世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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カテゴリ:お友達( 6 )

パーティ一考

朝の4時に帰宅。いやーはー楽しかった!
ロシア人・NZ人のカップルの家でホームパーティ、招待客50人。
最初知り合いが3人しかいないかも・・・と心配していたんだけれど
行ってみたら、まぁ約半分はどっかのパーティで会ってるか、バーで会ってるか
友達の友達かってところで改めて

ビエンチャンで悪いことはできん

と思うわけ。(←しないけど)
水タバコ吸って、モヒート作ってもらって
いすに座ったり、長いすに座ったり、地面においてあるクッションに座ったりしながら
いろんな人と会話していく。こういうホームパーティ私好きなんだよね。
Sponteneousに隣に座った人と会話をしていく。
ま、最初は
ビエンチャン長いの?とか
何をやっているの?とか
ラオスに来る前は何をやっていた?とか
そういう「天気と好きな食べ物」レベルな無難な話題から入るわけだけど
気がつくと
「売春婦に恋をしてしまいそうなんだけれど、そんな自分に葛藤している」とか
「ドラック中毒の母親との関係が自分の女性関係に影を落としている」とか
「人生の目的っていったいなんなんだろうね」とか
「本当に公平な民主主義ってありえるの?」とか
「日本の脱原発デモってどれくらい実際のところ影響があるの?」とか
「日本の庭を作るのが夢なんだ実は」とか
そういうディープな話題にガンガン入ってくる。
日本に興味がある外国人の率が高いのは(しかも結構詳しい)
アジアに住んでるからなんでしょうかね。
「すごい影響力のあるアンダーグラウンドのWebサイト」←2ちゃんのこととか
「ミヤサキハヤオの最新作はいまいちだ」←ポニョのこととか
メイドカフェのこととか
寿司とか芸者とか禅とかそういう「ありがち日本文化紹介」から大きく外れた
「何?」じゃなくて「なぜ?」。
会話のしがいがある。何?って言われたら知らなかったら答えられないけれど
外国人の問いはだいたいのところ「どうして」が多いから
会話の膨らませ方によって正解をいろいろ導き出すことができるから
非理系の私にとっちゃーこれは脳の体操みたいなもんで、楽しいわけ。

で、そんな会話の合間に踊りにいって、ドリンクとりに行ってる間に
また違う人としゃべって・・・というもう流れで
仲良くなって、「あー面白い!」と思ったら、来週コーヒーでも
ごはんでもという流れに持ち込む。
昔は、紙に番号とか書いてたわけだから(いつの時代だよ)
携帯取り出してピピピと打ち込める今の環境って
気になった相手の連絡を聞くのに、すんごいスムーズよね。
あとは、Facebook。やる気のある人には
なかなか使いがいのある(しかも警戒されにくい)
ツールがいろいろ現代にはあって便利。

だいたいこういうパーティーは夜も更けてくると
アルコールの濃度も濃くなって
音楽もより大きくなって、カップルで参加している人以外で
にわかなカップルができてたり
踊ってて、すごい近寄ってくる男の子とかいたり
まったりーかつ瀬戸際の駆け引き的な展開がなされて
ディープな会話から、男女のそれにふっとシフトするときの
甘い緊張感が漂ってゾクゾクさせられるわけですよ。

彼氏いるの?ときかれて
答えるときのさじ加減。
俺さー一人だからさと言われて
返すときの会話のスピードと内容の重力。

重くてもだめだし、軽くてもだめだし、普通でもつまんないし
もちろん、あーこの人はいいかも!といい場合といや、ないでしょという場合と
次につなげて仲良くなりたい場合と、
ま、次たまたま会った時に楽しくしゃべれればいいよねな場合と
そりゃ、ピックアップする言葉は変わってくるよね。
で、全然自慢にならないんだけれどどんなところからどんな弾を投げられても
それなりに打てるようになってくるもんだから、場数ってのは馬鹿にならないと思う。
あーこういっときゃーよかった!って前よくあったんだけれど
最近は打球のスタイルが増えてきた感じ。だから、何なんだけど。わはは。

あ、でも
すごい楽しい会話ができて、
楽しく踊れて
お酒飲んで、
あー一日が終わるってときに

「うち来ない?」と聞かれて
そこで「お持ち帰りされない」というのは大切と思う。
女にも「やりたい」欲ってそりゃあるけれど
周りを見てて(で自分のこともちょっと振り返ってみて)
そこに、一定の余裕というか隙間というか物語が発生する空間を
女側が作れないと
きちんとした関係って作れないなーと思うのです。
女から誘うって時もありますが(コーヒー飲んでく?的な)
なんていうか、私は最初のスタートは女から切らなくていい派。
いやーでも世の中、肉食の人、多いね。(日本が例外なの?よく知らないのだけれど)
たぶん、私の今までの生活環境に「欲しいものは自分でとりにいく」ライフスタイルの人が
多いからかもしれないんだけれど。

世の中の超肉食なかたがたの、「体の関係から始まる恋愛」ってのも
数多く見てきましたが(でも私はこのタイプではない)
動物的な欲から発すると、欲が満たされたら、つながりは消滅しやすいけれど
そこで、Intelligenceというか「これからどうなるんだろう?」という
想像力の部分にちょっと刺激を与えつつ、
ゆっくり積み重ねていくやり方がいいんだなー。
大人になるといろいろわかってきて、プロセスが粗雑になりがちだけど
いや、出会いは一つ一つ新しいものだから、
そこをすっとばしちゃだめなのよ。

ま、そんなこんなで、ビエンチャンに限らずどこにいても
別に男女のそれ、に限ったことではなく出会いは結構ありますし
それなりに自分の行動範囲を広げて
コミュニケーションスキルを磨いていくと
面白い人にいろいろつながってくるもんなんだなーというのが本日のまとめ。

4時に寝て7時起床。
ワクワクエネルギーが充電されてるときってエネルギー効率がすごくよい。
今日はこれから、大きなレポートを一本仕上げて、サウナ&マッサージに行き、
明日はペイントボールに行きます。
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by miomiomiomion | 2012-08-04 08:32 | お友達

友達の作り方

かっこいいとかセンスがいいとか頭がいいとかスタイルがいいとか
将来性があるとかそういう条件で見る目を曇らせないで
会話を楽しめるかどうか、がとっても大切だと思うんだな。
人間関係においては。

「婚活パーティに行ったら、名前より先に年収をきかれてびびった」
とかそんなニュースを読むとなんだかなーと思ってしまう。
友達にしても彼氏にしても、好条件→好きになれる
というんじゃなくて、まず本能というか、感覚の部分でぴん!とくるかが肝要だ。

こんなにたくさん人がいても、「おおお!」となんかの自分アンテナが触れる人は特別。
そのアンテナがもってるお金とか肩書きにしか反応しないっていうのはやばい。
物質主義に毒された人間が落ちていく行く末には、上向き成長のスペースがない。
物質的に満たされた生活ができたとしても、動物の部分が切り離された人間が
心が震えるような瞬間にどれだけ立ち会えるのだろうか。
根っこのとれたフラワーアレンジメントみたいに一時はすごくきれいでも
道端に根強く伸びている野の花の美しさと生命力にはかなわない。

ま、そんな序文はよいとして、
今日マッサージにいったら、カップルルームに案内された。
半分裸のラオス人の女性がいて、一瞬ひるんだのだけれど
彼女が「サバイディー」とにこにこしているので
こっちもあいさつをして、隣でマッサージをした。

カップルルームに知らない人同士をいれちゃうのがラオスだなー、なのだ。
日本的な感覚でいうと「え!?」と思ってしまうのだけれど
値段も10分の一くらいだし、日本の常識で「ちょっと!」というのも気が引けるから
こういうときはラオスの風にのってしまう。
BGMが微妙なカラオケだったり、
テラピストのお姉さんたちがマッサージ中におしゃべりしちゃったりするのだけれど
マッサージを受けている彼女も、「あなた日本人っぽくないわね」とか言ってきて
楽しい時間を過ごしたのだ。リラックスーってのとはちょっと違うけどね。

で、今日は7時からルクセンブルグ人の同僚のお別れ会があったのだけれど、
そこでマッサージの彼女と再会。彼女のだんなさんがフランス人で
そのつながりで彼女も呼ばれてたのだけれど、
昼間に一緒にマッサージしただけなのに、(ある意味裸の付き合いである)
なんか十年来の友達のような感覚になってしまう不思議。

アンテナがどう、というわけじゃないのだけれど
最初に「サバイディー」とにこにこ挨拶されたときから
彼女の空気には人をまろやかにさせるものがあって、
パーティでしゃべったら、いろいろ出てくるものがあって楽しかった。
今日のパーティでも知らない人にたくさんあって、
ああ、また会いたいなという人が彼女も含めて3人ほど。
友情もまず「なんかよくわからないけれど、いいじゃん」
な感覚的な感情から始まるんでいい。
会話がどんどん流れるとか、笑いが絶えないとか、終わった後の余韻がいいとか
そういう五感のワクワク感を大切にしたい。

”ネットワーキング”という言葉に私がいらっとしてしまうのは
「価値がある人とつきあう」という計算された感覚。
もちろん、自分にとってプラスな情報をもたらしてくれる人との出会いや、
人脈を広げることが悪いことではないけれど、
「うまみがある」からつきあうんでなくて「楽しい」からつきあう、
というスタンスで私は自分の周りの人間といたいと思う。
自分と違う世界をみてきている人たちとつきあうことで
自分の世界は確実に広がる・深まっていく。

どこでどういう友達ができるかわからないから人生って面白いだなぁと思う。
大人になったら、友達ができないとたまに聞くけれど
それはきっといろんな計算をしすぎるから。
年齢も国籍も信条も仕事も関係なくもっと自分の
「この人と一緒に過ごしたいな」という気持ちに素直になればいいだけ。
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by miomiomiomion | 2012-03-03 11:37 | お友達

旅先出会い系

同じ年のアメリカ人の大学教授と友達になる。
泊まっているホテルのフロアーが一緒で
一日に何度も顔を合わせて挨拶しているうちになんとなく仲良くなる。
ここの大学で「開発戦略」を教えるために
2週間の期限で招聘されている彼、
さすがPhDもちの大学教授なだけあって
頭が切れるのは当然としても
アフリカンアメリカ人でムスリムで、
痛いところに手が届く回答をちゃんとくれる人。
ソマリアは人道援助があることで状況が悪くなったか、とか
教育は世界を変えるツールになりうるか、とか
パラダイムシフトと文明の衝突から差別問題から
ボクシングの試合のように夜中まで語る。

ありきたりのセオリーではなくて
アメリカでアメリカ人で生きてきたプラクティカルな視点と
ムスリムの信念と黒人としての社会の立ち居地と
なんていうか、彼を今の彼たらしめた社会要素の合計が
今の私の興味の震源地に近いので
話にタブーな聖域を設けないで
どんどん進められる。
疑問に思って投げかける変化球を
絶妙な角度で打ってくる。
相手の考え方の幅と世界への成熟度と
違った価値観への許容具合をみながら
会話をどんどん飛ばすわけ。
会話ってキャッチボールだから
強く打ち返せる人には
こっちも全力で投げられる。

ソマリア育ちのソマリア人とだと
なかなかこういう会話の深まり方ができにくい。
先週の化粧論争もそうだけれど
私の意見がぽーんとはじけて飛んでしまうというか
言葉を選んで伝えても真意を汲んでもらえない
もどかしさがある。
それが悪いということではなくて
That’s the way it is. その隔靴掻痒感が皆無。
会話の相性がいい、ってこういうことね。
年代が一緒だからかもしれないし
あとは人生の中である種の真理を引き出す
経験の共通項と生きることに対する情熱の注ぎ方。

偏差値的な出来不出来ではなくて
いろんなステージを確実にクリアしてきている人間の
頭のよさというのは磨り減ることのない財産であるのだ
とつくづく思う。若さは衰えていくけれど
知性は、ちゃんと磨けば積み重なっていく。
傲慢になる頭のよさではなくて
自分をちゃんと笑い飛ばせる余裕とシニカルな設問と
前向きで地に足のついた自己内省をしながら
世界を広げていかないとなーと思う。
世界を旅してれば広い視野が身につく、わけでは決してない。

ごはんが終わってから
9時くらいからしゃべり始めて3時まで6時間ノンストップ。
最後に当然のように部屋に誘われて
当然のように断る。
会話の運びもとってもスマート。
だからこちらもスマートに
笑ってお休みなさいを言う。
うん、悪い気はしないよね。
だからってついていかないけどね。

初めて会った人と
バージンと
50人以上寝たと公言する人とは
寝ないのです、というのが
私のいつもの断り文句。
彼のせいじゃなくて、私のポリシー。
I don’t give a shitっていわれたら
I do give a shitと返す

あとはまぁ場合と人と雰囲気によって
私の母に9時以降は男の人がいる部屋に
1人で言ってはいけないといわれているバージョンと
祖母の遺言でバージョンもあり。
まぁなんでもいいんだけれど
Desperateにならないのと
Seriousにならないのが肝要。
最後に笑いを引き出して
一日を丸く納める。

女性を気分をあげるのが
紳士のたしなみなのだとしたら
男のプライドを壊さずに
でも簡単になびいてしまわないのが
淑女の度量。
私が淑女だってんじゃなくて
そうであろうとI am tryingってことね。
いやでもそれって大切よ?

ムスリムのありかたとか
世界をどう変えていくかとか
なぜ先進国の自殺率が急増しているのか
そういう熱い話をした後に
我に返って脳みそクリアーなまま
(お酒が入らないので意外に簡単)
わははと笑ってお互いの帰路につく。
ああ、今日も楽しい一日だったなぁという
そんな理想的な一日。

そして明日は6時起き。カーン
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by miomiomiomion | 2010-12-16 03:47 | お友達

友達一考

こういう毎月住所不定な生活をしていると
新しい出会いには事欠かないけれど
人間関係を深めていくと当たり前のことが結構難しい。
毎日会うわけじゃない人がほとんどだから
それこそ日本でいうところの

年賀状オンリー

みたいな関係が多くなるわけだけれど、
いまや年賀状すらまともに書かないから今風にいうと

FacebookやMIXIでつながっているオンリー

って感じが一番近いのかな。
私は昔から比較的まめに自分のことを発信していたから
今SNSやブログなんかでちょくちょく
私の近況をわかってもらえる環境が整っているというのは
とてもありがたいことである。
いきなり忙しい時間に電話してねぇねぇ私、トルコに行ってきてさとか
言って迷惑がられるよりいいじゃない?(笑)
書きたい時に書きたいことを書いて
読みたいときに読んでもらい、なんか思い出したら連絡がもらえる。
それでいいの。
いいたいことを一方的に垂れ流しているだけなので
読んだら絶対コメントを書いてね!!みたいなことはないけど
やっぱりコメントがきたり、何かの琴線に触れたみたいなメッセージや
最近○○だよメールがきたりするととても嬉しい。
強制されたり、確認したりしなくても
つながっているって気づけてふっと嬉しくなっちゃうのが「友達」ってもんよね。
昔は一方的に長いメールを(こういうブログで書いているような内容を)
MLで発信して

おめーのメールは長いから最初と最後しか読まない!

と宣言してくる友人が出てくる始末だったわけだけど
ま、それでも楽しんで読んでくれる人がいるってのはわかってたので
せっせと送っていたのが、
今の自分の文章力とか表現力(ってほどでもないな)の
基礎になっているわけだ。

今月は「思い出したら友達にメール」キャンペーン中なので
メールを出して、いろいろ「ひさしぶりー!!」な返事をもらってるんだけれど
ちょっと今日数年ぶりにメールをもらったのに
自分のキャパの狭さに悲しくなった一件を書こうと思う。
彼女とは昔仲がよくてよく一緒に遊びにいったり、時間をすごした人なんだけれど
はっきり覚えているのが数年前スカイプで彼女に話したときに

あーごめん忙しいからまた後で連絡するね!

と言われたことが2回あってそのあと完全に連絡がなくて途切れてしまったのだ。
メールを書いても戻ってきてしまい、まぁそういうことって
長い人生ではよくあることだしそれ自体がどうってわけじゃないのだけれど、
彼女が仕事を辞めて外国に行ったというのを人づてに噂話としてきいて

あーそういう大切なことを直接伝えてもらえないっつーのは
なんか悲しいなぁ。

と思ったことがあったのだ。

で、久しぶりに来たメールにも人づてにうわさで聞いた以下のことしか
書いてなくて、「久しぶりなのにこれ?」と思ってしまった自分。
あー私心狭いねー。仕事決まっておめでとうと言ってあげるべきなのに。

私だってメールの返事が遅れたり、スカイプでまたねってことはよくあることだし
それでちゃんと返すようにしていても、忘れちゃうことってあるかもしれない。
「私たち友達でしょ」と強調したいわけじゃないのに
なんなんだろうね、このもやもや感は・・・
たぶん、ただの知り合いって間柄だったら全く気にならないことなんだろうけれど
昔仲がよかった分、がっかりしたんだろう。

ま、そういうこともあるってことで、
ここ数週間で
「That's what friend is for」と二人に言われて嬉しかったことも書いておこう。
イスタンブールの最後の日。空港に朝の1時にいかなくてはいけなくて
夜は夕食の約束が入っていたから朝にはもうホテルをチェックアウトして
ご飯が終わったらホテルのラウンジでコーヒーでも飲んで車待ってようと思ったんだわ。
そうしたら一緒にお昼ご飯を食べた
イスタンブール事務所で出会った中国人のEが
「ちょっと、それじゃ疲れちゃうでしょ!うちの部屋で待ってていいよ。
外食終わったらうちの部屋おいで、合鍵もあるから勝手に入っていいよ」と言ってくれたとき。
「えーそんな深夜になるし迷惑でしょー」と言ったら
「What are you saying? that is how friend should be, right?」

それからドバイ経由でトルコに行ったわけだけれどダンボール2箱と
大きなスーツケース50キロの荷物があって
いやー全部持っていくのはたいへんだから荷物預かり所みたいなところないかな
と思っていたのだけれど、警備上の理由でドバイはどこにも24時間以上
荷物を預かるサービスがない。
もともとトルコから帰ってから(12時間あるトランジット中に)会う予定だった
スリランカ時代のドイツ人の友人K。
「荷物はうちにおいておいていいし、朝ついたら迎えに行くから!トルコから
帰ってきたときも迎えに行くよ!」と・・・
でその到着時間がパキスタンからは5時55分(早朝!)
トルコからは1時40分(深夜!)というとてもユーザーアンフレンドリーな時間。
で、ちゃんと空港で待っててくれて(トルコのときはだんなさんが)
「Of course,becase we are friends!」と大きなハグをくれた彼女。
1年に一回か下手したら2年に一回しか会えないけれど
友達にはこうでありたいな、という大きなハートを見せてくれる友人の1人。

こうしろ、と自分の価値観を押し付けるつもりはないけれど、
折に触れてちゃんと思い出して連絡とって、近況報告して
会って、笑って、ごはんしてってとっても重要だと思う今日のこのごろ。
これだけたくさんの人がいる中で出会えて一緒に時間を過ごせるというのは稀有なこと。
無理やり友達を増やす必要は全くないけれども
今ある大切な関係を折に触れて磨くこととか
今自分の周りにいる友達に感謝を示すって大切よ。

みなさんも、忙しくて放置している大切な友達がいたら
ぜひ「最近どうしてる?」って連絡とってみてください。
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by miomiomiomion | 2010-11-22 18:00 | お友達

The 人間関係

先週からソマリア時代初期に一緒に仕事をした
イタリア人のセキュリティーオフィサーが来て一緒に仕事をしている。
ローマ法王の護衛をやってたこともある
スリムで笑顔の穏やかな素敵なお兄さんである。
2年前はガレージを改造して家にリノベーションしている最中だったんだけれど
ちゃんと終わって住んでいるって。よくありがちなワイルドワイルドウェストな
百戦錬磨超肉食系のセキュリティーオフィサーじゃなくて
品がよくて、インテリで、まとう空気がまろやか。
家庭も仕事もするするとこなせそうな包容力と大人の色気がある。
前から感じがいいなぁと思ってたのだけれど
やっぱり2年たっても感じがいい。会えて嬉しい。

今、隣に座って仕事しているウガンダ人の彼女は
実はスーダン時代の同僚。(隣町のオフィス)
きれいでパワフルで、当時から「女王様」の風格で
特に仲良くしていたわけじゃないんだけれど
今回一緒に過ごす時間も長くて
急激に仲良くなっている1人。
さばさばしていて、仕事ができて、頼れる姉貴、
今も「女王様」なんだけれど、仲良くなって見るとそれは決して
人を萎縮させるようなネガティブな空気ではない。
自由で、自信があって、自立しているスピリット。
周りを元気にするアフリカの太陽のような彼女。

先週、スリランカのアンパラで一緒に仕事をしてユニセフのオランダ人から
連絡がきた。「みお、パキスタンにいるでしょー私も来週から行くよ~」って。
彼女とは週末のホテルや、ウィークデーのカレーやさんで
いろんな話をしたのだ。いわゆるガールズトークからキャリアトークから。
楽しかったなぁ。会ったらしゃべることいっぱいあるなぁ。
スリランカで知り合いになった日本人の他機関の国連職員もここムルタンにいる。
仕事ができるのに、アグレッシブじゃない、
よい意味の日本製クオリティをもった筋の通った
(本人おそらく意図していないであろう)癒し系男の子。
もう1人、スリランカ時代からのドイツ人の友人
私がカメラの充電器をなくして
「ひょードバイのホテルにおいてきちゃった!どうしよう!」と
Facebookに書いたら、
「スペアの充電器があるからあげるよ」と言って
出発の朝、わざわざ充電器を手配して送ってくれた。

ここ3週間で、昔の知り合い・友達に次々遭遇。

私がパキスタンに短期ミッションにくることになったのは
スリランカ時代からお世話になっている上司のおかげだし、
ここにきてすぐは、ソマリア時代の上司と一緒に仕事をした。

とにかく自分の今までの7年分の人間関係がめぐりめぐって
今につながっている実感がある。

友達になった人と、次いつか会うかわからない生活だけれど
きちんと時間を積み重ねてきた関係は
数年のブランクがあっても、またすぐ再開できる。
似たような志をもって、いろんなことを考えて、自分の道でがんばりつつ
一緒に楽しめる仲間がいる、というのはとても心強いことだ。
その場その場で友達は作る。
異国の地にいる「親友」よりも
近くの「友達」
だけれども、
その友達が親友にグレードアップする可能性もおおいにある。
大人になって、友達ができない、とよく言われるけれど
それは必ずしも真理ではない。
確かに私の環境は普通よりたくさんの人に出会えるけれど
ただ知り合いから、友達にステップアップするその段階に
確実に自分の殻というか壁をOFFにする瞬間がある。
一緒にごはんを食べに行って、つっこんだ話をしたり、
仕事で困ったときに、自分の責任を超えて助けたり、
違った価値観を持った人を評価を下さないで受け入れて
「楽しめる」心がないといけない。
そういう”努力”がないと、やっぱり他人は他人のままだ。

大人になって友達ができない(というか作らない)人は
他者と自分の境の壁をまたぐ労力をおしむからなんじゃないかなと思う。
日常生活がなんだかんだで忙しくなって
学生時代みたいに「友達つくり」にばかりエネルギーをかけてられない、
というのはあるかも知れないけれど、自分が人として成長するために
やっぱりいい友人の存在ぬきでは厳しいと思う。
過去を一緒に懐かしむ、友達じゃなくて(それはそれで楽しいですが)
今を一緒に楽しめる、友達。
未来を一緒に切り開いていく、同志。
友達を作る(そして維持する)努力ってやっぱり必要よね。
それはメールを3分以内に返すとか
ランチに一緒に行く、とかそういうことではなくて。
自分がいいと思ったやり方で、オープンに人に向き合うこと。

日本の小学校時代に
「誰が親友ですか」みたいな学級アンケートがあって
みんなで示し合わせて
「○○ちゃんって書くから、私の名前も書いてね」みたいな
おかしなことがあったけれど、
友達ってのは、契約関係じゃないんだから
相手の了解を得て、二人で同じことを感じなくていい。
恋愛関係だと温度差があると辛いけれど
友人関係は、時と場合と状況を見ながら温度差を調節しながら
維持できればいいと思う。

「自分がその人といて、いい気分かどうか」そして
「その人が自分といて、いい気分かどうか」

私が気にするのはその一点のみ。
それがうまくいかないようだったら無理はしない。
同僚として、つつがなく仕事はするけれど「あーこいつ嫌な人だなぁ」と思いながら
一緒にいても、なんにもいいことない。
しかし、きれいごとのようであるけれど
いろいろ自分の(無用な)期待をオフにして壁をオフにして付き合うと
どの人も味があって、いいところがあるものではある。
でも、合わない人っているからね、
いいとか悪いとかじゃなくてもうそれは相性だから。
会って嬉しいという人が圧倒的に多いけれど
できればもう会いたくないという人も(だいたい忘れちゃうんだけれど)
思い出せば両手分くらいはいるしな、私も。

ふっと誰か思い出したら、
ちゃんとメールを書く手間は惜しまないようにしようと思う。
遅れちゃっても誕生日にはちゃんとおめでとうを言いたいと思う。
で、あーしゃべりたいなぁと思ったら会えるようにセッティングする。
パキスタンに来て!とかアフリカおいで!とかって気軽に言えないけれど
私は自分の会いたい人にちゃんと会いにいけるのだ。
翼と時間があるから、私は。

肥大化して、機能不全に陥っているFacebookをどうにかしよう。
友達ってのは「集める」ものじゃないからね。
「活用」しなくては。
そして私も友人に「活用」される存在でありたいと思う。
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by miomiomiomion | 2010-10-19 22:21 | お友達
食事に行きました。
その人と出会ったのは昨年の年末のパーティで
それ以来なんだけれど
3回くらい普通のなんでもなーいメールのやり取りをしただけ。
それも2行くらいの日常報告。
元気?
ナイロビは寒くなってきました。
元気です。ソマリアは暑いです。
今日は南部で殺人事件がありました。
的な色気も素っ気もなんもないやりとり。
ま、ナイロビ来たらコーヒーでもって話ではあったんだけど
今日会ったら

やっと会えましたね。
今日のデートを楽しみにしていました。

というじゃありませんか。
辻仁成だけかと思ってました、こういうこと言うのは。
私としてはただ食事をして
まぁお酒の一・二杯くらいは飲んで
楽しい会話をしようくらいなこころづもりなところで

デート!?

って感じだったんで、

普通の食事とデートの違いはなんですか

と聞いてしまいましたよ。

それは簡単です。普通の食事は終わったら自分の家に帰るだけですが
デートというのは、終わったら一緒に帰る可能性がある食事のことです。

うははははー。
こういう会話、好きだわー。
全然プレイボーイっぽくない紳士が
こういう手の内さらしてくれればこちらも楽しく対応できますから。
相手がどうしようか全然見えないときのほうが困るじゃない?

最初であったパーティの会話もすごい盛り上がったんだけれど
あの時は5人くらい一緒だったし、全然そんな男女な方向に進む気配は
全くありませんでした。最後に名刺交換したときに
今度電話を差し上げてもよろしいですか、って聞かれただけで。

今日はプールサイドのバーで
ハイネッケンをひたすら飲みながら
(キャンペーンをやっていて2本飲むとハイネッケングラスがもらえる)
というんでいろいろ話したんだけれど、
いやー面白かった!面白かった!
結局2人で合計8つグラスもらえる計算で飲んだんだけど
そんなにグラスのストックありませんっていわれてしまった。
(だからペンと栓抜きを山ほどもらってきました)

元不良少年で遊び人、
しかし40になってから路線変更している
という人間的に好ましい成長路線を描いている
大人の男性。
話すネタはたくさんあるのだけれど
それが全然自慢話に聞こえないのは
人生経験のなせる技だと思われ。

僕は昔はどうしようもないいじめられっこだったんだ

という彼に、それはなぜ?と問うと

僕はIQが高すぎたんだ
IQがアインシュタインより高いんだけれど
ずっと僕は友達ができなかったんだ

と返ってくる。にこにこしながら。

IQ高くても、社会に順応できなかったら
意味なくない?

鼻高々コメントには冷たく
等身大のナイーブな告白には温かく

自慢話だけだとどうしようもないんだけれど
彼の場合は自慢話として、じゃなくて
どうしようもなかった一片の成長の軌跡として
だんだんと話すので、
こっちも話していて返しやすいの。
自慢ばっかだと
はーそうですか
へーすごいですね
早く帰りたいんだけど・・・となるところが
彼の自慢話ってちゃんとつっこみどころが
用意されてて、彼もたぶんそれをわかって
やっているという流れ。
たとえば収入高いっていわれてもばっさり一刀両断ですが
IQ高いっていわれたら、ちょっとチャレンジしたくなるよね。
何がどう賢いのか。
頭はいい人は好きですし。

僕は今まで理想が高すぎて
これはという女性に会えないできました。

・・・なにお見合いの席みたいなこの会話(笑)
いや、実際私彼のこと42歳の会社社長ってだけで
何も知らなかったし、彼も私のことをソマリアで仕事をしている
ってだけしか知らなかったわけだから。

でその理想ってのが
バージンで
Foxyで
あと2つ忘れちゃったんだけど
とにかく、それは理想が高いってんじゃなくて
狙いどころの設定が間違ってるだけでは?という内容。
フォックシーでバージンってそりゃつっこむよね。

「僕は人生で女性に困ったことはないんですが
今の女性は自分を知らなすぎる人が多すぎるんです。
僕を使って、自己を確立されても困るのです。」

ああ、そういうのはちょっとわからなくもない。
話してて面白いのは、彼の方が圧倒的にしゃべるのに
私の反応をみて、しゃべりの方向が広がってくるので
会話のバランスがすごくいいこと。内容のバランスはおいといて。

そんなこんなで16本のハイネッケン終わってから
夜の11時まで開いているイタリアンレストランで
酔ってるからではなくて十分おいしい
海鮮リゾットとゴルゴンゾーラのパスタを食べて
12時までワイン飲みながら彼の結婚願望を聞いてました(笑)

とにかく次の日4時半にタクシーのピックアップが来るので
3時半までだったらつきあいますけど、
うちには一緒に帰りませんよ~と言っておく。
初めてのデートをした男性と
バージンの男性と
50人以上の経験があることを公言する男性とは
寝ないんです、と言うのが私の言い分。

というわけでそのあとバーで3時までしゃべってたから
実に9時間ノンストップ。
脳みそと精神が攪拌されるような会話だったけど
ちゃんと1人でうちに帰ったんで、これはデートではありません。
しかしこういうのみをすると
次の日堪えるなぁ・・・
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by miomiomiomion | 2010-07-02 03:37 | お友達