世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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幸せの値段

パキスタンは物価が安い。
ムルタンは特に物価が安い。

朝ごはん30円とか
ポテトチップ25円とか
コーラ1.5リットル70円とか
サンダル100円とか
(おっしゃれーなサンダルも2000円くらいで山ほどある)
戦前の駄菓子やみたいな値段である。

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こんな感じ。新鮮な野菜と果物をどどんと買って200円くらい
ちなみになすは米ナスで、にんじんは(ここにはないけれど)京にんじんみたいな感じ
今日はきれいな布を買って(800円)
テーラーメイドで服を作ってもらうことにした(400円)
1200円で服が作れるって素敵でしょー?
ちなみに作ってないけど
男性のスーツなんかもかなり安く作れるらしい。
正規のリーバイスのショップがあるんだけれど
ジーンズが3000円だったり(しかし、ココの物価水準ではかなり高い)
セーターが600円だったり、
一万円あるとすごい買い物のしがいがあるところ。
ローカルなところだとBBQいっぱい食べて、
アイスも食べて、1人頭500円弱くらい。

今日は市場を歩いていて
染めのきれいな大判のスカーフを買ったのだけれど
150円って言われて
うわーそんなに安いのか!とびっくりしたら
店主が慌てて
120円でいいよ!って・・・

ちなみに今1ドルが85ルピーなので
ほぼパキスタンルピーと日本円の価値が(対ドルで)一緒なんだけれど
同じお金で何ができるかってことを考えると
パキスタンの生活の質は比較にならないほど高い。

ま、一般のお給料もそれなりに低いから
単純に安い安いと喜べるわけではないけれど
生活感覚として
20万貰っても預金がほとんどできないような物価高の国よりも
5万円あってみんなが幸せになれる国のほうがいいなぁと思う。

ここでは誰と食べに行っても
みんなが気前よくおごろうとする。
もらっているお給料が高いとか少ないとかじゃなくて
自分の持っているお金でみんなが幸せになれればいい
みんながそういう考えでお金に対する過度の執着がない。

お金は天下の廻りモノ。
幸せはお金で買えないけれど
お金の使い方で幸せはどんどん増大する。
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by miomiomiomion | 2010-10-31 22:55 | 衣食住

まぁいいやそんな話題は

聞かれれば別に躊躇なく答えるわけだけれど
聞かれなければ別に率先して伝える必要がないこと。

年齢

ちゃんとやるべきことを重ねて年をとっているわけだから
さばを読む必要なんかないわけで
別に自慢することでもないけれど卑下することでもない。

年代特有の微妙な問題で同性が意気消沈していたら
会話の流れで「ほら、私も35だけどさ!」みたいな感じで
励ますことはあるけど、普通の会話をしていて
あえて強調はしないよね。じゃない?

で、仲がよくなった同年代っぽい(30半ば風)の警察官がいて
「いやさー俺もいい年だから、結婚したいんだよねー」みたいな
会話になって、「あーわかるわかるよ、その心境の変化!」と
同世代女性を代表して共感したんだけど、
あとから話にでてきた彼のお兄さんが26歳・・・
彼自身は23歳だということが発覚。アーレ-

さらさらと流れるように衝撃の事実が発覚し
私の一回り下じゃん!と軽く笑いとばすきっかけを失ってしまい
彼は私がきっと同じ年だと思って
(その前提でお互い話していたわけだから)
なんだか坂道から石が転がるように
勝手に親しみ度が増してるんだけど
今更聞かれてもないのに
「いや実は私35でさ」というのもおかしな気がして
とっても微妙な展開になっている。
「とっても素敵な女の子がいるって
母親に話したんだけど、ぜひ会いたいっていうから
うちにこない!」とか花をもってきてくれたりとか
いや私35歳だから、ってそこでいうの変でしょ!?

いや年齢なんて関係ない!と豪語するには
パキスタン社会はまだまだとっても保守的。
今もいとこ同士で家族が組み合わせるのが非常にメジャーなお国柄で
学歴とか社会ステイタスとか似たもの同士でくっつくことが多い。
恋愛結婚よりまだお見合い結婚が主流。
基本的に年上女と年下男の組み合わせはなし。

でその警察官に
「あーでもほら私ボーイフレンドいるからねー君にチャンスはないよ」とか
いうわけですが私も、そしたら
警察官「How old is he?」
ミオ「30」←そうです、年下なんです
警察官「He is too old for you」

・・・・orz

ここで、「え、私35だけど」って言えたら
私の人間の器もホンモノなんだけどな(そうか?)

とりあえず、50代かなーと思っていたシニアのスタッフ(男性)の
誕生日が1971年だと発見。
そうか、どちらかというとこの彼が私と一緒年代か・・・と思ったら
力がぬけました。いや、道理で私が30代にみられないはずだよ(失礼)
確かに私日本スタンダードにしてみたら「超若い!」ってわけじゃないけど
(日本にいたら絶対24には見られない)
パキスタンスタンダードで行くと
まだまだ20代。

だから小出しにカミングアウトしていかないと
勝手に誤解されて、話のつじつまが合わなくなったり
あとで相手にきまずい思いをさせてしまったりする。
(29って年増だよねーとか言う男性に、ちょっと私35ですけどと
自爆テロを実行するようなこと。)

ま、若くみられるのって悪いことじゃないけれどね
たまになめられるけど「あなたも30になればわかるわよ」って笑。
今24だったらどんなにいろんなことができるだろう・・・
戻りたい~とは思わないけど
まっすぐに広がっていく若さがある時期って本当に貴重ね。
やっぱり20代の勢いと30代のそれって(そして40代は40代で)
違ってきて当然なわけで、
ないものねだりしてみてもしょうがないじゃん、ということ。
ま、勝手に20代クラブに入れてもらえるうちは
一緒に楽しんじゃうけどさ。

まぁいいやそんな話題は!

と力づくで年齢談義終了。
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by miomiomiomion | 2010-10-30 00:10 | ワタクシゴト

ミッションポッシブル

今日は10月の食糧配給最終日だ。
世界各国から食糧が、船で、トラックで、ヘリコプターで
たくさんの人の手を経て食糧を必要としている人に届けられる。

150人以上いた日本の自衛隊員はトラックのアクセスできない
場所への食糧輸送をぴかぴかのヘリコプターで担当していた。
(ロシアやパキスタン軍隊のヘリコプターと比べて
”まるでショールームからそのまま出してきたみたいなきれいさだったよ”
うちのロジがえらく感心していた)
道路が復活して、ヘリコプター輸送は中止になったのだけれど、
それでもお金をだしてくれるドナーの国があり
各国から届く援助を調整する中央政府があり
これからの援助戦略を決めるイタリアのHQがあり
それを事業計画に落とす首都オフィスと
世界中から召集されてきた私みたいな短期ミッションの人間と
洪水前から仕事をしている古巣の職員と
新しく雇った新人さんと
ICTとアドミとファイナンスとロジとプログラムとクラスターと
本当にいろんな人が関わって実現する仕事。

パンジャーブ州を担当するうちのサブオフィスだけで
今月174万の人に食糧を届けた計算。

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アメリカ製の食用オイルを抱える被災者の中学生。
この食糧配給は学校の敷地内で行われて
たくさんの子どもが親の手伝いをして食糧を運んでいた。

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息子の"運転する”ロバ馬車を待つおじいさん。
最初ターバンを巻いていたのに
写真をとろうとしたらなぜかターバンをといて(帽子を脱ぐ感覚?)
ポーズをとってくれた。笑顔をちょっとみせたあと渋いお顔。

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今日撮った写真ではありませんが
「Gift from people of Japan」の小麦粉に出会うことも。
日本の支援がこんなところにも使われています。

ちなみにムルタン各事務所数人しかいない国連事務所で
UNDP、ユニセフ、IOMとWFPに日本人職員がいます。
国連の日本人職員少ない少ない言われますが
現場にはちゃんと入っているのです。

受益者リストにだぶりがあったり
村の選定に地元の有力者の意向が反映されたり
食糧の確保が遅れたり
とんでもないところで食糧配給をやっていたり(道路の真ん中とか)
細かいことをいうと完璧ではないことはいっぱいありますが
私たちが行って、自分の目で確かめて
疑問点をみつけて、問題をとりあげて
小さな小さな変化を積み重ねられるのは楽しいことだ。

一瞬一瞬
一分一秒一時間
一日一日
一週間
一ヶ月
そして一年

私たち一人一人が「今」にエネルギーを注いで
できることを積み重ねていくことで
できそうもなかったMission Impossibleが
少しずつ消えていく。

11月で緊急援助の無料食糧配給は終了。
来月から「Early recovery」(初期復興事業)と題して
各被災地域で、給食プログラムやら母子健康事業、
Food for work, Cash transfer事業が始まります。

私も11月の半ばには古巣のソマリアに戻ります。
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by miomiomiomion | 2010-10-27 22:11 | お仕事

人間の目

目はとても饒舌だ。
言葉にならない感情の
小さな漣とかヒダの部分が
目を通して伝えられる。

もともと、言葉で感情を表現することに限界がある中で
外国語と世代と文化の壁もあって
言語によるコミュニケーションに大きな障害があるときに
頼るべきは「理論」ではなくて「常識」でもなく「翻訳文」でもなく
「ニュアンス」であり、「感覚」であり「雰囲気」である。

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膨大な量の情報が行きかう現在に、全ての物事を文字で把握するのは不可能だ。
大切なのは、燃えよドラゴン金言の「Don't think it, feel it」(考えるな、感じろ)だ。
現代人はSMSでも、ネットでも、流れ込んでくる情報に頼りすぎて
自分でつかみとる、肌を通して感じる、胸がこみ上げるような瞬間を
どんどんおざなりにしている。
携帯がネットが悪い、ということではなくて
ただ、自分の目と皮膚と精神を
2次元から意識的にはずして
遊ばせる機会を心がけてとらないと
私たちはどんどん退化していくだろう。

なぜならインターネットは世界中を網羅しているけれど、
人間の、私たちの心の中までは網羅しないから。
自分の成長と、世界の理解は、自分で外に出て痛い思いと
感動をしながら、積み重ねていくしかないのだ。

自分の頭を使っているか、
自分の心を震わせているか。
自分でモノを考えているか。
自分の目で見ているか。

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目を見て、対話をすると、
多元的な考えがいくつもいくつも浮かんでくる。
子どもがただただ純粋ではないように
大人が年をとって成熟するわけではない。
発展途上国の人の目に必ずしも先進国の人の忘れた光がたたえられているわけでもないし
きれいで澄んだ目をしている人に大都会の真ん中で出会うこともある。
自分の目で考えて、自分の心で漉して、自分の言葉で語るようになると
世界は加速度を増して広がってくる。

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「ぴん」とくる目に出会えると無条件に嬉しくなる。
ケミストリーというのは、なにも男女の色恋沙汰に限ったことではなくて
自分が会うべき人に会ったときに発動される
地球に生きる動物としての、人間の本能だ。

私たちには言葉がある。私たちには思考がある。
でもその発端の感動を捕らえる器官として
目の果たす役割は大きい。

Open your eyes, open your heart.
Then world will enbrace you.
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by miomiomiomion | 2010-10-26 21:30 | ナショナルミオグラフック

姉さん、事件です

本日は元ボディーガードとオフで外出。
普段は制服なわけだけれど
今日は私服。
アイロンがぱりっと効いていていい感じ。

一緒に歩いてごはんに行く予定だったのに
やっぱり外国人とパキスタン人の組み合わせって
目立つんだよね。しょっぱなから尋問にあう。
で、彼は私服なのに

銃所持
しかも、(銃所持許可が明記されている)軍人ID家に置き忘れ orz

警察やら軍人やらガードやらわさわさ集まってきて
まるで誘拐犯扱い。

ミオ「あの、彼は私の友達なんですが・・・」
軍人「#$(&"@*XM+#*@!」←(雰囲気訳)おめーは黙ってろ!

さっそく5分もしないでうちのセキュリティーアシスタントから電話がかかってくる
SA「みおが得体の知れない銃を持った男と歩いてるって聞いたけど大丈夫?」
ミオ「得体の知れない男じゃなくてシャリフだよ」
SA「なんでやつはIDもってないで銃持ってきてんだよ」
ミオ「私に聞かないでよ」
・・・ってなわけで、ただのごはんが
またも、姉さん、事件です!状態・・・・

というわけでセキュリティーアシスタントが登場して
その場をどうにか収め、彼は銃をあずけて
3人で車でごはんを食べに行きました。

なんていうかバイク乗ったり、ご飯に行ったり
気軽にできないってのはめんどうくさいですな。
ソマリアだったら最初っから(外出するという)選択肢ないわけですが
ほらここだとローカルの家族連れとか普通にいるのに
外国人だからって普通のことを普通にできないのがもどかしい。
ま、私も遊ぶんならプライベートで来いって話ね。はいはい。

どうやら誰とどこで何をしているのか、逐一報告が回っている模様。
昨日は12時に家帰ってきて、12時5分にアドミから(私と外出したわけでもないのに)
Good that you had good time and back to guest house safe. good night
とSMSが・・・ストーカーかい!
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by miomiomiomion | 2010-10-25 23:42 | かるちゃー

満月の冒険

以前に夕方に来たスーフィー聖者の廟、
満月の夜が素晴らしいと聞いたので
連れてきてもらいました。
色鮮やかで活気のある夜のバザールを抜けて
メイン通りと人ごみを走りぬけ
ムルタンの一番の高い場所まで一気に上り詰めて
ついたらこれ。

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満月が輝くばかりで
人がほとんどいなくて
朗々と暗唱される妙に物悲しいコーランの調べを聴きながら
しばし夜の神聖な空気に包まれるひととき。

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一緒に行ったのが
みかけオサマビンラディンにそっくりなうちのスタッフなんだけど

君にコーランを読んであげたいんだけれどいいかな?

ということで、人気の少ない夜の聖堂で
オサマ氏(仮名)にコーランを朗読してもらう、という
たいへん貴重な時間を過ごしました。
月明かりの下で、聞くコーランというのもどうしてなかなか乙なものです。

その後に、ラムチョップ食べに行って、
アイスクリームで〆。
12時近いというのに、
どこまでも大変健全なのはやっぱり地域柄、でしょうか。

しかし、まぁ確かにセキュリティーに報告していかなかったのは
私が悪いんですが、(ごはんで外食なのは問題ないんだけれど)
どうやら1時間以内に、
国連セキュリティーにパキスタンインテリジェンスから通報が行き、
(どうやってみつかったんだろう・・・)
「おまえんとこの日本人が、バイクの後ろに乗って町を走ってる」
ということで帰ったらセキュリティーオフィサーが待ってて、お灸をすえられました。ガーン

「・・・ったく(笑)」な反応ではあったんだけれど
ボディガードをつけなかったのと
+バイク二ケツがNGなのでした。
地元の人は普通にやっていることなのだけれど
外国人はいろいろ面倒くさいのです。ここ、観光客もいないしね。

「まぁおまえがはめをはずしたいのもわかるけどな」←はめをはずすってほどでもないのだが
彼もソマリア経験者。
大問題にはなりませんでしたが
「インテリジェンスのブラックリストに絶対載ってるぜ」と
不吉なことを言われました。これから気をつけます。

いやでも今日は本当に、来てよかった・・・
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by miomiomiomion | 2010-10-23 23:12 | 旅の記録

おごりカルチャー

パキスタン人とごはんに食べに行くと必ず
支払いの時に”もめる”。
誰が払うか、じゃないのだ。

絶対僕が払う、と言われるから。
私だけじゃなくて何人か外国人がいても。

最初の一回だったら、わーありがとう☆といって喜んで受けるけれど
それが2回も3回も4回も5回もになるから
どこでその永遠のループを断ち切るか、思案のしどころ。
時に実力行使にでてる。

すごく雑なカテゴライズしていることを承知で言うんだけれど
「たかりカルチャー」の場所から来ると
(ソマリア人が、と名指しなわけじゃなくて東アフリカ一般的に
外国人とごはんを食べたら当たり前のように外国人が払うよね)
ここパキスタンの超ど級のホスピタリティーには心から感動。
最初の1週間は、誰と食べに行っても
断固、絶対払わせてもらえなかった。
出張費ももらっているわけで
喜んで周りの人に還元できる立場にいるのに
なかなかお財布を開かせてもらえない。
ドライバーとご飯を食べに行っても
私より7つも若いスタッフと食べに行っても
「ああ、払ったよ。気にしないで」といわれてしまう。

「君はゲストだから!」と言われてたいたのが
「君は友達だから!」となり、
「君はシスター(姉とか妹とか)!」となり
言い訳百変化で結局、
支払いは向うもち、になりかねないのだ。
それでも払う!と言い張ると
「それはとても侮辱的なことなんだよ」
と言われてしまうし、社交辞令じゃなくて、本当に

We have to take care of you while you are Pakistan

ということらしい。ごはんだけじゃなくて、
一緒に買い物についてきてもらっても
気をつけてないと、私が買ったお菓子とか果物とか靴とか洋服とか
平気で払おうとする。

ちょっと、私のだんなじゃないんだから
全部払わないでよー
(いや、別にだんなでも全部払ってもらわなくていいけど)

と言うと、いやパキスタンでは女性と出かけた場合、
男が払うのが当然だから!とすました顔で言われてしまう
マッチョカルチャー、
いや気前というか度量の大きい人は好きですけれど
自分のことくらいは自分でめんどうみるし
こちらにも感謝を示す機会を与えて欲しいんだよね。

いやはや、日本のネットで
「男の人と外食にいったらやっぱりおごって欲しい?」みたいな
いつの時代のテーマだよ、というアンケートが
今も思い出したように特集されたりしているけれど、
「男が払うべき!」といいはる今だバブルな女子は
パキスタンにきたらいいかもしれません。
割り勘でOK派(Not to mentionこっちが奢りたい場合)
を貫こうとするとエネルギーいります。

で、これ別に男性→女性に限ったことではないのだ。
今日、フィールドで国内避難民のキャンプに行ったときに
草でお皿を編んでる内職をしているおばちゃんがいたのね。
で、話を聞いてみたら、それが終わると市場に売りに行くんだという。
「一つあげるから」といって作った皿をくれたおばちゃん。
「ありがとう!!商品なんだし、お金払うよ!」といっても
いいのいいの、とガンと受け取ろうとしない。
で、お皿をもって歩いていたら
この内職人気らしくて、いろんなところでおばちゃんが
「うちの皿ももってきなよー」と
次々くれて、結局12枚ももらってしまった。
お金誰も受け取ってくれなくて、もう競争みたいにして
みんなが集まってお皿をくれるこの光景。

本当に、下心じゃなくて
「わー外国人の人がきたよ!これをおみやげにあげよう!!」ということなんだけれど、
自分の家が全壊して、ほとんど着の身着のまま
国際機関の提供したテントに住んでいて、細々と内職をして家庭の足しにしている
おばちゃんたちの底抜けの気前のよさに驚いてしまった。
もちろん、被災者全てがそうではないけれど
パキスタンの人は本当にすごく面倒見がよくて、親切だ。
視察の最中にお茶をごちそうになったり、
食事をわけてくれそうになったこともある。

ふと思い出したのが
アルバニアの難民キャンプにボランティアに行ったときに
配給の列で食糧セットの中にはいっていた
イラン製のトマト缶を私にくれようとしたおばちゃんがいたこと。
私のこの業界に入るさきがけとなった出来事の一つであるのだけれど、
貧すれど鈍せず。

なんていうか、愛とか思いやりってポジティブに伝染するなぁと思うできごと。

いいことをしてもらったら、いいことをしたくなるものね。
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by miomiomiomion | 2010-10-22 04:10

肉食な人たち

パキスタン人は肉食である。
草食っぽくみえるちょびっとオタクなテイストを持った男子でも
ギアが入ると、即行動モードに移る。
なかなか頼もしい。

今日、オフィスのお茶くみボーイズ(3人もいて、全部若手)の1人が
プログラムの男の子(32歳既婚)となにやら真剣に話している。
何話しているのか、聞いたら

「彼はもう今年で二十歳になるから早く結婚したいらしい」

・・・おいおいおい、男で二十歳で身を固めるの?

ミオ「で、ターゲットはいるの?」
お茶「いないから、紹介してもらおうと思って」
ミオ「オフィスのAちゃんなんてどう?」←独身で美女
お茶「いや、Aちゃんは26歳でしょ。She is too old」
美人とか独身とか頭が切れるとかお金もちスタイル抜群とか
そういうスペック全く考慮なしに、年齢足切り。
いや、別にいいけどね。
がんばれ、若者!

昨日外にでかけたときに、途中で止められた警察の強面のお兄さん。
電話番号は?パスポート番号は?って尋問されたので
おとなしく教えておいたら、
本日、携帯メールが山ほど届いた。

Risk is my life!
Danger is my game!
Policeman is my name!
I am a young commando
born to die
die for nation
live for others
pound 2 b a police man!

…というますらおマッチョぶり。
こんなメールもらっても困るよね。
どう返事をしろと。
パキスタン女子の視点からすると
「頼もしい!!」となるのだろうか・・・

ところで、例のお役ごめんとなったイケメンのボディガードからも
携帯メールが届く今日この頃。
ミオ「ちょっとなんで私の電話番号知ってるのさ」
イケメン「From magic 愛は強しさ」

・・・ってか、
どうしたらこういう少女漫画みたいなセリフが
浮かぶんだろう・・・
イケメンだからってなんでも許されるわけではありません。

男性だけでなくて、女性もだ。
基本女性は「待つ」立場なわけだけれど、
この業界の常として、独身の20代後半が結構いる。
カウンタパートのNGOの女の子と話していて
「勉強と仕事を優先していて、結婚を犠牲にしてしまったわ」と嘆く彼女。
聞いてみたら28歳。

「そう、両親に早く探してって言ってるところ」

・・・教育もちゃんと受けていて、美人で、独立しているのに
自分で探す、というオプションがないということにちょっと面白いと思って聞いてみた

ミオ「でもあなただったら学生時代とかボーイフレンドがいたんじゃないの?」
女「いや、学生時代は勉強一筋だったし、I was not interested in affairs」
「もう適齢期だし、親が私にとって一番と思った人が最適。早く結婚したいわ」

・・・とゆるぎない信念。なんていうか潔くていいんじゃないかなぁと思った。
自由恋愛がお見合いよりいいってわけじゃないからね。
(というか離婚率でいえば、パキスタンは非常に低いらしいから
お見合いのほうが効率と成功率で考えたら自由恋愛よりよいと
いえるのかもしれない)

仲良くしている32歳の女の子。
気立てがよくて、かわいいんだけれど
「誰もプロポーズしてくれないの。男の子の知り合いはいるんだけれど
結婚話がでないのはなんでなんだろう、みお、結婚できるコツ教えてくれない?」

・・・聞く相手が間違ってます!!
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by miomiomiomion | 2010-10-21 22:22 | かるちゃー

The 人間関係

先週からソマリア時代初期に一緒に仕事をした
イタリア人のセキュリティーオフィサーが来て一緒に仕事をしている。
ローマ法王の護衛をやってたこともある
スリムで笑顔の穏やかな素敵なお兄さんである。
2年前はガレージを改造して家にリノベーションしている最中だったんだけれど
ちゃんと終わって住んでいるって。よくありがちなワイルドワイルドウェストな
百戦錬磨超肉食系のセキュリティーオフィサーじゃなくて
品がよくて、インテリで、まとう空気がまろやか。
家庭も仕事もするするとこなせそうな包容力と大人の色気がある。
前から感じがいいなぁと思ってたのだけれど
やっぱり2年たっても感じがいい。会えて嬉しい。

今、隣に座って仕事しているウガンダ人の彼女は
実はスーダン時代の同僚。(隣町のオフィス)
きれいでパワフルで、当時から「女王様」の風格で
特に仲良くしていたわけじゃないんだけれど
今回一緒に過ごす時間も長くて
急激に仲良くなっている1人。
さばさばしていて、仕事ができて、頼れる姉貴、
今も「女王様」なんだけれど、仲良くなって見るとそれは決して
人を萎縮させるようなネガティブな空気ではない。
自由で、自信があって、自立しているスピリット。
周りを元気にするアフリカの太陽のような彼女。

先週、スリランカのアンパラで一緒に仕事をしてユニセフのオランダ人から
連絡がきた。「みお、パキスタンにいるでしょー私も来週から行くよ~」って。
彼女とは週末のホテルや、ウィークデーのカレーやさんで
いろんな話をしたのだ。いわゆるガールズトークからキャリアトークから。
楽しかったなぁ。会ったらしゃべることいっぱいあるなぁ。
スリランカで知り合いになった日本人の他機関の国連職員もここムルタンにいる。
仕事ができるのに、アグレッシブじゃない、
よい意味の日本製クオリティをもった筋の通った
(本人おそらく意図していないであろう)癒し系男の子。
もう1人、スリランカ時代からのドイツ人の友人
私がカメラの充電器をなくして
「ひょードバイのホテルにおいてきちゃった!どうしよう!」と
Facebookに書いたら、
「スペアの充電器があるからあげるよ」と言って
出発の朝、わざわざ充電器を手配して送ってくれた。

ここ3週間で、昔の知り合い・友達に次々遭遇。

私がパキスタンに短期ミッションにくることになったのは
スリランカ時代からお世話になっている上司のおかげだし、
ここにきてすぐは、ソマリア時代の上司と一緒に仕事をした。

とにかく自分の今までの7年分の人間関係がめぐりめぐって
今につながっている実感がある。

友達になった人と、次いつか会うかわからない生活だけれど
きちんと時間を積み重ねてきた関係は
数年のブランクがあっても、またすぐ再開できる。
似たような志をもって、いろんなことを考えて、自分の道でがんばりつつ
一緒に楽しめる仲間がいる、というのはとても心強いことだ。
その場その場で友達は作る。
異国の地にいる「親友」よりも
近くの「友達」
だけれども、
その友達が親友にグレードアップする可能性もおおいにある。
大人になって、友達ができない、とよく言われるけれど
それは必ずしも真理ではない。
確かに私の環境は普通よりたくさんの人に出会えるけれど
ただ知り合いから、友達にステップアップするその段階に
確実に自分の殻というか壁をOFFにする瞬間がある。
一緒にごはんを食べに行って、つっこんだ話をしたり、
仕事で困ったときに、自分の責任を超えて助けたり、
違った価値観を持った人を評価を下さないで受け入れて
「楽しめる」心がないといけない。
そういう”努力”がないと、やっぱり他人は他人のままだ。

大人になって友達ができない(というか作らない)人は
他者と自分の境の壁をまたぐ労力をおしむからなんじゃないかなと思う。
日常生活がなんだかんだで忙しくなって
学生時代みたいに「友達つくり」にばかりエネルギーをかけてられない、
というのはあるかも知れないけれど、自分が人として成長するために
やっぱりいい友人の存在ぬきでは厳しいと思う。
過去を一緒に懐かしむ、友達じゃなくて(それはそれで楽しいですが)
今を一緒に楽しめる、友達。
未来を一緒に切り開いていく、同志。
友達を作る(そして維持する)努力ってやっぱり必要よね。
それはメールを3分以内に返すとか
ランチに一緒に行く、とかそういうことではなくて。
自分がいいと思ったやり方で、オープンに人に向き合うこと。

日本の小学校時代に
「誰が親友ですか」みたいな学級アンケートがあって
みんなで示し合わせて
「○○ちゃんって書くから、私の名前も書いてね」みたいな
おかしなことがあったけれど、
友達ってのは、契約関係じゃないんだから
相手の了解を得て、二人で同じことを感じなくていい。
恋愛関係だと温度差があると辛いけれど
友人関係は、時と場合と状況を見ながら温度差を調節しながら
維持できればいいと思う。

「自分がその人といて、いい気分かどうか」そして
「その人が自分といて、いい気分かどうか」

私が気にするのはその一点のみ。
それがうまくいかないようだったら無理はしない。
同僚として、つつがなく仕事はするけれど「あーこいつ嫌な人だなぁ」と思いながら
一緒にいても、なんにもいいことない。
しかし、きれいごとのようであるけれど
いろいろ自分の(無用な)期待をオフにして壁をオフにして付き合うと
どの人も味があって、いいところがあるものではある。
でも、合わない人っているからね、
いいとか悪いとかじゃなくてもうそれは相性だから。
会って嬉しいという人が圧倒的に多いけれど
できればもう会いたくないという人も(だいたい忘れちゃうんだけれど)
思い出せば両手分くらいはいるしな、私も。

ふっと誰か思い出したら、
ちゃんとメールを書く手間は惜しまないようにしようと思う。
遅れちゃっても誕生日にはちゃんとおめでとうを言いたいと思う。
で、あーしゃべりたいなぁと思ったら会えるようにセッティングする。
パキスタンに来て!とかアフリカおいで!とかって気軽に言えないけれど
私は自分の会いたい人にちゃんと会いにいけるのだ。
翼と時間があるから、私は。

肥大化して、機能不全に陥っているFacebookをどうにかしよう。
友達ってのは「集める」ものじゃないからね。
「活用」しなくては。
そして私も友人に「活用」される存在でありたいと思う。
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by miomiomiomion | 2010-10-19 22:21 | お友達

Think outside of the box

1995年の神戸の震災のあとで
神戸の中央区でボランティアをしたときのこと。
テレビのインタビューが入って
避難所になっていた小学校の校庭で
薪にあたるおじさんたちにカメラが向けられようする前に
サッカーをやっていた少年たちが

インタビューの邪魔だから

という理由で、サッカーをやめさせられた。
音、が理由ではない。
悲惨で大変な思いを吐露する被災者の後ろで
少年が元気にサッカーボールを蹴っていては
絵にならない、から。
被災者にインタビューするだけなんだから
校庭じゃなくてもいいはずなんだ。
ただどこかに連れて行くかわりに
冬の校庭でたきぎにあたっている被災者というのが
絵的に求められていたのだと思う。
そう、そして閑散とした校庭で。

その光景を見ていて
ぬぐえない違和感というか、
「なんだかなー」と強く思ったことを
今もはっきり思い出す。
「やらせ」というほどではないけれど
意識的に「期待している」絵や物語を求めるというのは
メディアがよくやることではあるけれど、
現実はもっと複雑だ。ポップでカラフルで
ファンキーでサプライジング。
被災地報道で、そんなバラエティ要素は求められていないけれど
お涙頂戴な現実話にそのまま乗せられてはいけないということ。

確かに歴史を紐解くと
圧倒されるような重い現実もあるけれど
その中に生きる人間の誰もがもつ強さや光に
フォーカスをすることで、私たちは明日を作り出していく。
映画だったり、絵画だったり、小説だったり、ドキュメンタリーだったり
受け継がれていくクラシックなものには
現実の暗さの中に練りこまれる軽やかさやリズムがある。

悲惨か、どれだけの被害があったのかということを
じっくり見極めることも時には必要があるけれど、
生きる姿勢として、目をむけたいのは
そういう「期待」の外側にある真実だ。

被災者と話していて時に被災者が
”私たちが期待している”答えをくれることに気がついたりする。
真実とは違う、模範解答。
「食糧配給を受けましたか?」と聞いて
「この2ヶ月間何ももらってません」と言う被災者の家のベッドの下に
半分空になったWFPの油が転がっていたり
「夫は死にました」と答えた女性に
再婚した二人目の夫がいたりする。
「大変で」「悲惨で」という”期待される”状況はあるわけだけれど
そういう状況のニッチのスキマに
目を向ける価値のある重要なキーが残されている。
被災者の声を聞くことは大切だけれど
声が必ずしも真実とは限らない。

悲惨さだけを切り取って、憤っているだけじゃだめなのだ。
悲惨さを突き詰めて、違う角度からもパンチしてみると
思わぬ現実が飛び出してみて、深刻さを帯びていたインタビューが
途端に笑いにあふれたりすることだってある。
「俺は被災者なのになんにももらってねー」というおじさんの家に言ってみると
レンガ建ての豪華な家で、やぎやら牛やらがいっぱいいたりする。

一ヶ月で
うちのオフィスだけで25万人に食糧を配給しているわけだけれど
どうしてももれはあるし、オーバーラップもあるし
被災者だけれどお金持ちって言う人がいて
被災した町の隣町で直接被害は受けていないけれどどうしようもなく貧乏という人もいて
フィールドに出て、現実に踏み入れば踏み入るほど
「どうすりゃいいんだ」という問題がぽこぽこぽこぽこ明らかになってくる。
解決できる問題はその場でずばっと解決するわけだけれど
多くの問題は、事務所に持ち帰って
緊急援助の次の段階の復興に生かせるように
プログラムに組みなおす。

とにかく、「あげてればOK」なわけではないのだ
自分の足で土で手で作り上げていく能力がある場所で
無駄に長期の援助は、可能性を退化させてしまう

今年の12月まで緊急援助で、1月からは復興支援。
5月の次の収穫期までどうつなげていくかがこれからの思案案件。
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by miomiomiomion | 2010-10-16 15:03 | お仕事