世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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できる人の極意

Impossible is not a fact, but an opinion

ムハマド・アリの言葉だっていうんだけど、
いいね、シンプルで力強くて。

不可能って(思うのは勝手だが)おまえの意見であって、事実じゃないぜ。

不可能という文字は辞書に載ってない、というより、なんかこっちのほうが
ストレートにぐっとくる。ま、ムハマド・アリだしパンチないと。

ということで、不可能論議。
できる人は、やる人。これに尽きる。
文句とかできない理由を並べないで、やる。

怖いこととか嫌なことって確かにあるけれど、
食わず嫌いなことが結構ある。

昆虫を食べる→きゃーありえない!とか
バンジージャンプする→怖すぎ!やらん!とか
山登り→めんどくさい!疲れるの嫌!とか

ま、これだけ選択肢があって、選べる恵まれた環境にいる私たちですから
別になんでもたくさんやればいい、ってわけじゃないのは事実。
人生経験って別に数じゃなくて、心の傾け具合と心の響き具合だから
海外たくさんいってりゃー、視野が広がるってわけでもないし
恋愛たくさんしたから、男心がわかるってわけでもない。

だから、「面白そう!」とか「なんかやってみたい!」という
最初の「!」がないことを無理やりやる必要はないんだけれど、
なんていうか、この最初の「面白そう!」のアンテナが動いて
すぐできるのが若さの特権。
大人になると「面白そう!」と思っても、頭がブロックする方向に働くことが多いしね。
守るものができちゃうと、どうしても跳躍力が鈍る。
あーでも仕事が!とか、あーでも家族がとか。あーでも年だし、とか。
若さってのは別にいくつまでという年齢の問題じゃなくて心のもちようね。
「これやりたい!やろう!」と思ううちは青春時代は延長されるの。

私の友人で、若いうちから海外経験をしっかり積んで
NGOでも国連でも働いて、でもキャリアをぽんと捨てて
アメリカの大学でお医者さんになるために勉強してる
ちょっと年下の男の子がいるんだけれど
彼の話を聞くために、いやー年じゃないなー情熱があれば
できないことないなーと思う。

やってみて嫌いだったらやらなければいいだけで
でもやってみてなんか心に残ることが人間の底力をあげていく。

12年前にタンザニアのど田舎で5人と共同生活したときに
そのうちイギリス人の男の子が、いっつもママからチョコレート送ってもらって、
金銭感覚とか考え方とか、なんていうか「Hard enough」じゃなくて
郷に入りては完全に郷になるタイプの私とは結構ぶつかったんだけれど
彼が10ヶ月終わっていったのは「It was fun, but this kind life is not for me」
(楽しかった、けどこういうのはもういいや)
で、あ、それはそれで10ヶ月の気づきなんだなって思ったんだな。
彼は今ロンドンで不動産業についてて、ぱりっとスーツを着こなして
なかなかかっこいい大人になっていたりするんだけど
あーアフリカ楽しかった、って今も言っている。でもそんなんでいいと思うの。
学生時代にアフリカ経験した人がみんな協力隊になって、
そのあと開発業界入る、ってのも不自然だし、それじゃ社会まわんないし
ママになって子育てに生かすのも、
先生になって生徒をInspireするも
芸術家になって自己表現の糧にするもあり。
でもね、周りをみていて思うのは
「こいつ、面白いな」とか「やるな」と思う人って
時間とエネルギーのあった若い時分に、やりたいことをやれている人。
あーできない、とかめんどくさいとか言わない人。
で、不可能って大きく考えるからうおーと圧倒されちゃうんであって
細かくわけると結構できるような気がする不思議。
6千万貯めるっていうんじゃなくて
500円玉貯金コツコツしていくノリで
人生経験を構築していく。

で、こりゃ無理だろーと思っていたバンジージャンプもやってみると
「恐怖を克服したぞ!」な自信になるし
(2回やってるから、3回目は世界一、ってのをやってみたい)
最初10キロでゼイゼイいってたのがハーフ走ってみたら10キロなんて余裕になるし
で、目標をフルで定めたらたぶんハーフってそこまできつく感じられないんじゃないかと思う。
虫を食べて、人生にどう働きかけたかってのはわからないけれど
笑い話のネタのストックにはなってる。

人間の限界は、「自分が定める」境界線ですからね。

ということで、やりたいかも、と思っていることはやりましょう。
計画たてて、お金ためて、必要ならトレーニングして

時間がない
お金がない
一緒に行く人がいない

とかその辺はどうにかなります。
予定がたてて、一個一個クリアにしていくだけ。
私の「人生でやりたい100のリスト」には
宇宙旅行入ってますが、
これもここ15年くらいでどうにかなりそうだよね。
ペプシからコカコーラだかの
宇宙旅行招待ってどうなったのかしらん。

やりたいことで、のばしのばしになっていること、ありますか?
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by miomiomiomion | 2012-06-28 13:12 | 楽しく生きる

書くことの効能

書くことのよいところ。

①脳みそが整理できる
②考える、しゃべるスピードをいったん留保して、消化する時間がある
(から考えがはっきりする)
③残る

交換日記、読書感想文、手紙、ジャーナルから、国語の課題から
小論文からエッセイまで
私たちは普通の学校教育期間に
ずいぶん書く訓練をしている。

昔だったらニュースレターみたいな紙媒体で大量にコピーして
送っていたような文書が
今はメーリングリストやらブログやらFacebookで
瞬時に世界に向けて発信できるようになった。が、

クオリティがあがったかどうかは全く別問題

逆にどうでもいいつぶやきが垂れ流されることで
垂れ流す時間もエネルギーも消費されるし
読む時間もエネルギーも消滅して
一番まずいのは
そのまずさになかなか気がつかない、ってことだと思う。

ネットをだらだらサーフィンしてて気がついたら3時間経ってた!
みたいなことってないことじゃないんだけれど、
その3時間って大層な時間なんだよね。
語学やってれば5年間で違う言葉がしゃべれるようになってたかもしれないし、
トレーニングしていれば、生活習慣病にもならないし、
いい本読んでれば、自分の血肉になるような真実や考え方に出会えたかもしれない。
誰かにあってコーヒー飲んでたら、考えたことのなかった視点で面白い
議論ができたかもしれない。

いや、ネットにだってそういうことないわけじゃないんだけれど
雑音が多すぎて、なかなか狙いをt的確に定めていないと
結局は情報洪水の中でアップアップして終わってしまい、
その無為さに気がつかないでなんとなく時間だけ消えて
なんとなく自分は向上しないまま年だけとっている。
これって相当、怖いことでないか?

日本のメディアの切り方って最近(もしかして前からそうなのかもしれないけれど)
絶対変だから。

入れ墨の有無より、淫行教師が絶え間なくいるほうがが問題だと思うし
年金をごまかしたどうでもいい芸人より、年金の記録って結局どうなったのかが知りたいし
小沢さんが新党を作るかどうかより、福田衣里子が反対票いれたがどうかより
結局民主党って、全然マニフェストにないことをやっちゃったってことだよね、
ってことと日本国民はこれからどうしたいのかということが重要だと思うし、
さしこがHKT48に行くのとか塩谷なんとかが二股したとかその料理人の作る料理が変とか
日本のネットのトップニュースで大きく出てくることが
重要でないことが多すぎる。

考えるねた元のクオリティがこれだけれど
決して日本がもともと持っているよさが低下しているわけではない。
友人・知人人の文章を読んで、面白いなーと思うことは多いし
新しい視点をもらうことも多い。
でもね、それはちゃんと「伝える努力」をしないとだめなんだよね。
生みの苦しみ、というのを味わわないと到達できないことは多い。
文章書いていても、あー自分のいいたいことはこんなんじゃない!という
昔だったらレポート用紙をむしりとってくしゃくしゃに丸めてゴミ箱にポン、
今だったら、反転させて一気にカット、という
そういう「もどかしさ」を超えて、難しさを理解すべく、人にわかりやすく説明するために
執拗に思考を伸ばして、噛み砕いて
丸めて、ひっぱって、おいといて、冷蔵庫にいれて、叩いて
という情報、思考との格闘がないと
人間の脳って退化してしまうと思うのよ、正直な話。

今をときめく(ってこの言い方死語だな)アイドルのブログをみても
ファッションチェックと食べたものと事実の羅列
膨大な量の絵文字と写真だけで
「楽しく生きてるな」ってのがわかるけれど
心の奥にはなんにも残らない。
アイドルじゃなくて、たとえばアグネス・チャンなんかも
この前みてびっくりしちゃったのだけれど、
せっかく言いたいことがいろいろあるであろうのに
こんなレベル?!ってくらいただかわいいだけで終わってしまってる。
かわいい、が売りじゃない人がかわいいだけの浅い思考で終わる愚。
がっかりだなー。

なんどもブログで書いてることだけれど
大人になって絵文字や顔文字で自分を表現するなんて気味が悪い。
使うなとは言わないけれど(いや、私だって使わないわけじゃないし)
顔文字の含有量と内容の質ってある意味反比例すると思う。
どうでもいい内容を毎行顔文字でごまかして終わらないで
3行でいいから、心につきささったことを教えて欲しい、
と私は思うんだけど。

今日もハッピー056.gif056.gif056.gif
ときめ顔写真で

で終わっていいのはアイドルだけ。しかも、こういう人は旬が短い。

どうでもいい情報と、どうでもいいつぶやきで一日が終わらないように、
戦略的に情報収集すること、
それからきちんと自分の頭を使って考えること、そしてそれを残す。
大切よ~。

5年たって10年たって
おお、自分はこんなこと考えてたか!と感じられる
自分の旬を残した言葉を残しておきたい。
間違ってたって、青くたってそりゃいいんだよ、
私の10年前の日記とか、焼いて処分しないとまずい青さレベル全開だし。
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by miomiomiomion | 2012-06-27 13:49

覚醒

ひょーえー
なんですか、前回ブログ書いたの、5月7日?!
もう実に一ヶ月半以上、沈黙を守ってきたってわけですな。
実在の世界とFBで十分自分の「自己主張欲」が満たされているので
ちゃんと起承転結が求められる(←今までそうしてきたかは別問題)
ブログは放置プレーになってました。別にあやまることでもないけど、すみません。

心をいれかえて、ブログをまたはじめようと思います。
ってのもね、FBって便利なんだけど、あのUpdateはただの一発芸であって、
やっぱり「思考」を伝えるには不十分なんですよ。
女子高生のお弁当箱に、フルコース詰めるような不自然さ。

ツイッターが一品料理だとしたら
FBはお弁当で、
ブログは3コースミール。

お弁当もそれはそれで栄養や彩を考えたりできるもんですが
やっぱり自分が長期的に見て、やったり、考えたりしてることって
3コースミールで料理していかないとどうしても消化不良になるなって思ったところ。
もともと英語をしゃべる友人対象だったFBにどんどん日本人の友人が入ってきて
MIXIに勢いがなくなってるから、2ヶ国語使いになりつつある。
だから、
FB→日々の一発芸的思考
ブログ→人生の深遠な思考
という使い分けにしようと思います。深遠っつったって、
私のブログは軽妙でさりげなくぐっときてはっとする、が売りなので
読みやすくて流れる文章を目指して
写真もやりたいし、英語の発表場も作りたいし、
いろいろアイデアが浮かんでは消えてはまた突然出現して
毎日忙しいですが、とにかく
またブログ復活しますんでよろしくお願いします。

で、この沈黙の一ヶ月半ですが
いろいろしぼりだしてみたんですが
たいした大ニュースはありません。
こうやって無意識に流れて生きちゃうと
ほんとあっというまに「なんにもしないで」年とりそうで怖いです。

この1ヶ月の成果、現状など(順不同)

①車の運転になれつつある
②ルアンパパンにいった
③東亜船の友達が来た
④12月にフルマラソンを走ることにした
⑤猫を拾った 
⑥家にホームシアターとLEDのテレビを設置した
⑦Wii fit、Music Fitを毎日やっている(体調すこぶるよし)
⑧ラオ語のレッスンを始めた

というわけで、改めてよろしくお願いいたします。                                     
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by miomiomiomion | 2012-06-26 19:35 | ワタクシゴト