世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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<   2012年 01月 ( 8 )   > この月の画像一覧

普通の会話一考

ビエンチャンは普通の生活が送れるところなので
今まで(この5年間の塀の中+集中ホリデー生活)では
会えなかったような人間層に出会う。
エキサイティングというよりはFun loving
いけいけというよりは穏やかで
でも日常生活を目いっぱい楽しむ人たち。
ラオスに10年以上住んでいる外国人とか
根を張ってビジネスしている同年代の女の子とか
家族もちとか社会企業家とか
私の「生活」の幅を大きく超えた・違った価値観を体現している人たち。
すごく勉強になるし、刺激になる。
アドレナリンどどーんという刺激ではなくて
アルファー波しゅわわ~という心地よさ。

あ、普通の生活というのは
スーパーマーケットに行く、とか
買い物のついでにコーヒーショップでカプチーノを飲む、とか
金曜日にクラブに行くとか
土曜日にサイクリング行くとか
そういうのね。

で、最初の一ヶ月によくあるパターンの
「今まではどこにいましたか」
「ソマリア」
「ええ!?」
というシルクハットからハトが!!的会話じゃなくて
だんだん普通の
「あんたは何を思う人ぞ」
な会話が増えてきた。

で、最近よく聞かれるすごく頭をひねる簡単そうで難しい質問

「彼氏いる?」

これってさ、①一見ハードコアで珍しい経歴をもっている女は
果たしてどんな相手がいるのか(いないのか)?
という好奇心から来る質問な場合と
②会話のつかみとして特に深い興味はないけれど、
とりあえず聞いてみる場合
③実は私に気がある場合
があって
たとえば相手が素敵な奥さんがいて、
かわいい二人の子供がいるいいパパ~♪みたいな人が聞いてくる
②だったら全然迷わずに
「ああ、いませんよー。」と笑えるわけだけれど
←あ、笑えませんか、ここは笑うところなんですけど。
最初から「僕は彼女がいなくて絶賛募集中」的な人が
酒の勢いも手伝って聞いてくる場合は
ちょっと慎重にハンドルしたい。

そりゃ相手に彼女がいないからってすぐどうって話じゃないし
その人にだってタイプがあるだろうから
彼氏いる?って聞かれたから即「私に気があるんだ!」とわくわくするほど
ナイーブではありませんけど。
でもこの質問がきたら、そのあとの展開をある程度推定するよね、誰でも。
で、それがわくわくしないんだったら
あんまり刺激せずにさらっとスルーしたいわけです。

で、まぁそういうわけで
彼氏がいるときには全然問題にもならなかった質問が
「さて、どう答えよう」な巻。
いないよ、と答えると
「なぜ」と聞かれる。
なぜって言われてもさー
1分、5分、2時間、一晩バージョンとご用意できますが、なんである。
相手も気があって、自分も気があってそれ相当の化学反応があっての
「彼氏いる?」であれば、それは二人のストーリーが今、始まる!な
ばら色の扉を開けて楽しく「なぜ」を展開するさ、でもよ
相手に気があって、自分が気がない場合と
相手に気があるかどうかも定かでない場合と
相手にその気はないけれど、誠実に対応したほうがいい場合と
もし相手にその気があるなら(でもあるかは50・50)俄然私もがんばりたい場合と
答えとその後の展開するストーリーとその展開速度が変わってくるよね、これ。
間違って変なドア開けて変なものがでてきても困るし。

うそはつかないけれど、必ずしも真実を言わなくてよいこと。
その後の展開を読みながら情報を小出しにすること。
相手の心の裏を読みながら進める
そういう「駆け引き」的な会話、私苦手。
お酒飲んで、どんと本音で語り合いみたいなのは楽しいし、
楽しい会話をしたあとに
「で、ちょっと聞きたいんだけど、彼いる?」みたいんだったら
いいじゃないですか。でもなんかこうちょこっと話をして
悪くないけど別にケミストリーも出てない段階で、
こういうよく読めない重要な質問されると
「さて、どう答えよう」と脳みそが空回りする。
ひねる会話は好きなんだけど、駆け引きってダメ。
美容院のおしゃれな軽いトークと同じくらいダメ。
(「おしゃれの参考にしているタレントさんとかいます?」とか
「普段週末何をされてるんですか?」とか「読んでる雑誌はなんですか」とか)
さらーっと素敵に流せればいいのに、普段考えている範疇外の分野だと
「なにが模範解答なんだろう?」と真剣に考えてしまう
自分がいるから疲れるのだ。

というわけで、おしゃれ会話とスマートなプライベート会話の
運び方を研究したい今日この頃

同年代の女友達が先週スカイプで
「20代のころに真剣に恋愛してこなかったから今そのツケを払っているよ」
(ただいま恋愛中)なことを言ってただけれど、
恋愛って回数こなして能力向上するものじゃないから
昔の経験が役に必ずしもたたないし、
頭で考え出せば出すほど、導き出す答えが間違っている気がする。
だからって勢いと感情に任せて走り出すほど、桃色な気力もないというか。
というか、恋に恋する時期じゃないからね。

どんな人がタイプ?と聞かれたから
「サバイバル能力のある、行動の読めない頭の切れるスリムマッチョ」
と答えたら、ラオスでは出会えないねと断言されたんだけど、そうかなぁ。
サバイバルっていっても、別にジャングルで火を起こせとか言わないのに。
細切れの条件にすればひとつひとつは難しくありませんが
全部パッケージだとだめなんだそうです。
サバイバル能力のある行動の読めない賢いデブとか
サバイバル能力のある行動の読めない頭の悪いスリムマッチョとか。
うーん、男は条件じゃない。
でもやっぱりパッケージで抱き合わせなんじゃなくて
ちゃんと一つ一つわくわくする要素がほしい。
あ、これ別に男性に限らず、女性もそうだけど。

あ、あとひとついっていいですか。
「アジア人(もしくは日本人)好き」というのを
嬉々と公言する外国人がいるんですが、←結構いる
好みがあるのは、全く構わないけれど
Catch lineとしては最悪。
あ、君日本人?
僕日本人の女の子大好きなんだー
といわれたら、どんな細マッチョイケメンでも場外です。

日本食とか日本文化(MANGAとか)大好きといわれたら
それはそれでいいですけど。
好きな日本食が「あつあげ」という人がいて
それはそれで面白いと思いましたけど。

というわけで、本日は失礼します。
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by miomiomiomion | 2012-01-13 17:44 | 楽しく生きる

ムー体験

チェンマイの本屋さんで面白い体験をした。
私はこういうの、さくっとまとめて
ムー体験、と呼ぶ。
わお!と心が弾むような楽しくて
理屈を超えた瞬間。偶然で、Spontaneousででも
なんていうかピースがぴったり合うような快感を感じること。

昨年のクリスマス、チェンマイの古本屋さんにて。
特にABC順になっているわけでもなくて
ジャンル別にはいちおうなっているっぽいけれど
基本的に目的の本があって探すのは、無理!という街角の古本屋。

で、2012年に読みたい本を買うか!と足を踏み入れ
思いをめぐらせたときに浮かんだのが
昔、人にプレゼントされたのだけれど、
でも読む前にうちのスタッフが「貸して」といって
もっていってしまった”Life of Pi"
うーん、作者の名前も覚えてないしなぁという一冊。
表紙は覚えているけれど、でなんかブッカー賞をとってたなぁという薄い記憶。
もちろん、こんな「なんでもありだけど、なにがなんだか」な本屋では
みつからないよなーと思い、
あ、でもHaruki Murakamiならあるかも、と思ってた
目の前に、Haruki Murakamiセクションが!

ものすごいぴったりなタイミングに興奮しながら
英語のペーパーバックの
スプートニクの恋人と国境の西、太陽の南を手に取る。
で、ぐるぐるっと狭い本屋をまわって、表紙(+タイトル)買いしたのが

Snowboarding to Nirvana

Blink

なんていうか「呼ばれた」感じで、あんまり迷わずに即決。
でスプートニクがちょっと表紙が汚れていたので
もう一冊の具合を確かめにHaruki Murakamiセクションに戻ってきたら
なんと村上春樹の隣に

Life of Pi

があるではないか!
ひょーと口笛を吹きたくなるような、流れのよさで
結局5冊の本を買ったわけなんだけれど
こういう動物的な勘が冴えているときに買ったり手に入れたり仲良くなる人って
間違いがないんだよね。

このSnowboarding to Nirvadaが、またすごい惹きこまれる本で、
1週間でさらっと読了。(ま、そんなに分厚い本でなかったというのもあるけれど
英語のペーパーバックだと2週間はかかるよね、休日で一日中本漬けとかするんじゃなければ)

その感想を書こうと思ったのに、感想メモをおいてきてしまったので
今日はその出会いについてだけ、書きとめておく。
続きはまた明日。

2012年はどんな本や映画や人や場所や感情に出会えるだろう。
計画して、計画をなぞるという生き方ではなくて
大筋だけちょっと決めたら、あとはちょっと「流れにまかせてみる」という
余裕を残しておくと、自分で決めたことよりもっとカラフルで楽しいことが起こる。
柔軟性と、余裕をもつってこと、大切よ。

今日はこれから、友達のうちでBeerlaoナイト。
週末が始まります♪
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by miomiomiomion | 2012-01-12 20:14 | 楽しく生きる

Only for you

今はなんでもメールやSMSで送れる時代だ。
TwitterやFacebookなんてのをいれると
コミュニケーションの手段は格段に増えて
さくさくっと大作もコピペして
気軽にクールなコミュニケーションができるはずなんだけれど、
そこに自分の魂はこめられているかを問おう。

今日ある人からメールをもらったんだけれど
肝心のところで私の名前がシャーロットになってて、
おまえシャーロットに出したメールを私にコピペしたなと
100年の恋も冷める思いだった。全然恋と関係ないメールだけど。
それだったら普通にBCCでもCCでも
みなさんに一斉送信で失礼しますってんで
近況報告受けたほうが100倍いいよね。
私、別にプロトコールとか礼儀とかうるさい人間ではないけれど
なんていうかわざわざ個人宛で出す手紙べきやメールに
コピペを使って、しかも推敲しないなんて論外。

あと間違っているわけじゃなくて、比較的よくある現象なんだけれど
Facebookに誕生日になると
他人のWallにすごーい量の「友達」から
Happy birthday!が列挙されるわけだけれど
なんで、自分の友達にただ
HBD!とかHappy birthday!とか
お誕生日おめでとう!
って言うだけで、
どうして一言”Only for you"なコメントが残せないものなのか
と他人のWallをみていて思ってしまう。
Have a good oneとか
まぁ悪かないけど、全然オリジナリティがないコメントも同様。
コミュニケーションツールは増えたけど
コミュニケーションの質があがるかどうかは
個人の心がけというかスタイルによるのだ。
数だけ増えても、それは自分の生活の質には全然比例しない。
無視されるよりはそりゃいいけれど、
おめでとうって言うそのあとに一ひねり欲しい。

Facebookも「友達」が増えてくると
実はよく友達かどうかも定かでない人もいるかもしれないし
そうだとすると的確なコメントを残せない
だから、単なる「お誕生日おめでとー。いい日を」になるのかもしれないけれど
私はそれだったらなんも言わないでいいのに、と思ってしまう。

コミュニケーションってのはとればいいってもんじゃなくて
何をコミュニケートするかってのが肝心なわけで
そうじゃないとそれは

ピンポンダッシュと変わらない。

クリスマスカードも年賀状も年賀メールもそう。
メールもSMSもFacebookも
時間かかっていいから、別に1月1日につく必要はないけれど
一斉のコピペで「みんな一緒」ってんじゃなくて
せっかく意思疎通するんだから
思い出をリフレッシュしたり、これからの出会いを計画したり、
近況を報告したり、その人が自分にとってどういう人なのか
そういう「プラスアルファ」の内容を入れないとね。
大会社のエグゼクティブとか一国の主というならいざ知らず
友達の数が100万ってわけじゃないから
ひとつひとつ吟味して、メッセージを書く。
だから私のクリスマスカードは全然クリスマスに到着しないし
メールも遅れる。(ごめんよ)
サインだけして、おくりゃーいいってもんじゃないのだ
(いや、クリスマスカードって大体そういうもんなんだけど)
何十枚もくる仕事関係のクリスマスカードは大体そんな感じだけど、
にやりとさせられるコメントが入っていたり
その人の近況が「自分あて」にアレンジされてたり、
大きなチョコレートBoxと一緒に送られてきたりする
そういう「特別感」があると、
自分の中で、その人とのつながりがグレードアップする、
コミュニケーションってそういうもんだよね。
ひとつひとつ私たちのドラマを重ねていくツール。
メールも一緒。
忙しいときじゃなくていいから、自分にあてて
ちゃんとメールをちょうだい、と思う。
私もちゃんとメールを書くから。

私がメールや手紙を出すときは
ちゃんと背筋を伸ばして、その人のこと考えて
ピンポイントで言葉を探す。
どっかできいたような適当な流れの言葉じゃなくて
自分の気持ちをちゃんと閉じ込めたリズムと
言葉の選択をする。

70億人の人がいる中で
出会えた奇跡に感謝するのに
ちょっと時間をかけて
今の自分をちゃんと表現する手間を
厭う理由はない。
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by miomiomiomion | 2012-01-10 21:28 | 楽しく生きる

今そしてこれから

Hereafterを観る

つかみのリアルな津波映像が「時期的にふさわしくない」と
問題になった作品だけれど映画自体はとてもいい。
「Hereafter」には来世という意味があるのだけれど
この映画が焦点をあてるのはあくまで「今」。
津波だけじゃなくて、サイキックとか死後の世界とかドラック中毒とか
ドラマチックな要素が詰め込まれているのに、
ハリウッド的なうるささや派手さがないのが
クリント・イーストウッドの職人芸のなせる業。

マット・デーモンは相変わらずマッチョだけれど
このフランス映画よろしい静かな展開にすんなりと居場所を見出している。
いい役者だと思う。私のタイプではないけれど(←誰も聞いていない)
クリント映画の指定席のマット以外も、主人公のフランス人の女の人も
その彼氏も、性格が正反対の双子も、料理クラスの先生も生徒も
ラブストーリーの相手ですらも、「普通で」「となりにいそうな」
いい意味で全然キャラが突出していないリアルな人物の存在感。

そんなリアルなストーリー展開で語られるのは
迷いや、悲しみや、苦しみを内包しながら
期待や、気づきや愛に突き動かされていく巡りめぐり行く人生の妙。
人生は一方方向に進んでいくのではなく
上にあがり、下にさがり、いろんな「偶然」を積み重ねていって
運命の流れに巻き込まれていく。
ただ、決して真っ暗なだけではなくて
光が差し、出会いがあり、その出会いがもたらす
人智を超えた何かがある。

このラブ・ストーリーを予感させる最後の終わり方がまた
フランス映画っぽくてよいんだなぁ。SubtleでEloquentで。
完全無欠なハッピーエンドではなくて
一人一人の主人公が、
自分で感じた問いに自分で答えをみつけて
答えをみつける過程で、
複数の時間軸が絶妙に絡まっていく映画らしい映画。

それにしてもクリント・イーストウッドの守備範囲の広さと
産み出すストーリーの質の高さには脱帽である。
硫黄島からの手紙、チェンジリングやInvictusのもつ
歴史や社会的なテーマのもつ重厚感や熱さのある映画、
週末には友達の家でBirdをみたのだけれど
それはJazzの伝説のサクソフォン奏者の生涯を描いたものだった。
80過ぎて尚精力的に映画の世界で作品を生み出す
バイタリティとプロフェッショナリズムに
心から敬意を表したい。

いやー映画って本当にいいものですねぇ、だ。
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①Hereafter(今年初の映画)★★★★★
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by miomiomiomion | 2012-01-08 20:25 | 映画評

風邪退治

うちのオフィスのドナーリレーションズの女の子が熱っぽい。
うちのオフィスのM&Eのドイツ人が咳っぽい。
仲良しのPublic Infomationの女の子も風邪っぽい。
同じユニットのラオ人もだるいという。

確かに今日ちょっと寒かったんだよね。
朝バイクに乗ったときにあれ?と思ったんだけれど
お日様も出てるし、ま、いっかと袖なしのまま来てしまったら
やっぱり寒かった。

・・・で、オフィスにきたら、そんな感じで風邪流行の兆し。
私も午後からくしゃみは出るし、寒気はするし、鼻が流れる
トレンドに大合流。

やばい!風邪だ~

ココ一年まともに風邪をひいてないから
ここでやられるとどどーんときそう。

夜、さくさくっと帰って
まずはとりあえずビタミンCと思って
小さなみかんを10個(ラオスのみかんは本当に小さいのです。親指で
作るわっかに入るサイズ)
ブラッドオレンジジュース500ミリをがぶのみして

①にんにく
②しょうが
③豆腐
④菜っ葉(庭から取ってくる)
⑤ねぎ(庭からとってくる)
⑥ごま
⑦たまねぎ
⑧唐辛子
⑨じゃがいも
⑩にんじん
⑪たまご

でチャーハンを作り、
お味噌汁を飲んで、
葛根湯を飲んで、←これ、効くよ

汗をかかなきゃ!というので
ラベンダーのアロマオイルをお風呂にいれて
熱いお湯につかり、
9時半に就寝。早っ

で朝にはちゃんと復活。
自分でいうのもなんだけどすごい回復力。

久しぶりにアロマテラピーの本を読む。
Tea treeのオイルがなくなってたのだけれど
ラベンダーのオイルも風邪の初期には有効で
アロマオイルはバクテリアを殺す、と書いてある。

確かにラベンダー風呂につかりながら
じんわりと汗をかき、
綿のやわらかいパジャマをきて
寝ると、体回復~な感じするよね。

体力をつけとくと
多少ウイルスやらバクテリアが入っても
ビタミンCと具沢山のチャーハンとラベンダーオイルでどうにかなる。

今度日本に帰ったらまた葛根湯を買わなきゃだわ。
いつも大きな箱を買うのだけれど
いろんな風邪気味の人に気前よく配るもんだから
最後までもったためしがない。

もう葛根湯がないので、風邪がひけません・・・
走り始めるのは来週からにしよう!
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by miomiomiomion | 2012-01-06 22:14 | 衣食住

人生100のリスト

ずっと前に、それこそ学生時代に
黄色い表紙の「人生100のリスト」というロバート・ハリスの本を読んで、
そのExcitingなアウトローぶりにがつーんときた。
私のオリジナルではないのだけれど、
そんな「人生100のリスト作り」について今日は書こうと思う。

私の記憶のある限りでは、
高校生の時から
「空想日記」というか、「妄想メモ」があって
100ではないまでも
自分の人生でとやりたいことを
箇条書きにしていた話を
前にもブログに書いた気がするし、
私の講演を聞いたことがある人には
「いつものネタ」になるわけだけれど。
で、高校生の時に書いたメモが
実家の押入れから出てきたら
今とあんまり変わらない筆跡で

●世界中を旅する
●人が行かないようなところにいって生活する
●難民キャンプのようなところで働く
とか
●恋人とギリシアに行く

とか書いてある。他にもいろいろあるのだけれど
ほとんど、叶っているかニアミスしている。
実は「国連職員」とも書いてあって
高校時代からそれを狙っていた記憶がなかったので
あれ?と思ったり。(公式には大学2年のルワンダで決めたことにしている話)
「青年海外協力隊」は実現しなかったけれど
協力隊でやりたかったような生活は全部できてる。
難民キャンプで仕事もしているし、恋人とギリシアにも行ってる。
おそるべき妄想リスト。

で、何をいいたいかというと

自分のやりたいことを箇条書きにすると
夢が現実に一歩近づく、ということ。

新年の抱負も
新月の願いも
七夕の短冊でも

人生で何をなしとげたいか、とか
生きる意義とは何かとか
そういうとてつもなく大きい課題にとりかからないで
さくさくさくさくと
頭の中に浮かんだよしなしごとをそこはかとなく
書き出してみる。
でね、書いてみるとわかるけど
100ってなかなか書けないものなのだ。

「生きているうちにやりたいこと」

日本国内北海道から福岡まで
ソマリアでもスーダンでもスリランカでも
高校から大学生、公務員の研修まで
いろんなところでネタふりとして
出す話題なのだけれど、
実際書いてもらうと
10すら書けない人が結構いる。
自分のやりたいこと、できることに
ちょっと意識的に焦点をあててみる。
「大きくなったらなりたいこと」は
小学生だけの課題ではないのだ。
生きている限り、なりたいこと、やりたいことが
あっていい。というか
ないともったいない。

毎日をただ消費するんじゃなくて
創造の機会に変えていくために
自分が何をしたいのかの「メニュー作り」は必須。

飛行機にしてもWWWにしても
ロボットにしてもIphoneにしても
今にしてみれば全然普通のことだけれど
最初に誰かが考えた当初は
「ありえん」ことだったはず。

タイムマシンも、どこでもドアも
不老不死の薬も、宇宙旅行も
今は無理に見えることが
10年後20年後にはもしかして普通になっているかもしれない。

それはいつも誰がそれを「可能」と信じていて
自分のやりたいリストにいれてきたから。

大きなことを成し遂げるとか名前を残すことが重要なのではなくて
自分がこれから生きているうちに何ができるかを
まっすぐ向き合うことが大切なのだと思う。
自分が大きな発明をしなくて
自分の人生で「これをやりたい」という目標を明確に設定するのは
とっても健康的で、建設的なこと。
で、なによりそれはとても楽しい作業なのだ。

昨日、そんな話をランチのピザを食べながら
「将来やりたいことがわからないのよ」という若き友人たちとしていて
今日そのうちの1人が

「100のリスト作ってみた、そしたら73しか書けなかったけれど
そのほとんどが自分の国じゃできないってことがよくわかった!」
と嬉々として報告してくれた。

そうそう、私も経てきたこのプロセス。
人生にいろいろ迷いがある中で周りに圧倒されてしまうことなく、
自分の足元を少しずつ固めていくために
自分のやりたいこと100個書いてみるのはとっても有効。

で、私の2012のやりたいこと。100のうち30は今年じゃないこと
(自分の家を持つとか、島を手に入れる、とか)
70は今年でもいいこと。
スペイン語とかずーっとPendingなのはちょっとおいといて(笑)

①着物の着付けを習う+着物を手に入れる
②車の運転ができる
③エクセルマスターになる
④公の場で歌って拍手喝采を受ける
⑤ハーフマラソン2時間切る
⑥ラオス語
⑦50冊の本を読む
⑧NutritionかLeadershipのトレーニングを受ける
⑨病気をしない、病院にいかない
⑩本か写真集を出す

人生でなにがやりたいかわからなくても

行きたいどこか
心をそそる何か
ワクワク感じること

小さな毎日のことにフォーカスをする。
それを積み重ねていくと
自分は旅をして、いろんな人に出会う人生が送りたいのか
それとも好きな人と、一箇所に落ち着いて、
自分の好きなことをとことん追求する生き方がしたいのか
石から仏を削りだすように、
少しずつ見えてくるのです。

あ、ちなみに100のうち、2つ叶いました。
ひとつはBBQセットを庭において友達を呼ぶ(←ただのショッピングリスト)
ひとつは、前から友達になりたかった人と新年のパーティでちゃんと友達になったこと。
あ、全然色気がらみではありませんので、さらっと流して可(笑)

というわけで、2012年はちょっとAttentiveに生きてみようと思っているワタクシ。
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by miomiomiomion | 2012-01-05 21:41 | 楽しく生きる

国境の南、太陽の西

Haruki Murakamiの静謐な世界観、
人間的なのに体温の感じない隠微なロマンティシズムが
英語でもそっくり展開される一冊。

チェンマイの古本屋で買った

South of the border, West of the sun(国境の南、太陽の西)

大掃除をしようと思った年末に、一気に読んでしまった
2011年最後の本。

村上春樹の本を読んで感じるのは
私の生きている今の世界との間にある薄い膜の存在。
決して嫌いではないのだけれど
私は村上春樹が描写するような生活をしていないし、
こういう感情はもてないなーという
距離感を感じながら、いつも読む。
ノルウェイの森がそうだったように、
海辺のカフカがそうだったように。
距離感があるのに、本を閉じる気にならないのは
村上春樹の文章の流れるような美しさとまとう空気の静けさ。
人物の感情の流れもわざとらしさがない。
展開は奇妙奇天烈だったりするのだけれど
ぐんぐん引き込まれ、
うんうんとうなずきながらページを繰る。

登場してくる人物像は「平凡」で
近くにいるようで、でも膜を隔てた向こう側にいる。
前向きとかポジティブとか生命力があふれる生き様と対極にある
やるせなさとか、罪の意識とか、孤独感とかを抱えていて
そして繊細である。
等身大なのに、共感を呼び起こすというよりは
どこか他の世界のできごとに感じてしまうのは
私が幸せだからなのかもしれない。

で、ふと考えさせられるのが「幸せってなんだ」という
原始的な問い。
村上春樹の文章に出てくる人物には圧倒的な幸福感を持った人がいない。
彼女がいても、仕事がしごく順調でも、いい家族がいても
どこか足りないものを抱え、昔の記憶を反芻し、
今を静かに消費していく。

この本に出てくる主な登場人物は1人の男と3人の女。
不幸な人と見かけは幸せだけれど、その幸せが永遠に続かないことにきがついている人と
ずっと不幸で圧倒的な幸せを一瞬感じてでもまた元に戻る人。
いや、もしかしてその不幸とか幸福も読者が勝手にラベルつけするだけで
本人がどう感じているかなんてわからない。
そのハザマで右往左往する主人公のハジメも、右にいっても左にいっても
周りの人を全て幸福にすることができないし、自分が幸福になるかもわからない。

結局、私たちが自分で「幸せ」と信じているものは幻想にすぎないのかもしれない。
そしてその信じていた幸せが小さなヒビ割れから、どんどん大きくなることって
誰にもあるのだろう、とそういう小さな恐怖感を投げかける。
大きな声ではなくて、ささやくように。

死と隣合わせにあるのにウェットさがなくて
幸せなのに、ばら色な感覚もなくて
静かに生きる登場人物は
無駄な雑音に身をまかせて楽しい振りをする人たちよりも
私に近い気がする。
でも、膜を隔てた向こう側なんだけれどね。

ハッピーな読後感がないけれど
ああ小説を読んだなぁという
ふっと非現実から戻る感覚を感じるのは
本を読むひとつの醍醐味でもあるわけで。

2012年はいろいろ本を読もうと思う。
2011年は現実にかまけていて
現実逃避する時間があまりなかったから。
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by miomiomiomion | 2012-01-03 23:23 | みおの本棚
年末はパーティー三昧。
30、31日と1日
おうちに帰らない日々。
2日は我が家でBBQ(女の子限定)
念願だった「自分の庭でハンモック&BBQ」達成。
幸先のよい滑り出し。

同僚はほとんど国外(自分の国に帰るかホリデーか)だったのだけれど
一人仲のよいフィンランド人の友達が残っていて
ラオ銀行マンの忘年会(結構なイケメン揃い)とか
フランス人コミュニティーのダンスパーティとか
ラオのハイソな人の超大豪邸でディナーとか
ファンクバンドの面々のパーティとか
長期旅行中の若い人々とかに混じって
相当飲んで踊りました。
こういうところだと友達と行っても相当いろんな新しい人とも会うわけで
あとになって誰だかわからない謎の電話番号多数。

世の中をどうやってよく変えていくかみたいな硬派な話題から
Kポップは陰謀だとかラオとタイの繊細な関係とか
2012年の抱負とか2011年のやばかったこととか
ガンガンな音楽が流れるなか会話も楽しむのです。
クラブで出会う人が全部軟派なわけじゃなくて
こういうところで会って、
あとでゆっくり会話したいなと思う人もいますからね。

で、一人自分アンテナ→ピン!なダンスのうまい
笑顔の素敵な男性がいたんですが
で、電話番号も交換したんですが
次の日、その電話番号からかかってきて
コーヒーに行ったら、別の人でした。
なんですか、このミステリーな展開は!
ま、楽しかったからいいんだけれどね、コーヒーの人も。

こういうところで知り合って電話番号もらった人に、
自分からは電話をしないのが信条のワタクシとしては
着信のあったわけのわからん電話番号を一からかけたくないし
まぁ待つわ、でいいわけですが。
やーもしかしてあれって幻だった?的な感あり。

「You are such a party girl」と言われましたが
そりゃ、ちやほやされればウキウキはしますし
ビートが流れれば、体も心も躍りますが
昔からパーティガールじゃないし
今もパーティガールじゃないし、
これからもパーティガールにはなりませんが、
ってか、その前にそもそもガールじゃないだろ、といわれそうですが
そこはポイントではありません。
「I am just an ordinal girl who loves party in the right time」なのです。
だってね、こういう"Right occasion"に新しい人とどんと会って
すごい勢いで会話を展開して、
もしかしたらこれからすっごく仲良くなれるかもしれなくて
狭い意味の男女の出会いということじゃなくて
もっと広い意味で自分の世界が確実に広がるチャンスなわけ。
だって、日常生活オフィスと家とヨガとジムを往復していたら
毛色の似た人には会うし、まぁ日常生活支障のない友達はできますが
たとえばブルースが世界に与えた意義について力説する人とか
お父さんが禅僧で自分はヒッピーな人とか
ラオの田舎から出てきてビエンチャンでバンカーやっている若者とかと
友達になることはあんまりありませんからね。
人生一期一会なんですが、それが無限大につながれるのが
21世紀のよさ。

友達を世界中に作る!とか中学生の卒業アルバムに書いたはずですが
確かにこの10年で世界中に面白い友達ができた。で、過去形じゃなくて
今もすごくアクティブにつながっているし、広がっている私の財産。
でも、これからも数を追求するんじゃなくて
質の面で、自分を変革しうる出会いを大切にしたいと思う。
で、自分を支えてくれる昔からの友達も大切にしたい。

というわけで、楽しい年末でした。
小学生みたいな感想ですみません。
ガンガンに音楽流れるところで酒の力に負けないように
たくさんしゃべったので、脳みそが筋肉痛。

追伸:
先月日本に帰国した船仲間のプーさんにもらった
日本の(ツムラの)「酔わない薬」すごいです。
「私の血はラオラオ(かウオッカ)でできているの」ってくらい飲んで
(しかも三日連続で)全く二日酔いになりませんでした。これ、なんていう薬だろ。
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by miomiomiomion | 2012-01-02 17:26 | ワタクシゴト