフあとで足が震えてるうちの彼は
「飛ばないのは男ではない」ということで飛んでました。
そういう無駄な男気、好きです。
私はもうウガンダのバンジージャンプで
人生の課題はクリアしましたので
もうやりません。

とりあえず目標の2時間切は果たせませんでしたが
まぁもう一回くらいハーフを走ってから(来年かな?)
次はフルマラソンに挑戦しようと思う。
実はちょっと鉄人レースもやってみようかとも考えてるあたり
こういうレースっていったん限界のハードルを超えると
どんどんあげたくなる快感がある。
人間の限界ってマラソンのQちゃんもいってたけれど
頭で感じる限界と体のそれってのは違うんだってのは本当だと思う。

ダイエットとか老化防止とかそういう「ねばなきゃ」というんじゃなくて
ポジティブに自分の能力やら体力を底上げしていく機会を
努めて持ちたいと思う。
苦しい→楽しい→苦しい→楽しいを繰り返すことで
体の可能性ってどんどん広がってくる。
使わないと退化するけど
使えばどんどん応えてくれる。
で次は、走るのはちょっと一段落して
筋トレとスカッシュをまじめに始める予定。
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by miomiomiomion | 2011-02-27 22:25 | 旅の記録

エジソンは偉い人

列車の旅は長い。
景色を見てもいいのだけれど、出発が夕方7時で
夕食が7時半なのでご飯が終わる頃には外は真っ暗。
部屋の電気も蛍光灯でないので読書には向かず・・・

ではゲームをしよう!ということになる

名前しりとり

理屈としては:
Hilary Clinton(ヒラリークリントン)
次はCから始まる名前→
Cindy Lauper(シンディー・ローパー)
次はLで始まる名前・・・という→
Lauryn Hill (ローリン・ヒル)

・・・とこうつながってくわけで
日本で言うところの”しりとり”。
有名人なら誰でもいいってことなんだけれど
知らない名前がいっぱい出てくる。

彼「Lars Ullrik」
ミオ「誰それ」
彼「メタリカのドラマー」

とか
彼「エディ・ベター」
ミオ「誰それ」
彼「パールジャムのLead singer」
ミオ「・・・」←パールジャムも知らないし

これしりとりとしてはフェアじゃないよね。
私がHiroko YakushimaruとかHaruo Minamiといっても
却下されるんだから。

で、まぁ日本人の有名人はなしとしてもよ

B
ミオ「ブリジッド・バルドー」スペルわからないから日本語発音
彼「誰それ」
ミオ「超有名な女優。Dancer in the darkにも出てたし昔確かセックスシンボルだった
往年の大女優だよ」
彼「知らない」
ミオ「たぶん、私の発音が悪いんだよ。バージット・ボウルドゥならわかる?」
彼「わかんない」
ミオ「バールジット ヴァルゥドー」
彼「わかんない」
ミオ「ビリジ バルド」
彼「わかんない」
ミオ「とにかく有名なんだよ」
彼「はいはい」

帰ってきてGoogleしたら
Brigitte Bardotでした。

H
ミオ「ヘレン・ケラー」
彼「誰それ」
ミオ「耳が聞こえなくて目も見えなくて口も聞けない人」
彼「なんで有名なの?」
ミオ「えーと。あきらめなかったからだよきっと」
彼「何をした人?」
ミオ「・・・」
 「社会科で習ったでしょ。教官の名前はサリバン先生。”ウォーター”と言った」
彼「は?」
・・・社会科で習ったというより、たぶんこれ「ガラスの仮面」知識だきっと。
伝記も読んだはずなんだけどな。

ヘレンケラーが有名なのは覚えていたけど
結局彼女は何をしたんでしたっけ?
エジソンは偉い人、そんなの常識ーぱっぱぱらりらレベルなワタクシ、恥。

一般常識を強化しないといけません。
別に名前しりとり用ではなくてですが
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by miomiomiomion | 2011-02-11 10:26 | 旅の記録

しょうゆ必須

普段120%肉食生活なわけだから
休暇中はおおいばりで魚と菜食にしたい。(BBQ除く)
今回のモンバサは台所がついてるSelf Cateringのコッテージに泊まって
近くまで売りにくる漁師さんからその朝採れたての魚を買う。
初日はレモンフィッシュ、Red Snapperとロブスター
2日目はエビとイカ
3日目はオイスター

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ここの漁師さん
長年の太陽と塩水を浴びたせいなのか
毒気が全然なくてとっても心惹かれる少年のような笑顔をもった素敵なおじいさん。
普段値切り魔の私が全然値切る気が起きないほどの値段設定。
毎日にこにこ、大きな籠にはいったとびっきり新鮮な海の恵みをもってきてくれる

大きめのレモンフィッシュが150Ksh(200円ちょっと)
中くらいのRed snapperが100Ksh(120円くらい)で
ロブスターが2匹で300Ksh(350円くらい)

ね、素敵でしょう?

で、「明日は何が欲しい?」と聞いてくれるから
「明日はエビが欲しいな」というと1キロどっさり
ヒゲが刺さるほど新鮮なエビをもってきてくれる。

生牡蠣とかイカとか蛸とか。
今回は頼まなかったけれどカニもあり。

レモンフィッシュは、薄く切ってさらっとしょうが醤油に晒し
小口ねぎをちらし
Red snapperは、レモンをぎゅっとしぼり、
DillをはさんでSea saltでしめる。
イカはリングにして、ごま油で炒めにんにくとしょうゆ、
コリアンダーを最後に散らして。
エビはたまねぎ2つを丁寧に炒め、ローカルトマトと唐辛子で
チリソースを作り、エビチリに。
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ロブスターは、塩水でゆでて、ガーリックバターとレモンしょうゆ。

オイスターは、ナイフでえぐって、そのまま。あ、でもしょうが醤油最高
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海沿いのホリデーにはしょうゆ必須。
できればしょうがと小口ねぎとにんにくがあると
料理のバラエティがぐんと広がる。

本当においしいものをおいしく食べる時には
限りなくシンプルなやり方がいい。
既製品のソースじゃなくて
ローカルでしっかり手に入る地元の野菜とスパイスで
びっくりするほどおいしくなる。
あ、しょうゆは別ね(笑)

白ワインをきりっと冷やして
海のまん前のテラスで舌鼓をうつ
ランチボックスにして海辺でピクニック。
朝、太陽とともに冷たい海に入り、
本を読んだり、ゲームをしたり、
芝生でお昼寝したり、シュノーケリングしたり。
海沿いをどこまでもどこまでも歩いて
気がむいたら海のまん前のカフェでライムとミントとウォッカを使った
Dawa(スワヒリ語で”薬”という名前のカクテル)を飲むのがお気にいり。

いやー実にプライスレス!
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by miomiomiomion | 2011-02-08 09:18 | 旅の記録

ケニアの車窓から

旅に出ます。

列車でモンバサまで。
周りに聞いても経験者は片手で数えるほどしかいなくて
それも

「94年に行った」とか
「子供の時に遠足で行った」とか←現在47歳

とかそんな人ばかりなので
果たして列車が運行しているのかも定かではなく。
それでもこの21世紀
ちゃんとHome pageがあったりするのだけれど
やっぱりこのナイロビ-モンバサ列車、
飛行機よりは安いけど
バスよりは高くて
飛行機よりは断然遅いし
バスよりも遅いという
微妙な存在。
なんせ、ホームページにも堂々と
「到着8:30
ですがだいたい10時半から11時になります」
とか立派な注意書きがあるくらい

でも1等と2等と3等とあって
国立公園を突っ切って
もしかして窓越しに
ライオンが見られちゃうかもしれない旅ってのは
期待も膨らみます。
ちゃんと食堂車もあって
夕食もつくという話。
シルバーのお皿でちゃんと給仕がついて
それこそ

オリエント急行?

みたいなハイソな旅であれば
14時間かかってもそれは許せるってものですが
とってもレトロでどこか遠い遠い思い出の日々の再現みたいな
そんな列車旅でした。(このブログは帰ってきてから書いてます)

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列車レポート、モンバサレポート
続けてお送りいたします・・・
期待を裏切らないいいかげんさと
大らかさに満ちた素敵な旅でした。
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by miomiomiomion | 2011-02-07 21:21 | 旅の記録

ケニアで温泉

ケニアに温泉があるって知ってた?

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日本の鄙びた隠れ湯も風流で捨てがたいのだけれど
さすがケニア、乾燥地帯のリフトバリーの
どどーんと広大なサバンナに
フラミンゴとかペリカンとか大型鳥がいっぱいいて
標識もまともにないどころか道すらない道を
ローカルのマサイ人に聞きながら
たどり着くこれぞアフリカ!(←大雑把な)な温泉。
日中温度が軽く30度を超える蒸し暑い場所で
これまた足をつけてしばらく我慢しないといけないくらい熱い湯につかり
そろそろと肩までつかると大地とも熱とも一体化するような
感覚に包まれる。

このマガディ湖は
映画「ナイロビの蜂」の撮影現場にもなった場所で
(台本は南スーダンですが撮影はここケニア)
とにかく壮大な360度の地平線とプランクトンとフラミンゴでピンクに染まった
ソーダ湖でしかも温泉、
という「一生のうちにぜひ訪れたい秘境」な場所なのです。
秘境って割には360度オープンで
着替える場所もシャワーもないから
水着自宅から着用で(もしくは車の中でもぞもぞ着替える)
湖の浅めの場所を突っ切ったりするのでまっとうな4WDと
それ相当のドライビングスキルが必須。
電気も何も全くないから夜にきてキャンピングしたら星がすごそう。
次回は!

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極楽極楽~←という割には苦行顔(熱いんだよ)
(手にもっているのはいつもつけっぱなしのタグホイヤー。
防水のダイビング仕様だけど、ソーダ水で熱湯じゃよくなさそうでしょ)

一緒にいったのはイギリスの大学院時代に家をシェアしていたポールと
奥さんのシェリーと昨年生まれたばかりのステラちゃんとうちの彼。
彼とは10年前にもうそれは今思い出してもしゃべりつきないほど
楽しい時を過ごしたわけだけれど、
二人とも(あと他に3名)大学院を終わらせて、彼はイギリスに残り
私は日本に戻って、スリランカ勤務になり、
そしてポールが結婚して、そして父になった。
2年前にコッツウォルドで行われた彼の結婚式でシェリーと初めて
会ったわけだけれど、そして彼らはケニアで仕事を始め
私が東アフリカに移ってきて、
彼らに子供生まれ
私の彼が合流し
ゆっくりゆっくり場所を移しながら拡大進化している大切な友達。

おなかはちょっと出たけれど、にじみでるような笑顔を
ステラに向けているパパになったポールをみて
私も嬉しくなる。

いい友達、新しい挑戦、壮大な大自然。
うん、幸せだ。
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by miomiomiomion | 2011-01-08 23:48 | 旅の記録