世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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ラオス生活始まる

ラオスについた。
一日目は、東亜船の同期に再会。
「I will take you to my wife's place」っていわれて
ついていったら、奥さんの実家で、
舅さんと奥さんの弟と、奥さんのお姉さんともう一人のお姉さん夫婦と
姪っ子と甥っ子でご飯を食べてるところだった。
こういうところにちょいと友達を連れてきて、
あーはいはいどうぞってな空気で混じってご飯が食べられてしまう
この感じが好きだ。
弟さんは交通省に勤めていて日本に3週間きたことがあって
日本語がちょっとしゃべれる。
奥さんは東亜船の2007年。
英語と日本語の混じった温かな空間。とってもラオスっぽい。
誕生日でもないのに、食事のあとに大きなケーキが出てきた。
「姪っ子がどうしても欲しがってねー」とにこにこしながら
言うお兄さん。
なんていうか、お金があるってこととは本質的に別の
贅沢というか、幸せがここにはある。

家探しを始めた。結構楽しいが選択肢がありすぎて困る。

1)川沿い。リバービュー、予算オーバーでちょっと暗いんだけれど
すばらしいバルコニーがある。3部屋。
2)地元のレストランやお店が近い、オーナーがとってもよさそうな新築。
予算より安いし、自分で家具を選んでいいという。バルコニーから池が見える。
ぴかぴかで素敵だけど台所がイマイチ。3部屋
3)木の家。4部屋。すばらしいバルコニーとお庭。予算ぴったり、
でもバスルームがイマイチ。
どれも3部屋以上あるから、小さい子供がいる家族とかぴったりな感じ。
世界銀行の人とかなんとか大使館の人とかの家は
川沿いですんごいゴージャスなセッテイングに建っている。
ここまでじゃなくても
1000ドル以内ですごく快適な生活ができそう。
書斎があったりね、景色のいいバルコニーがあったりね。
台所も広々しているし、生活の質が一気に向上しそう。

エージェントの人「ちょっと参考までに伺いたいんですが
前に住んでいたところはどんなところでしたか?」
ミオ「•••参考にならないと思います」

ということで、これからごはんに行ってくる。
道ばたのごはんがおいしいんだけれど、
粗食に慣れたおなかにはちょっとヘビーっぽい。

それではまたのちほど。
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by miomiomiomion | 2011-08-27 15:56 | 衣食住

10年越し科学反応

これだけたくさんの人がいる世界で
出会えてそして関係がどういう形あれ続いているというのは奇跡に近い。
なぜ君で、なぜ私なのか。
なぜその時に出会え、今また会えた。
小さな奇跡が積み重なって私たちの人生は形作られていく。

今回のホリデーで、新しい出会いはやっぱりあったのだけれど
メインテーマは「温故知新」。
ナミビアで会ったウガンダ人のジェニファーの
最初の出会いは2007年の南スーダン。
その時は名前は知っていたけれど仲良くならなかった彼女。
2011年にパキスタンのムルタンで再会。
「再会」ってのがなぜかお互いつぼにはまり、
今度は一緒にたくさん時間を過ごして、
人生で大切なアドバイスをしてもらって
姉のようになった人。
タンザニアのダニエルは、2000年に出会い、
彼のお母さんにチャパティの作り方を習って
彼の14歳の妹とも遊んで、この10年間エアメールと
そしてここ1年はフェイスブックで関係をつなげてきた旧友。
当時小学生だった彼は、中学校を遅く卒業して、
つい2年前に大学を卒業
村に法律事務所を作りたいんだという。
村をよくするには何をするべきかという議論をする。
10年前にはできなかったこと。ちゃんとつながって育っている
友情がとっても嬉しい。

で、イギリス。
2002年に東京のリーダーズサミットで同じ班だったカナダ人のデビット。
彼はスリランカにも訪ねてきてくれたから、再会は(それでも)5年ぶり。
ナチュラルで美人な日本人の奥さんをもらって今はロンドン在。
昔から助走なしで本題に深く入って話せる人だったけど、今もそう。
昔から"開発とは"とか"あるべきリーダー像"とかそういうトピックが
二人の間ではホットなんだけど
気がついたら最初学生だったふたりが10年前に語っていた場所にいて
で、今も結構熱いそしてリアリティのある志を語れる。希有な友人。
それから今回のハイライトでもある結婚式。
スリランカで仲良くしていて日本でもたまに会う
シエラレオネ在住のえりちゃん。だんなさんがイギリス人。
彼女とはいろんな時間や感情を共有したんだなぁ。
わざわざ三重県まで遊園地いったりとか、
この人どう思う?って当時好きだった怪しげな人を評価してもらったり(笑)
ストレートフォワードで
料理上手で世話焼きの彼女。
結婚式も手作りで心がこもっててじんとする。
ダンナさんのパパがスコットランド出身ということで
式にはキルトのスカートをきたナイスミドルの叔父さまがいっぱい。
ほかも ドイツ、アイルランド、スコットランド、南アフリカ、日本、
オーストラリア、カナダ、アメリカと国際色豊か。
人生の幸せを時間をかけて共有できるって素敵なことだなー。

ブライトンであったボスニア人のヤスミナは2000年に
ピースボートに乗ったときの友人。
あのときボスニア人だった彼女は
イギリスのパスポートをとり、
人権事務所で法律の知識のあるアシスタントとして働いている。
雰囲気は変わらないのに、10年前とは確実に違う場所にいる彼女。
私だってあのときは大学院のあとで無職だったわけだから
違う場所にいるわけだけれど、
「年を取るのって悪くないねー」と心から言える二人。
精一杯10年間生きてきたから、余裕をもって過去を振り返って
笑い合えることができる。幸せだなー。
彼女のパートナーと一緒にブライトンで
人生初の「回転寿司」(今まで回る寿司っていったことなかったのよー)
で、ロンドンに戻ってから再会したのが
大学院時代の同じ学生寮だった(彼は大学生だったけど)
フェリックス。今や2児の父、でもベビーフェイスはそのまんま。
トークのもりあがりもそのまんま。当時ご飯終わってからそのまま
カフェテリアに残って不毛な会話をいっぱいしたもんだけど
ちょっと年をとって現実味を加えても私たちの会話はやっぱり不毛w
楽しいんだー、で夕食のときに合流したのは
2005年のスリランカ時代の友達カルム。
あの時インターンで19歳だった彼が今25歳。
それでも25歳ってのが若いなあ。
「ええ、みおって僕より10も上なの?」って今頃きづくなよ笑
スリランカ人の彼女を連れてきた大学院で熱帯病を勉強している彼。
また近いうちに会えそうな感じ。10違うけど、年の違いを感じない人。
ってか、相手が大人なのか、自分が未熟なのか。

ローマでは、スリランカ時代にうちをシェアしてた
アッシュのところに泊めてもらう。
ソマリア時代のオーストリア人同僚ハーバードと夜ごはんを食べて、
あるべく男女のあり方について語り、(緊急援助を点々とする私たちにとって
いつの時代も大切な話題)
東亜船時代友人で、ローマっぽくおしゃれになってる京さんと昼ご飯をたべて
あとはWFP本部で、数えきれないほど知り合いに会う。
昔どっかのオフィスで、とかトレーニングで、とかワークショップで、とか
そういうつながりなんだけど、この世界は本当に狭いので
わざわざ感動もしない笑

それから今回のホリデーで本当に、期待以上でやばかったのがジュネーブ。
ここで会った友達は2009年にウガンダで
旅の終わりに、泊まってたドミトリーからタクシーをシェアしただけの友達
(というか友達と言ってしまってよいのか、という関係)
それでもすごいのがFacebookなんだな。
連絡先を交換して、何回かメールをやり取りしただけなんだけど
相手の人生が垣間みられるもんだから、知ってる錯覚に陥ってた
勢いで今回遊びにいって、本当にいい時間を過ごせた人。
温める友情もあれば、こういう育む友情もあり。
あのとき司法研修生だったぼっちゃんぼっちゃんが
スイス銀行法を専門にする弁護士になって
なんかさらりとスーツをきこなしてしまったりして
かなりのイケメンになっていて、焦りました←いや別に焦ってないから。
VWのビートル借りるつもりが
車がなくて、アウデイのオープンカーというできすぎたシナリオ。
天候も最高で、ワインにするぶどう畑とか、ユングラウとか
ガイドブックに載ってない
彼が学生時代にテニスの合宿できた小さなかわいい村とかまわりました。
ま、イケメンだとか弁護士だとかアウデイだとかはどうでもよくて
(←いや確実にプラスだろう)
会話が面白くて次から次にでてきて、ノンストップで
人生で今まで知らなかった分をあっというまに網羅する勢いでしゃべりました。
生きる世界が違うけど、情熱を傾けるものがあるってことは
共通するものもたくさんあるし、
いやーまだまだいい男が世の中にはたくさんいるなあと
思えるのはとってもいいことです。生活にはりがでます。
出会えりゃいいってもんじゃないけどね、いやほんとにさ。
ジュネーブ勤務なら頑張っちゃうのに(何を?)

で、パリ。ここではイギリス時代から知り合いの
日本おたくの外科医と会う。あのときは例によって研修生だった彼が今や立派な
脳外科医。しかし、おたくぶりは全く変わらず、彼のアパルトメントで
「銀魂」をみる。「ええー銀魂知らないのー?もぐりだよ」と言われましたけど
そりゃアフリカの奥地に5年もいたら、銀魂なんて知りませんって。

ということで、だらだらと書いてしまいまして
私の友人関係を知らない人にはちっとも面白くないか、ごめんごめん。
これはま、単なる忘備録。
Facebookの一言だと時間に流されちゃってたまらないから、
楽しかったことはちゃんと書いておく。
で、ちゃんと温める。
よくこの年になると友達できない、って言うけれど
それは友達できないというより、自分の感度が鈍ってしまっているか
自分のドアが閉じられしまっているということなんだと思うのだ。
絶対ね、いろんな経験をして、20代の最初より面白い話ができるわけだから。
お互いに。そりゃ、人生時間がたつとプライオリテリが変わってくるし
昔いい友達だったのに、なんか面白くなくなったり、
時間をとってもらえなくなったりそういうことってあるけどね、
それなら逆に昔大した友達じゃなかったのに、時間が成熟してあったら
相当面白くて、意気投合することもあるかもしれない。

10年来の友もちゃんとつなげておいて、
折にふれて思い出してメールを書いたり、突撃電話をしたり、
こうやって会いにいったりする。
で、そこでまた友達の友達を紹介してもらったり、
飛行機で出会ったり、スーパーの並んでいるところで話かけられたりして
新しいつながりができたりする。
なんだか最近、妙に日本の昔の友達からFacebookの申請が増えてるんだけど
いいことだと思うな。友達ってやっぱりいつの時代も宝だもの。

今の自分を作ってきたのは
そういう有象無象のたくさんの出会いなんだなーと思うのです。
で、今度東南アジアに戻ってきたらそれこそ
99年来の友達が手ぐすね引いて待っててくれる。

なんていうか、毎日自分を追いつめて維持するようなことじゃないけれど
思いついたときにふっと笑顔にさせてくれるそういう友達と大切にしないとね。
友達は宝だけれど、段ボールにいれてほこりのかぶった友情じゃなくて
ちゃんと風通しよくして、自分や相手の状況をちゃんとわかっているように
一緒に成長していける関係がやっぱり理想。
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by miomiomiomion | 2011-08-18 15:56 | 旅の記録
あらまー実に一ヶ月ぶりでした。
皆様こんにちは、浪漫飛行中のみおみおです。
トランクひとつだけじゃなくて、バックパックとカメラバックもありますけど。

いやーこの一ヶ月実に最高落下角度121度の富士急ハイランドの
新しいジェットコースターも真っ青の
透明に限りなく近いカラフルな時間をすごしてます。
現在進行形。
ソマリアがこんなに非常事態なのに
お休みを満喫してしまって申し訳ないんだけれど、
世界っつーのはそうやって一人が抜けても回るからね。
ちゃんと抜けるときは抜けて、別の角度から向き合わないといけないってことだ。

で、ブログも10エントリーくらい、気仙沼のこととかソマリア雑記を
中心に書いていたんだけれど
日本語のコンピューターが盗まれてしまってねー
一回書いたものがなくなるとまた書く気力がでないし、
日本語のメールもちゃんと書けてない。すみません。
今はドバイのラウンジ。

ナイロビ最後の今日は昔の彼とランチを食べました。
正確にいうと2代目前。
相変わらずセクシーでおちゃめで、強面で
「自分は正しい」王様クオリティ。
彼の心のそこから湧き出てくるような笑い方をみて
ああ、私はこの人を昔心底好きだったんだなぁと
博物館で天然記念物を眺めるみたいな余裕を持って
話せる自分がいて
まぁいろいろあったわけだけれど、
ちゃんと消化して、きちんと生きているから、
からっとしててお互い昔の乾いた傷を出しにして笑えてしまう、
時間の威力ってのはすごいもんだ。

時間が前後するけれど、
7月25日から休暇をとって前からやってみたかった
「アフリカ縦断旅行」を決行。
スーダン、パキスタンと一緒に仕事をした
友達がいるナミビアを皮切りに
リビングストーン→ルサカ(ザンビア)
10年前に9ヶ月住んでいたムティトゥ(タンザニア)
最初はボツワナーとかマラウイーとかザンジバルーとか
いろいろ行きたいな♪とか考えてたんですが、

アフリカ、デカっ

もともと7日にはイエメンに行く予定だったのだけれど
政情不安でビザがとれず、結局11日まで延長してぎりぎり収まる感じ。
いや、とにかくアフリカの陸の旅は時間がかかるんだ。
で、何をやったかというと
時間があるからつれづれなるままにどんどん書いちゃうけど

①ナミブ砂漠
4WDを借りて私も!運転する。
マニュアル運転したの実に10年ぶり(というか免許をとってからまともに
マニュアル運転してないし)。しかし地平線まで続く直線道(しかし未舗装)を
150キロまで記録。
ナミブ砂漠(ソーソフェリの夕日、車中泊した行くまでの道で
人生最大級の星空をみました。もうロマンテイック~というんじゃなくて
圧倒されるようなのみこまれるようなすごい星空。しかしマイナスじゃないか?と
思うくらいの寒さでした。アフリカ今寒いのよ)
②汚職に巻き込まれる
黄熱病のイエローカードなんてアフリカに15年以上出入りしていて
一度も「見せろ」といわれたことないからどっかにしまいっぱなしになってたんだけれど
ナイロビの空港で「イエローカードがなければエチオピア行きの飛行機に乗せられません」
といわれ、行った先で注射を打たずに(というか医者もいなかったから打てる状態でなし)
本物のイエローカードを5000シルで購入しました。背に腹は変えられないっつーか、
ここでまっとうに対決したらホリデー行けないしなぁ、飛行機代戻ってこないしなぁという
苦渋の選択13秒(早)。これからはイエローカードは持参します。
③一人じゃなくて二人
今回の旅には連れがおりました。しかも日本人。珍しい。
私の記憶にある限り旅の旅程一部でたまたま会ってというのと
週末の遠出は別として最初っから予定をたてて
日本人と一緒に長旅をしたことがない。
結構きっかけも勢い。人生も勢い。
最初に会ったときは、気仙沼のホルモン焼きやでご飯食べてカラオケして
二回目に川べりでBBQしてビール飲んでるときに
「帰ったらどうするんですか」という話になり
「アフリカ旅行しようと思ってて」という話をして
「いいですねー」というものだから軽い気持ちで
「一緒に来る?」と聞いたら
「行きます」と即答。
まぁ来るといってこない人っていっぱいいるし、な心構えだったんだけれど
で、本当に来た、という有限実行の7歳年下日本男児。真性ニュージェネレーション。
肩の力がぜんぜん入ってなくて、ぜんぜん武士っぽくなくて
「俺についてこい」みたいなのもなくて←いやぜんぜんそれでいいんですけど
「まぁみおさんに会えれば大丈夫だと思いまして」とかにこにこ言う人。
で、普通に歩くと私がいつも普通に急いでいるから
自然と私の二歩後ろくらいをゆっくり歩いている人。
荷物がびっくりするほど少なくて、バックパックじゃなくて小さい転がすスーツケースと
すんごい小さいのにドラえもんのポケットみたいに何でも出てくるすごいかばんを持ってる人。
黄熱病の注射受けるのに、安いからという理由でわざわざ夜行バスで新潟まで行く人。
ポケットテイッシュとかゴミ袋とかレジャーシートとか
痒いところに痒いときに届く小物がいろいろ入ってて便利な人。
道行く人に声かけられて丁寧に答えちゃうからつかまりやすい人、
で実際偽両替商にだまされる人。(ああ、でもこれは私が介入して事態がより悪化)
で、私はだまされたことにプリプリしているのに、当の被害者なのに
「ああ、いい経験でした。面白かった」とか言っている人。
で、ぼっとんトイレにデジカメ落とす人。
イケメンなのに、天然。知識あるのに、ナイーブ。しかし、
性格が穏やかでまっすぐってのは武器だなぁ。
おかげさまで楽しい旅でした。一人旅と二人旅は楽しむポイントも深さも広さも変わってくる。
で、今は一人でがしがし開拓する系より、こうやって自分のもってない感覚とか
価値観を人とゆっくり共有する旅が自分にはあってるのかも。

④ムティトゥ再訪
2000年にイギリスのNGOのメンバー(イギリス人一人、ジンバブエ人二人、
タンザニア人一人)と共同生活して村落開発プロジェクトを実施した村に行ってきました。
11年ってすごい時間ね。
当時14歳で、かわいー女の子だったのに、もう7歳のママになってたり!とか
当時11歳で、ちびっこだったのに、なぜか29歳になってて大学卒業してたり!とか
(僕が初めて君に会ったときは11歳だったんだよ、といいつつ、
今の年齢が29歳という謎の人)
でも相変わらず水道はないし、道路も舗装されてなくてがたがただし
電気もないし、でもだからこそ人と人とのつながりが強いんだなぁ。
たったの3泊だったけれど、料理して、村を歩いて
11年前に作った井戸(現在も利用中)を見に行って、
伝統舞踊をみる機会もあって、そこでスピーチもさせてもらって、
で、村を歩いていて「あれーあんた前にもいたよね?!」という反応が結構ある。
で、すごいのは、「肥料のつくりかたの講習会をやった」とか
「キロロ(という隣村)でCCM政党のコーラスの発表会にでてた」とか
そういう細かい11年前のディテールを覚えていること。
言われて思い出す人←私。
⑤111mフリーフォールー
もうウガンダでバンジーはやってるからもう人生の課題としては
「済」なんだけどさー
H氏が「いや僕はやりますよ」というので←しかもバンジーとスライディングと
Gorge swingのコンボ。
私カメラマン参加のはずがみていたら
「いやこれをやらないのも日本女子たるものいかん!」という気持ちになり・・・
私も111mフリーフォールしてきました。
2年前のウガンダのバンジーは落下していたときの記憶が全然ないのだけれど
今回は!ちゃんと落ちている間中の記憶あり。しかもGorge swingだから落ちたあとに
今度は空飛ぶじゅうたん級のスイングが待っているという代物。
落ちる前が本当に怖いんだけれど、その怖さを「乗り越える」というのがいいね。
ま、もうバンジーはやらんでいいかな・・・といいつつ、また目の前でやってたら
やってしまいたくなりそう。特にここビクトリア滝「世界で3番目の高さ」という
微妙なキャッチ。ね、これで世界で一番というのに出会ったらやってしまうかも。
H氏の感想「やってしまった感がすごいですね。自殺の凝似体験ができて楽しかった」

で、まだあるんだけれど、全部詰め込まないで
また別のエントリーで書くことにしましょう。
次いつ日本語のコンピューターにありつけるかが問題なのだけれど。

とりあえずこれからはイギリス。
友達の結婚式に出て、
大学院時代とかピースボート時代の友達とか
リーダーズサミットの時の友達に会って、
パリ→ジュネーブ→ローマ→タイ→ラオス
という旅程で行く予定です。

4年前の彼にも
11年ぶりの村の人にも
「みおは変わんないね」と言われるんだけれど
決してほめ言葉ってわけじゃなくて
昔も今も好きなことを好きなようにやってるってことかも。。。

ということで、ブログがあまりきちんと書けてませんが
私は元気だよということで今日はおしまいです。
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by miomiomiomion | 2011-08-12 06:37 | 旅の記録