世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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非日常の穴

旅に出たら、
やっぱりそこの空気を吸わなきゃ。
そこのごはんを食べなきゃ。
自然につつまれなきゃ。

買い物も楽しいし、
おしゃれなレストランもいいけれど
「○○しなきゃ!」じゃない
ぶらぶら~の町歩きで
五感の窓を大きく開ける。

写真集なんかだと超幻想的に写っている托鉢が
実際は某国の派手派手でうるさい旅行者が「托鉢経験」すべく
並んで、全然遠慮のない西洋人の若者が至近距離で大きなカメラをむけてたり
ケニアのサファリで、えさに群がるライオンに群がる旅行者(とその車)を彷彿とさせる
光景が繰り広げられていたり。

素敵な、ワクワクする、楽しい、
そういうプラスなことばっかりじゃなくて
その向かいあわせになる闇と沼にも目をむけてみる。
「発展途上国の子どもの瞳に先進国の子どもがなくした光をみた」みたいな
使い古しの台詞じゃなくて、子どもの瞳の中にふかーいマンホールみたいなものをみたり
きらっきらに光ってる割に虫を虐待していたり、
現実の容赦なさに、圧倒され、苦笑して、びっくりして、うなずかしてもらう、
ってのが町歩きの醍醐味だ。
なんかを探して、確認して写真を撮る、ってのが旅行なんじゃない。
非日常の穴を覗いてみて、普段考えないことに頭と心を動かしてみるのが
私の旅の大きな目的だ。

よいことも、悪いことも、すごいことも、ごったまぜ。
感想は準備しておかないで、現地で料理する。
食べたことないものも食べてみる。
あ、でもさすがにこの断末魔の叫びのようなコウモリは無理でしたが・・・
あとねーラオ語のスキルをあげないと
「どうやって食べるのですか」とか「これはなんですか」は聞けても
答えがわかんないw

無念~

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彼らもさぞかし無念だろう・・・

お口直しにこんなお写真を☆

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# by miomiomiomion | 2012-03-24 23:50 | 料理する

旅の味

昔から、新しい刺激を受けるのが好きで
行ったことないことをするのが好きで
やったことないことをやるのが好きで

旅好き

を自認していたのだけれど、趣向が変わってきた。
自分が変われば、視点が広がれば、心に響くものも変わってきて当然なわけで。

今も新しいところにいくのはワクワクするけれど、
がっつり朝からイベントを詰め込まないで
ちゃんと途中でビールを飲む時間を入れたい。
新しい出会いを拒絶しないけれど
最初っから出会いを期待しない。
むしろ自分と肌の馴染む人と一緒に同じ景色をみたい。
その人がすんごい超大親友っていうんじゃなくていいの、
あ、この人のこと知りたいなと思えればそれでいい。
無理せず、無茶せず、でも自分の視点と違う視点をゆっくりと混ぜ合わせる。
二人いると見える景色が
三人いるとそこの空気が
変わってくる。
大勢でわいわい大騒ぎするのよりは
少人数で、企画をゆっくり作りながら楽しめるのが理想。

昨年はそういう旅が多かった。
1ヶ月半のアフリカも
ヨーロッパの旅も
クリスマスのマラソンも
今年の最初のマレーシアも
ふっと途中で一人になることはあっても
きれいな景色を見るときは、
何か面白いことをやるときは、ワクワクできる誰かと一緒にいたかった。
学生時代の友人や、昔の旅先のゲストハウスで仲良くなった人や
元の職場の人や、ボランティア時代の友達なんかもいて
知り合った期間も、2年越し、5年越し、10年越し
ちょっと前に会ったばっかりという人もいたし(笑)
同僚もいたし、親友もいたし、元彼もいたりして。
なんていうか無理やりタイムトリップするとか
時代の流れにあがくのではなくて
今の自分が、気持ちがいいつながりを旅を通じて広げていきたいな、という
そういう時期。

今回の旅はルアンパパンという世界遺産の小さな寂れてでもポッシュな町で
気仙沼で知り合ったT君と、スリランカ時代の同僚のCさんと。
こうやって、自分の友達を引き合わせるのも楽しいこと。
で、何も接点もないと思ってた二人に共通の知り合いがいたりして
世界は私たちが思っているのより、ずーっと深くて面白いのだ。

旅のレポートはまた改めて。

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# by miomiomiomion | 2012-03-23 20:11 | 旅の記録

一年後の今、思うこと

2011.3.11 は多くの人の人生を変えた。

私は当時ソマリアにいて飛び込んできた同僚にせかされてみた
CNNの映像を見て言葉を失った。町が津波に飲み込まれていくその映像が
何度も何度も繰り返された。その後、日本で3ヶ月ほど緊急支援をするために
出向したのだが、今でも「もっとできたんじゃないか」と自問することが何度もある。

3月11日は過去になったが、終わったわけではない。
多くの友人がそこに残り仕事をしているし、見つかっていない人もまだたくさんいる、
福島のことだってある。私はまたもとの仕事に戻って日本から離れてしまったが、
震災前の私とは同じではない。自分が大切にしていたものや
人がこんなにもいきなりなくなってしまうことがあること、昨日あったものが今日ないこと。
人生は当たり前のように流れていても、限りがあることを
私たちのどれくらいが気がついていただろう?
緊急援助・復興支援を専門で、世界の紛争地や被災地を転々としてきた私でも、
こんなに重量感をもって人生のはかなさを感じたことはなかったように思う。

明日もし自分の人生が終わっても後悔しない生き方をしているか。
自分の愛する人にちゃんと愛を伝えているか?
日本にいる間、たくさん涙したし、笑いもしたし(それが人生の妙だ)
特に気仙沼にいる間にたくさんの素敵な人と仕事ができたことは本当に幸運だった。
町は壊滅状態だったけれど、そんな彼らを通して、
私は日本の将来に光と希望を感じることができたんだ。
良心、勇気そして行動を通して、日本は立ち上がった。
今メディアから伝え聞く日本のそれは震災後のそれとは全く違う。
正直に、日本人に生まれてよかったと思うし、
私も日本クオリティに恥じない立派な日本人でありたいと思う。
世界に出ても、私はちゃんと日本人であり続ける。

日本だけではなく世界中から違ったスキルや思想、年代と
やりたいことをもったたくさんの人たちがきて、
そして現地の人たちの強さにあって、今までの生き方を私も見直したのだ。
そういう意味でこの震災は私を変えた、と言えると思う。

出会えた人たちに、出会ってないけれどがんばっている人たちに
レスペクトと感謝と愛を。
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# by miomiomiomion | 2012-03-11 03:16 | ワタクシゴト

雨の土曜日に

雨が好きだ。
それもしとしと降る梅雨みたいのとか
ニュアンスのあるパリみたいなんじゃなくて
アジア、アフリカの天から滝が落ちてくるような豪雨が好き。

豪雨のときにバイクで通勤というのは苦痛だけれど
今日みたいにまるまる一日特に外に出る用事がなくて
大きな窓の外には、心をがしがし洗い流すような大雨が降ってるとき、
私は一日の始まりがとっても素敵なものになる予感がする。
晴れの日のワクワク感とはまた違った、ゾクゾク感とでもいうかな。

ラオスにきてこのうちを借りる決め手になったのが大きな窓とメコン川。
おうちの中から、大スクリーンの窓にうつる豪雨と雄大なメコン川をみると
映画のなかにいる気分になってくる。ストーリーのない、自然の猛威。
そこになすすべもなく立ち尽くす(実際は座っていても)自分。

濃紅のブーゲンビリアが雨に打たれている様子ははっとするほど美しいし、
屋根に規則正しく落ちる雨音はまるで今日のために用意されたBGMのよう。

ゆっくりバスタブにお湯をためて、雨音を聞きながら、読書をする。
バスタブで本を読むと、ふっと「冷静と情熱のあいだ」の主人公の美しい女の人を
思い出す。彼女はいっつもお風呂にはいっていた。(映画は覚えてないけれど
原作の本では、彼女はお風呂でよく読書をしていたのだ)

外が大雨+バスタブ+読書、たまにグラスワイン(←これは夜)
もしくは雨+キャンドル+ラベンダーのオイル+顔パック

それだけで人生のグレードがワンランクアップする(気がする)のが大雨の効用。

雨降って固まるのは、地だけじゃないのだ。
気持ちが流れたあとに、残るのはさあまたがんばろうという上向きの精神。

今週は久しぶりーに外出しないでゆっくりする。
朝風呂+読書もそうだし、昨日のBBQの後始末をして、
きのことチーズとたまねぎのホットサンドを作って
昼はそうめんを作って
夜はえびを解凍してパエリアを作った(つもりがただの炊き込みご飯であった)
雑誌を読んで、次の休暇でやるべきことのリストアップをし、
来週の予定を見直して、
ちょっとだけ友達とスカイプして、
最近日課になってる筋トレとダンベルと、ラオス語。

スケジュールに☆をつけたくなるようなスペシャルイベントがなくても
いやないからこそ、自分の巣に戻って、ふーっと息をはきだす時間にする。
明日は3月11日、東日本大震災からまるまる一年だ。

ゆっくり内省する日を作ろう。
雑念も雑音もゆっくり噛み砕いて
今の自分に向き合う時間があると
自分の根っこが太くなってくる。
広げなくちゃいけないのは、視野と翼ばかりではないんだな。

雨が降る週末は、自分の根っこを育てる日。
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# by miomiomiomion | 2012-03-10 08:02 | 衣食住

国際婦人の日らしい

ね、ね、International Women's dayって昔からあったっけ?
少なくても私が小学校の時とか高校とか、いや大学院の時も
「国際婦人の日」なんて祝ったためしもないし、存在も知らなかったよ。

なんか女性にプレゼントするってわけでもないし
(あ、でも今日同僚からかわいいガーベラをもらった)
なんか特別な食べ物(ちらし寿司とか)を食べるわけでもないし
相撲取りが境内から豆をまくわけでもないし(それは違うイベントだし)
どうもイベントとして確立していない感は否めない。

しかし調べてみたら

Quote

1904年のこの日、ニューヨークの女性労働者たちが女性参政権の運動を起こ
したことを記念するものです。1910年の国際社会主義者会議でこの日を国際
婦人デーとすることが議決され、それが普及しました。日本では1923年のこ
の日にこれを記念した集会が初めて開かれました。

Unquote

し、知らん知らん。そんな歴史のある日だったとは。
国際社会主義者会議(このネーミングもすごい。ソビエトかと思ったら
コペンハーゲンで開催されてた。)でこの日を国際婦人デーとすることが
議決され、それが普及しまし・・・・してるか?してる?してないよね。

国連で働いて9年目になりますが
Awareness campaignの一環かなんかで
近年に設定されたものだと思ってました。ユニセフの手洗いの日、みたいに。
開発に従事するものとして、その認識はまずいのでは。

しかし、この「国際婦人の日」、2006年にスーダンにいたときに
村でイベントをやりまして
ブラをつけたおばさんたちとシーツに「女性と子供を暴力から解放する」という
スローガンを書いて一緒に町を練り歩くという愉快なイベントでしたが
それで、男性の暴力が減ったかどうかは定かでないし、
ソマリアでは女性ばっかり集まって女性がいかに社会進出をするべきかという
集会がありましたが(で私そこでスピーチしたんだよな)
男性はどこ?!って感じでしたから

なんていうかこの婦人デーイベントの
いや、Gender equalityとか女性の社会進出とかは大切よ、
しかしそれをイベントとしてどう効果的に組み込んでいくかというのは
ちゃんとExploreされきれてない気がする。

今年の国連のテーマは

農村婦人の権利と可能性の拡大-飢餓と貧困撲滅を目指して

なんだけど、なんていうか、一般の人にとっては
現実感がわかないだろうなーという遠さがあるし

電子辞書に入っている百科事典の説明の

女性解放と平和のために闘う国際的連帯行動の日。
3月8日に各国で集会やデモ行進が行われる。
国際社会主義労働運動の一環として創設された。

というのも、こうセピア色というか
ブロンズ色というか、白黒映画で早送りのチャップリンがでてきそうな
自分と重ねられる「今」の感覚がない。

ゲーム感覚というかある種の軽さとか華やかさとかCoolさがないと
魑魅魍魎でなんでもありの現代社会では
Stand outするのが難しい。
女性の権利を主張する、という
福島瑞穂とか田嶋陽子的ななうるささじゃなくて
紺野美沙子とかアグネスチャン的な優等模範な感じでもなくて
好きか嫌いかはおいといてとにかく目につくAKB的な
こう、女性っていいもんだよー楽しいよーという
Entertainingなフォーカスをして売ってかないと
女性の日ってのはいつまでも
微妙な立場から抜けないだろうなぁ。
でも下着で踊られてもその「解放」じゃないだろ、という
各方面からのつっこみが出そう。
というか、世界的に「婦人デー」を祝う主軸がない、のが
このイベントの難しさ。
アフリカの農村と、東京のど真ん中と、ヨーロッパの歴史のある町と
女性の立ち居地って違いすぎるからね。

それにしても海の日とか猫の日とか
恵方巻きを食べるとか
知らないうちにいろんなイベントが増えていて
なんかこう時代から取り残されている感をもつ今日この頃。

というわけで、国際婦人の日、おめでとう。
女性のみなさま、立ち上がりましょう。
(適当なまとめ方だなぁ、おい)

過去の国際婦人の日に書いたブログ。2009年はキューバにいてた。なつかしー

2011年3月8日 国際婦人の日(ソマリア)
2008年3月8日 フェミニズムなる宗教?(スーダン)


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# by miomiomiomion | 2012-03-08 21:55 | 社会を斬る
今日は仕事が終わってから
ドイツ映画をドイツ大使館にドイツ人の友達と観にいきました。
で、お約束のビールを飲みながら(ビアラオだけど)
鑑賞したのが

BASTA - C(r)ook

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ドイツ映画って今までノーマークというか、
マレーネ・デートリッヒくらいしか浮かばないけど(How classic!)、
この映画がなかなかカメラワークはいいし、
BGMの選択も絶妙で、
ユーモアも理解の範囲をちょっと押し広げるくらいだし
(Little Britainみたいに完全場外だとちょっと困る)
ちょっとイタリア映画的な雰囲気のある軽快さと
フランス映画的なアンニュイな感じ(女性陣!)と
私のツボにすとーんと入りました。
全然ハッピーエンディングじゃないのにすっきりする不思議な余韻。
人もいっぱい死ぬし、暴力も満載なんだけど、全然陰惨な重量感がないし
ロマンティックなシーンもあるんだけれど、ウェットでない。
いろいろ詰め込んであるのに、おなかいっぱいにならないのは
音楽の選択と役者の巧妙さだなぁ。

ドイツ映画ってもっとどよーんとしているかスクエアな感じかと思ったら
全然違うのね。ま、日本映画が全て小津安二郎なわけじゃないのと一緒だけど。

ハリウッドもボリウッドもみるけれど、私が好きなのは
こういうノーマークで俳優も全然知られてないけれど
独特な世界観をもつ、後味の悪くない映画(”よい”必要は必ずしもなくて)。
自分の普段使わない脳の部分に染み込んでくる様な感覚とか
そうくるか!みたいなでも狙いすぎてない変化球とか
そういうワンダーランドな世界を展開してほしい。
味のある美男美女というか、ザ・オーラが出ている人を見るのも楽しい。

ラオスはまだ映画館がちゃんとなくて隣国タイもまだまだハリウッド大作がメイン。
裏道のくたびれた小さな映画感で珠玉の映画をみたいなぁ。
ニューシネマパラダイスみたいな、プリンスチャールスとか。
日本で言うと早稲田松竹か、で終わったあとで小さい喫茶店でコーヒー飲みながら
映画の感想を言い合うの。くーそういう時間いいなぁ。
そういう映画館、ビエンチャンにもできないかなぁ。

ま、DVDが50円で買えるお国柄なので、映画館はビジネスとして
なりたたなさそう・・・残念~
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# by miomiomiomion | 2012-03-07 22:28 | 映画評
「断捨離」が流行る中、時代に反逆する勢いで
物が増えているワタクシ。
基本化粧しないし、ブランド物ももたないので
イメルダ夫人路線ではありませんが
それでも、物欲なくなんないんだよね。

この10年で10回という年平均一回という
引越しだらけの人生なのと
偏狭地、紛争地での生活が長かったので
同年代の女性に比べたらだいぶ物は少ないと自負していた昔。
ダンボール5箱とかトランク2個とかで人生が集約されていて
それでも全然問題なかった昔。

ものがないならないでそれでも大丈夫なのに、
でもあるところだと欲しくなるのが人間の性。
数年前までテントだったというのに
いまや屋敷ですから
失われた青春時代を取り戻すかのように
結構さくさく買い物している今。
いやさ、お金は貯めるものじゃなくて使うものだし。

先週赤いソファーとダンベルを買った話をしましたが
昨日は鏡をオーダー。
今日はちょっと前に頼んでいたKindle touchがきまして
それから友達と一緒にGalaxy noteを買いに行きました。
ついに、私もスマホデビュー!ヒューヒュー。

携帯電話を携帯しないので有名な(?)私が
携帯電話は電話と必要最低限の携帯メールしかしない私が
なぜ、スマホなのかというもっともな疑問はありますが
いやさ、ちょっと前にGalaxy noteみせてもらったときに
惚れたんだよね、その鮮明な画像と情報の出現の早さに。
使っている友達の情熱のこもったセールストークに乗せられ
(彼は別にSamsungで働いているわけじゃないのだけれど)
あー私も買おう!と躊躇なく思ったわけです。

What's Up使おうとかTwitterまめにアップしようとか思わないし
(Twitter,やっぱり14文字で自分を・社会を的確に表現するの無理!)
写真とってデコデコに飾ってメッセージ書いて誰かに送ろうとも思ってませんが、
とりあえず、ニュース読んだり、日々の思考をメモしたり、
さくっとメールを送ったり、Cookpad検索して料理したり
そういう「できる女」風ツールとして活用したいと思います。
いやさ、持ち物で人の判断はするなとかちょっと前に
書いておいてなんなんだけれど
女の価値があがる!とか言わないけど、
価値はともかく、気持ちはあがるね!
会社提供のちびっこNOKIAでことは足りるんだけれど、
大人としては「ことが足りる」アルファの価値があると嬉しい。
このつるつるのブラックボディーと、がっつり手に収まる男気が素敵☆
物のついでに、自分アップグレードの機会にしてしまいましょう。

そのうちみおガジェット通信とかやるかもしれません・・・・いや、それはないな笑
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# by miomiomiomion | 2012-03-05 23:58 | ワタクシゴト

友達の作り方

かっこいいとかセンスがいいとか頭がいいとかスタイルがいいとか
将来性があるとかそういう条件で見る目を曇らせないで
会話を楽しめるかどうか、がとっても大切だと思うんだな。
人間関係においては。

「婚活パーティに行ったら、名前より先に年収をきかれてびびった」
とかそんなニュースを読むとなんだかなーと思ってしまう。
友達にしても彼氏にしても、好条件→好きになれる
というんじゃなくて、まず本能というか、感覚の部分でぴん!とくるかが肝要だ。

こんなにたくさん人がいても、「おおお!」となんかの自分アンテナが触れる人は特別。
そのアンテナがもってるお金とか肩書きにしか反応しないっていうのはやばい。
物質主義に毒された人間が落ちていく行く末には、上向き成長のスペースがない。
物質的に満たされた生活ができたとしても、動物の部分が切り離された人間が
心が震えるような瞬間にどれだけ立ち会えるのだろうか。
根っこのとれたフラワーアレンジメントみたいに一時はすごくきれいでも
道端に根強く伸びている野の花の美しさと生命力にはかなわない。

ま、そんな序文はよいとして、
今日マッサージにいったら、カップルルームに案内された。
半分裸のラオス人の女性がいて、一瞬ひるんだのだけれど
彼女が「サバイディー」とにこにこしているので
こっちもあいさつをして、隣でマッサージをした。

カップルルームに知らない人同士をいれちゃうのがラオスだなー、なのだ。
日本的な感覚でいうと「え!?」と思ってしまうのだけれど
値段も10分の一くらいだし、日本の常識で「ちょっと!」というのも気が引けるから
こういうときはラオスの風にのってしまう。
BGMが微妙なカラオケだったり、
テラピストのお姉さんたちがマッサージ中におしゃべりしちゃったりするのだけれど
マッサージを受けている彼女も、「あなた日本人っぽくないわね」とか言ってきて
楽しい時間を過ごしたのだ。リラックスーってのとはちょっと違うけどね。

で、今日は7時からルクセンブルグ人の同僚のお別れ会があったのだけれど、
そこでマッサージの彼女と再会。彼女のだんなさんがフランス人で
そのつながりで彼女も呼ばれてたのだけれど、
昼間に一緒にマッサージしただけなのに、(ある意味裸の付き合いである)
なんか十年来の友達のような感覚になってしまう不思議。

アンテナがどう、というわけじゃないのだけれど
最初に「サバイディー」とにこにこ挨拶されたときから
彼女の空気には人をまろやかにさせるものがあって、
パーティでしゃべったら、いろいろ出てくるものがあって楽しかった。
今日のパーティでも知らない人にたくさんあって、
ああ、また会いたいなという人が彼女も含めて3人ほど。
友情もまず「なんかよくわからないけれど、いいじゃん」
な感覚的な感情から始まるんでいい。
会話がどんどん流れるとか、笑いが絶えないとか、終わった後の余韻がいいとか
そういう五感のワクワク感を大切にしたい。

”ネットワーキング”という言葉に私がいらっとしてしまうのは
「価値がある人とつきあう」という計算された感覚。
もちろん、自分にとってプラスな情報をもたらしてくれる人との出会いや、
人脈を広げることが悪いことではないけれど、
「うまみがある」からつきあうんでなくて「楽しい」からつきあう、
というスタンスで私は自分の周りの人間といたいと思う。
自分と違う世界をみてきている人たちとつきあうことで
自分の世界は確実に広がる・深まっていく。

どこでどういう友達ができるかわからないから人生って面白いだなぁと思う。
大人になったら、友達ができないとたまに聞くけれど
それはきっといろんな計算をしすぎるから。
年齢も国籍も信条も仕事も関係なくもっと自分の
「この人と一緒に過ごしたいな」という気持ちに素直になればいいだけ。
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# by miomiomiomion | 2012-03-03 11:37 | お友達

3月は!

2月は出張とデンゲ熱で終わってしまったので
3月はもっと花のある月にする。

生活環境向上とボディ改造月間だ。

3月の目標
①車を手に入れる(え、まだ手に入れてなかったの?って声が聞こえてくるなぁ。
そうです、病後も自転車ライダーです。健康でいいけどね、選択肢がないのが辛いよね)
②家にビックスクリーンのテレビとサウンドシステムを完備する
③本を5冊読む
④友達が来る(これは目標じゃなくて予定ですけど。楽しみ!!)→しっかり企画するぞー
⑤ラオス人の友達ともっと遊ぶ
⑥ラオス語のCD1を完璧に暗記する
⑦筋トレ週3回、Run5キロ週2回、ヨガ週3回。
⑧お菓子を作る
⑨新しいカクテルを3つマスターする
⑩デートする(というか、ちょっと自分をUpさせるお出かけをちゃんとする)
⑪カラオケのレパートリーを3つ増やす
⑫時間管理を向上させる
⑬毎週一つ作ったことのない料理を作る
⑭英語のブログ
⑮映画を5本見る
⑯ウドンに行く(タイ)-シャワーカーテンとシーツと食器
⑰カラオケに行く
⑱Facial、マッサージ、足マッサージ、歯の掃除
⑲Operational Plan、AusAID proposal
⑳ラオ単語100語!

というわけで今日のブログただの自分用メモ。
これを手帳にしっかり書いて、着実にやれば
3月末にはちょっとは進歩しているであろう自分に出会うはず。

いやー本当にねー時間って本当に無情に経っていってしまうから
「3月これだけは!」を自分にちゃんと言い聞かせて
計画表に落としておく。

みなさんも世界中で楽しい3月を過ごせますように!
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# by miomiomiomion | 2012-03-01 20:48 | ワタクシゴト

君の名は

今日、同僚が私の名刺をみて

「あれ、このラオス語版(表が英語で裏がラオな名刺)、ミオ・ノウェになってるよ」

あ、本当だ。今まで全然気がつかなかったけれど
前はちゃんとノゾウェだったんだけれど、←これも微妙っちゃー微妙。
先月から使っている新しい名刺は苗字がノウェになってしまっている。

どこ出身だよ・・・

でもちょっと芸術家っぽくていいけどね、ミオ・ノウェ
なんかシュールな小作品を撮る映像作家っぽい。
もしくは、前衛的なイスをデザインする家具デザイナー。
グレーのピタTシャツ着て、赤いふちの細めがねのミオ・ノウェ。
文字の座りつーか、リズム感はあんまりよくないけど。

今月は3箇所フィールド出張があって、
政府の会合で、だいたい最初にスピーチするんだけれど、
どこでもラオス人の司会者に

「では、次はWFPのプログラムオフィサーのミオ・ノーゾーさんです」とか
「ミオ・ノドさんです」とか
どうも最後のEがぬけるんだわ。
ま、理屈としてはわかるけどで、Eを強調してもらうと
「ミオ・ノゾイエーさん」になってしまう。
君はラッパーか。

そういえば私の苗字はどこでもちゃんと発音されないなぁというブログを
昔書いたと思ったら、4年前の2月であった。

閏年なんで、昔のブログをぱらぱらと読み返してみたが
びっくりするほど今と変わってない。
なんていうか、人間の芯の部分ってのはあんまり変わらないんだなぁと
ちょっと感慨深い。いいんだか、悪いんだか。

2億4千万の瞳ー2009年2月25日のブログ
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# by miomiomiomion | 2012-02-29 19:37 | ワタクシゴト

パスワードはなんだっけ

保険の払い戻しをしようと
実に4年ぶりに保険会社の会員ページに行く。

会員番号は?
メールアドレスは?

・・・で次。
パスワードを入力してください。

パ、パスワード?そんなもの作ったかなー。
適当に入れてみるけど
やっぱり適当だとダメだし。むー。

よくネットショッピングとか
サロンの予約とか
チケット購入とか
無料会員になると1割お得!とか
そういう文句に乗せられて
実はどうでもいいのに会員登録することってあるじゃない?
だいたいそういうときに入力するパスワードって
黄金王道重要パスワード、たとえば銀行の暗証番号とか
クレジットカードのパスワードとかと一緒にするわけにいかないから

そのときの気分で適当なパスワードつけたりするんだけど
これ、あとでなにかの時に必要になると
まず、思い出せないものナンバーワン。

私の場合、あんまり重要度の高くないサイトのパスワードは
その時行きたかった場所の名前か行ってきたばかりのホリデーとか
付き合ってた人のフルネームとか好きだった人の名前だったりしたんだけれど
これ、何年かたつとホリデーも人の名前もごちゃになっちゃってあたったためしがない。
メール関係は特に、おんなじコンピューターずーっと使って
勝手に登録されたままになっていると
たまにどっかにいって公共のコンピューターからログインしたときに
パスワードが全然思い出せなくて焦る。
で、ひたすら都市の名前とか好きだった人の名前とか打ち込んでみるんだけれど
全然あたんなくて、だいたい、都市の名前なら
ともかく好きだったと思われた人の名前とかいろいろ打って
しかもちゃんとログインできないという
自分の人生にダメ出しをしている様な気分になってよろしくない。

で、後から考えたらこれはメールで別送されてきた
MH78US006だった、みたいなオチだったりもして。

ちょっと前に知り合いが銀行のパスワードもアマゾンのパスワードも
ネットのどうでもサイトのパスワードもなんかの会社の暗証番号も

覚えられないから

という恐ろしい理由で全部同じにしていたが
(しかも元彼女の誕生日という比較的ありがちな)
気持ちはわからなくはない。
手帳とかネットとかにパスワードを一覧にしておくほうがいいのかなと
思ったりもするけれど、それはそれで別のセキュリティーリスクが生じるし。

パスワードの管理というのはある意味、自分の人生の管理に通じる気がしなくもない。
いらないパスワードは作らないのが、一番なんだけれど。

クレジットカードもATM降ろす用と買い物用のパスワードが違って
しかも何枚かあって、間違えるとアメリカのクレジット会社は容赦なく
カードを即停止する(セキュリティーのため)から
いつもパスワード入れろ、といわれるとひやひやする私。
ちゃんと自分のなのに、この緊張感は何。
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# by miomiomiomion | 2012-02-28 23:16 | 社会を斬る
健全な精神は健全な肉体に宿るのか、
健全な肉体から健全な精神が生まれるのか、
ま、どっちにしても
肉体と精神の均衡は大切。

体の調子が悪いとやる気でないってことね、
簡単に言うと。

先週の木曜日の血液検査では50以下になったら入院といわれていた
血小板の値が68だったのだけれど、
今日の血液検査では198まで復活。
白血球はもう木曜日から数値が正常化していたので
これで、公式に「デンゲ熱患者」卒業。
3-4週間完全に直るまでかかるよって
脅されていたので実質一週間と2日で元に戻ったってことは
普段の体作りの賜物のような気がしなくもない。
過信と油断は禁物だとしても
ま、週末の時点で、
食欲とやる気のみなぎり方が尋常じゃなかったんで
あーもう、完全復活したなって
感覚としてはあったんだよね。

ま、まだいきなりジムに行ったり、山登ったりはしないけれど
悪いものががーっと出て、エネルギーがぐわーっと充電した感じ。
アーユルベーダのトリートメントなんかもそうだったけど
腸にしてもおなかにしても
一旦リセットして、積もった毒素とか悪いものを熱とか下痢とかと一緒に
外に出してしまう、というのは有効な方法だと思う。

ずるずるずるずる調子が悪さをひきずるよりも
がっつり落ち込んで、あとは復活を待つ。
仕事していると、一週間休みとるの、正直辛いけどね。
(休んでる間はいいけど、出てきてからが・・・)

というわけで、びっくりするほどやる気が消滅していた一週間を経て
今まで生きてきた分の寝不足を解消する勢いで寝たら
また健全というか、生きのいいやる気が生まれてきた。
いいことだけみて、無理やりポジティブなんじゃなくて
自分の足りてないことや不十分なところも素直な気持ちで向き合いたいと思える
とてもよい精神状態。

で本日、日曜日に買ったソファーが届いた。
黄土色x茶色と紅色のソファーで散々迷って、結局紅色。
うちの二階は基本木とレンガなので、赤だとうるさいかなーと思ったんだけれど
広さがあるので、全然大丈夫だった。

3月は生活環境+体改良月間にする予定。
というわけでまず第一弾(まだ二月だけど)は紅色のソファー、
あと赤いダンベルも購入。
レゴじゃないけれど、一つ一つ自分がワクワクするものを揃えて行こうっと。
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# by miomiomiomion | 2012-02-27 23:50 | 衣食住

時間の渦巻き

庭の水撒き。
芽が出ていたじゃがいもを植える。
わさわさ咲いている
濃紅のブーゲンビリアの枝をちょっともらって
リビングのテーブルに飾る。

たまねぎをあめ色になるまで炒めて
えのきとブロッコリーとトマトをいれて
ハヤシライスを作る。
ライムをぎゅっとしぼって
氷を2つ浮かべたレモネードと一緒に
バルコニーで早めのお昼を食べる。

生ごみを細かくして肥料を作って
ほつれていたアフリカンドレスの裾を直して
午後は昨日買っておいたクリームチーズを使って
プリンを作ろう。
来週誕生日の友達に誕生日カードを書こう。

丁寧に生活する、っていいことだ。
何も特別なことをするわけじゃなくて
むしろ特別じゃないことを
一つ一つ心をこめてやるだけで
今が鮮やかに生きてくる。

時間が経つんじゃなくて
積み重ねる時間の過ごし方。

無意識にlet it goさせてしまわずに
自分の一歩一歩に
自分の一挙一動に
ちょっと意識を向けてみよう。

仕事に追われずに
時間に飲み込まれずに
自分の足元と、ここに
小さな時間のうずまきを作る。

来週もきっといい週になりますよ。
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# by miomiomiomion | 2012-02-26 13:15 | 衣食住

脳定食

巷に相当な本が出回っていて
ネビゲーターなく「良書」を「どうでもいい本」から
区別するのは、ほぼ不可能に近い。

ベストセラーであるかどうかは
ただの人気の指標で、
「いい本」だから人気というわけでは全くないし
たくさん支持がある=読む価値が高いというわけではない。
ちゃんとフォローしてないから
あんまり私がえらそうなこといえる立場にはないのだけれど(それでもいう)
芥川賞とかそういった権威のある賞の類も
○○賞だから、傑作!というわけでもなさそうだし。
最終的には好みの問題なんだけれど
昔の山田詠美に感じたような
「あーこの作家の本が読みたい!」という渇望感を久しく感じていない。
村上春樹は好きだけれど、IQ84の英語版の広辞苑のような分厚さに
躊躇してまだ買っていないくらいだし。
(だって広辞苑だよ、もちあるけないじゃないねー)

今はネットとか新聞とか雑誌で「この本はいい!」と薦められてよさそうなものを
アマゾンで実家に送ってといて
帰国のたびに山のような本を持って帰ってくるのだけれど
誰がなんでよいと言ったか全然覚えてないような
???な本もあったりする。
それはそれは自分の興味外の範囲に食指を伸ばすいい機会ではあるわけで。
Kindle touchを買ったので、これから少しずつ
本から電子リーダーにシフトしていこうとは思っているんだけれど
日本語文字媒体の本はKindle化全然されていないのだね。
というわけで英語の本はKindle、日本語は文庫の二本立てでしばらくは
いくか、と。

で、この病気中に読んだ本。
①花芯(瀬戸内寂聴)
②世界一の美女になるダイエット(エリカ・アンギャル)
③いかにして自分の夢を実現するか(ロバート・シュラー、稲盛和夫監訳)

①の花芯。
瀬戸内寂聴さんの存在は知っていたけれど、初めて読んだ一冊。
うわーこれぞ恋愛小説!という色香と艶に包まれた展開で、
そりゃこれは村上龍や詠美の比じゃなく物議を醸し出したろうなーという
ゾクゾクする枠のはみで方。横恋慕あり、年の離れた恋愛あり、
そしてどれもハッピーエンドから程遠い破壊的な愛。
時代を縦横無尽に駆け巡り、普遍的な(でもかたにはまらない)愛の形は
小説ならでは。これ、映画にしたらちょっと生々しすぎるな。
(しかし寺島しのぶあたりでやれそう)

②の世界一の美女になるダイエット
言ってることは間違ってないだろうし、読みやすい。
でもこれ、本じゃなくて雑誌の特集って程度で十分。
ま、具合の悪いときに重いもの読みたくないけど、
間違った情報とか変に軽めの小説読んでイライラするよりは
正しく、軽い情報ソースとしてありな一冊。
ローズマリーは脳を活性化させる、とか
よい油をちゃんととりましょう、とか。
賛否両論があるミス・ユニバースですが
(それでも最近は全然日本勢ぱっとしないなぁ)
正しい情報が必要なのはなんもミス候補だけじゃないわけでして。

③いかにして・・・
うちに10冊はある自己啓発本。こういう本は折にふれてさらーと読み返す。
天気のよい日曜日に庭のハンモック乗りながら、とか
早く帰ってこられた水曜日の夜に、ボサノバ聴きながらとか。
短い的確な言葉で、ストレートに効くので
自己暗示のように読み返す。いろんな自己啓発本があるから
自分の気持ちに合うのをテーラーメイドで読む感じ。

自己啓発本ばっかり、ってのも深みがないし、
読みやすい小説ばかり読んでも、人生観は変わらないし、
食べ物とおんなじで、読書もいろんなジャンルのものを
少しずつ消化するかたちで自分に取り入れる。
脳にもたんぱく質や、サラダや、炭水化物が必要だし
どうせいれるなら、和風だけじゃなくて
世界各国の知識と英知を取り入れたい。
今、英語で読んでいるのは映画化された
「Into the wild」、全ての持ち物を捨てて自然に還った
バックパッカーの話。

もうちょっと読書しなくては。

花芯 (講談社文庫)

瀬戸内 寂聴 / 講談社

スコア:



世界一の美女になるダイエット

エリカ アンギャル / 幻冬舎

スコア:



いかにして自分の夢を実現するか―あなたは「自分のこの不思議な力」をまだ使っていない

ロバート シュラー / 三笠書房

スコア:


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# by miomiomiomion | 2012-02-25 10:22 | みおの本棚

復活宣言

あーあわあわあわあわあわあわ
している間にもう2月も末!

1月の末にボルネオ旅行行って、
帰ってきて次の日から北部出張で
週末だけ戻ってきて、東亜船の後輩が遊びに来てて
月曜日から2週間南部出張。
誕生日があって、カメラなくして、財布も盗まれて
帰ってきた!と思った途端に

デンゲ熱

なぜ私の人生、こんなに落ちつかないのだろう。
ワインだけ買いに行って、車の中に財布をそのままおいとくとか
いくら治安がよいラオスでもありえない失態。
でも、ラオスのかわいいとことは
キップ(ラオスの紙幣)とタイバーツとドルだけとられてて、
マレーシアリンギットとスイスフランとクレジットカードはそのままなところ。
クレジットカード再発行ないだけでも、
盗人に感謝したい。ま、今月はビアラオたらふく飲んでくれ。

ボルネオも出張も誕生日も
楽しかったし、いろいろ考えることもあって、いい写真もとれて
ブログアップせなせなせなせなと
思いながら全然手付かず。
何がそんなに忙しいのか、よくわからないほど余裕がない2月。

仕事もいっぱい残っているし、
やらなければいけないことが終わってないし
気ばかり焦って、
とうとうデンゲに罹り、とりあえずいったん全部リセット。

人生にリセットボタンはないが
とりあえずこれからの生き方を考え直すことはできる。
スタートボタンはあるのだ。

この一週間、ひたすら寝た。
今までの人生の寝不足を一挙に解消するかのごとく
これからの人生の寝不足をチャラにするかのごとく
とにかく寝た。1日20時間くらいトロトロトロトロ。
3つのベッドルームがあるので順番順番。
たまに庭のハンモックで、
たまにリビングのソファーで。

先週の木曜日に39度7分の熱が出て
とにかく全くなんもする気がしなかった今週。
どれだけなんもする気がしないかというと
トイレに行くのも億劫で
トイレに行っても、水洗便所のレバーを押すのも億劫なくらい(冗談じゃなくて)
料理も切ったり、むいたり、蒸したりするどころか
お湯をわかして粉末スープを混ぜる、なんていうのもアウト。
(これは食欲がない、というのも一因であろうが)
果物もむくのも面倒だから食べたくないし、
テレビも読書も、日記も
とにかく人間として全く機能していなかった。
食欲が全くなくて、
食欲ないし、ほかの欲も全くなくて
いつもだったらワクワクすることが全くワクワクしない。

友達が病院に連れて行ってくれて、
野菜とか映画とか果物とかカップラーメンとかいろいろ持ってきてくれたりとか
ネット環境整えてくれたり、
電話くれたりして、
廃人然とした中でも、ありがたい友の存在があって
あーちゃんと生きなければ、と思いながら寝る。
病気のときはちゃんと病人でいよう。

で、とにかく一週間そんな感じで過ごしたら
熱はひいて、食欲は戻って、やる気も戻ってきた。
ただ、まだ血小板が少ないままだから
完全復活ではない。
経験者の弁によるとどうやら3-4週間はかかるようで。長いなぁ。

えらそうなことをいうわけではなくて
ちょっときちんと生活というか人生全般を見直してみようという気持ちになった。
ボーンアゲインである。
親と話して、祖父と話して、友達と話して、
弱気になった自分に渇を入れる。

怪我の功名でネット環境も整ったので
これからはブログも毎日書けるだろう。
ネタがないわけじゃないので、
あとは自分の時間管理次第。

ということで、ブログもしばらく放置してましたけれど
復活宣言なのだ。なのだなのだ。
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# by miomiomiomion | 2012-02-25 00:40 | ワタクシゴト

余命一ヶ月

おばあさんが余命を宣告されて
動揺することなく毅然と対応し
むしろまわりを心配する彼女に、
その生き様に
みんなが涙した。

という文章を見て
ふと人生について、神妙に考える。
私が余命を宣告されたわけではない。
人の命のはかなさは
この仕事をしていて
たくさん目にしてきた。

去年の12月23日、私が週末旅行で
チェンマイにいるときに
昔のソマリアのオフィスの同僚が
銃殺された。
穏やかで頼りになる58歳と
初々しくてやさしい28歳。
二人とも私と一緒に
ごはんを食べて
仕事をして
2年間時間をすごした人だ。

同僚・知り合いが殺されるのは
これで5人目。

彼らには58歳の彼は二人の奥さんと6人の子供がいて、
28歳の彼は私がソマリアを出る2ヶ月前に結婚したばかりだった。

タンザニアのムチトゥに10年ぶりに旅したときに、
私の住んでいた家の前に住んでいた
いろいろ食べ物をくれたり、バイクで町に連れて行ってくれた
おじさんが、バイクの事故で数年前に亡くなった事を聞いた。
彼は私が会った当時40ちょっとだったから、50そこそこでなくなったわけだ。

ちょっと前にごはんを食べたときに
オーストラリア人の友達が
バイクに乗っていて、前からバスが突っ込んできた話をして
「正直、俺の人生これで終わる」ととっさに思ったんだ、と言った。
幸い、彼と彼のバイクは横道に突っ込んで
バイクは完全にダメになったけれど
彼は思ったより重傷にはならなかった。よかった。

紛争国や途上国に限らない、
先進国でも、仕事中でも休暇中でも
老いでも、事故でも、病気でも

自分の人生の終わりは必ずしも予期しない形でやってくる。

「あと人生が3ヶ月だったら何をしますか?」という質問が
たとえば卒業アルバムの付録だったり、
自己紹介のネタだったりであるけれど、
果たしてあと私の人生が期限つきだったら何をするだろう。

よくある、お金を全部使い果たして豪遊する!とか
○○(←外国)に行くとか
○○(←好きな食べ物の名前)を食べまくる!
そういう消費行動的なことでは、たぶんない。
迫りくる自分の最期に恐れや心配や悲しみを感じて
豪華に楽しめないと思うから、きっと。

静かに瞑想しながら
今まで書いた恥ずかしい妄想リストや、日記、日々の記録をくまなく廃棄して(これ重要)
あとは、今までお世話になった人にありがとうということを形に示す、とか
親孝行するとか、そういう「他人に何かを(して)あげる」ことでしか
自分の最後の人生の質をあげることはできないと思う。

高級バックも、高価な食事も、海外旅行も、自己投資も、マイホームも
決して悪いわけではなくて
短い人生を謳歌するに、あっていい”項目”である、
でも人生を閉じるとき、自分を穏やかな心持にさせてくれるのは
自分が何をもっていたか、ではなくて
自分が何をしてきたか、そして、それが他人にどう生かされているか
なのだ、きっと。

やりたいことをやって、忙しくしているけれど、
今ここで私の人生に期限があたえられたら、
おんなじようには時間を使わないとふと思う。
今の生き方は、「時間がまだ無期限にある」傲慢な推測のもと
自分が楽しむことを最優先しているわけだけれど、
ちょっと時間を割いて、
自分の周りの大切な人たちに
ありがとうを言う時間、何かを伝える時間を増やさなくては。
それから、これからやろうと思っていることは
先延ばしにしないで、すぐ計画することにしよう。

いくらやっても、やりたいことって次から次に
沸いてくるんだけれどね。

Being the richest man in the cemetery does'nt matter to me.
Going to bed at night saying we've done something wonderful
that's what matters to me. Steve Jobs.

死ぬときに一番の金持ちである必要はない。
毎晩、寝るときに今日もすばらしいことをしたぞ!と思えることが
私にとって大切なことなのだ。スティーブ・ジョブス
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# by miomiomiomion | 2012-02-03 23:57 | 楽しく生きる

普通の会話一考

ビエンチャンは普通の生活が送れるところなので
今まで(この5年間の塀の中+集中ホリデー生活)では
会えなかったような人間層に出会う。
エキサイティングというよりはFun loving
いけいけというよりは穏やかで
でも日常生活を目いっぱい楽しむ人たち。
ラオスに10年以上住んでいる外国人とか
根を張ってビジネスしている同年代の女の子とか
家族もちとか社会企業家とか
私の「生活」の幅を大きく超えた・違った価値観を体現している人たち。
すごく勉強になるし、刺激になる。
アドレナリンどどーんという刺激ではなくて
アルファー波しゅわわ~という心地よさ。

あ、普通の生活というのは
スーパーマーケットに行く、とか
買い物のついでにコーヒーショップでカプチーノを飲む、とか
金曜日にクラブに行くとか
土曜日にサイクリング行くとか
そういうのね。

で、最初の一ヶ月によくあるパターンの
「今まではどこにいましたか」
「ソマリア」
「ええ!?」
というシルクハットからハトが!!的会話じゃなくて
だんだん普通の
「あんたは何を思う人ぞ」
な会話が増えてきた。

で、最近よく聞かれるすごく頭をひねる簡単そうで難しい質問

「彼氏いる?」

これってさ、①一見ハードコアで珍しい経歴をもっている女は
果たしてどんな相手がいるのか(いないのか)?
という好奇心から来る質問な場合と
②会話のつかみとして特に深い興味はないけれど、
とりあえず聞いてみる場合
③実は私に気がある場合
があって
たとえば相手が素敵な奥さんがいて、
かわいい二人の子供がいるいいパパ~♪みたいな人が聞いてくる
②だったら全然迷わずに
「ああ、いませんよー。」と笑えるわけだけれど
←あ、笑えませんか、ここは笑うところなんですけど。
最初から「僕は彼女がいなくて絶賛募集中」的な人が
酒の勢いも手伝って聞いてくる場合は
ちょっと慎重にハンドルしたい。

そりゃ相手に彼女がいないからってすぐどうって話じゃないし
その人にだってタイプがあるだろうから
彼氏いる?って聞かれたから即「私に気があるんだ!」とわくわくするほど
ナイーブではありませんけど。
でもこの質問がきたら、そのあとの展開をある程度推定するよね、誰でも。
で、それがわくわくしないんだったら
あんまり刺激せずにさらっとスルーしたいわけです。

で、まぁそういうわけで
彼氏がいるときには全然問題にもならなかった質問が
「さて、どう答えよう」な巻。
いないよ、と答えると
「なぜ」と聞かれる。
なぜって言われてもさー
1分、5分、2時間、一晩バージョンとご用意できますが、なんである。
相手も気があって、自分も気があってそれ相当の化学反応があっての
「彼氏いる?」であれば、それは二人のストーリーが今、始まる!な
ばら色の扉を開けて楽しく「なぜ」を展開するさ、でもよ
相手に気があって、自分が気がない場合と
相手に気があるかどうかも定かでない場合と
相手にその気はないけれど、誠実に対応したほうがいい場合と
もし相手にその気があるなら(でもあるかは50・50)俄然私もがんばりたい場合と
答えとその後の展開するストーリーとその展開速度が変わってくるよね、これ。
間違って変なドア開けて変なものがでてきても困るし。

うそはつかないけれど、必ずしも真実を言わなくてよいこと。
その後の展開を読みながら情報を小出しにすること。
相手の心の裏を読みながら進める
そういう「駆け引き」的な会話、私苦手。
お酒飲んで、どんと本音で語り合いみたいなのは楽しいし、
楽しい会話をしたあとに
「で、ちょっと聞きたいんだけど、彼いる?」みたいんだったら
いいじゃないですか。でもなんかこうちょこっと話をして
悪くないけど別にケミストリーも出てない段階で、
こういうよく読めない重要な質問されると
「さて、どう答えよう」と脳みそが空回りする。
ひねる会話は好きなんだけど、駆け引きってダメ。
美容院のおしゃれな軽いトークと同じくらいダメ。
(「おしゃれの参考にしているタレントさんとかいます?」とか
「普段週末何をされてるんですか?」とか「読んでる雑誌はなんですか」とか)
さらーっと素敵に流せればいいのに、普段考えている範疇外の分野だと
「なにが模範解答なんだろう?」と真剣に考えてしまう
自分がいるから疲れるのだ。

というわけで、おしゃれ会話とスマートなプライベート会話の
運び方を研究したい今日この頃

同年代の女友達が先週スカイプで
「20代のころに真剣に恋愛してこなかったから今そのツケを払っているよ」
(ただいま恋愛中)なことを言ってただけれど、
恋愛って回数こなして能力向上するものじゃないから
昔の経験が役に必ずしもたたないし、
頭で考え出せば出すほど、導き出す答えが間違っている気がする。
だからって勢いと感情に任せて走り出すほど、桃色な気力もないというか。
というか、恋に恋する時期じゃないからね。

どんな人がタイプ?と聞かれたから
「サバイバル能力のある、行動の読めない頭の切れるスリムマッチョ」
と答えたら、ラオスでは出会えないねと断言されたんだけど、そうかなぁ。
サバイバルっていっても、別にジャングルで火を起こせとか言わないのに。
細切れの条件にすればひとつひとつは難しくありませんが
全部パッケージだとだめなんだそうです。
サバイバル能力のある行動の読めない賢いデブとか
サバイバル能力のある行動の読めない頭の悪いスリムマッチョとか。
うーん、男は条件じゃない。
でもやっぱりパッケージで抱き合わせなんじゃなくて
ちゃんと一つ一つわくわくする要素がほしい。
あ、これ別に男性に限らず、女性もそうだけど。

あ、あとひとついっていいですか。
「アジア人(もしくは日本人)好き」というのを
嬉々と公言する外国人がいるんですが、←結構いる
好みがあるのは、全く構わないけれど
Catch lineとしては最悪。
あ、君日本人?
僕日本人の女の子大好きなんだー
といわれたら、どんな細マッチョイケメンでも場外です。

日本食とか日本文化(MANGAとか)大好きといわれたら
それはそれでいいですけど。
好きな日本食が「あつあげ」という人がいて
それはそれで面白いと思いましたけど。

というわけで、本日は失礼します。
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# by miomiomiomion | 2012-01-13 17:44 | 楽しく生きる

ムー体験

チェンマイの本屋さんで面白い体験をした。
私はこういうの、さくっとまとめて
ムー体験、と呼ぶ。
わお!と心が弾むような楽しくて
理屈を超えた瞬間。偶然で、Spontaneousででも
なんていうかピースがぴったり合うような快感を感じること。

昨年のクリスマス、チェンマイの古本屋さんにて。
特にABC順になっているわけでもなくて
ジャンル別にはいちおうなっているっぽいけれど
基本的に目的の本があって探すのは、無理!という街角の古本屋。

で、2012年に読みたい本を買うか!と足を踏み入れ
思いをめぐらせたときに浮かんだのが
昔、人にプレゼントされたのだけれど、
でも読む前にうちのスタッフが「貸して」といって
もっていってしまった”Life of Pi"
うーん、作者の名前も覚えてないしなぁという一冊。
表紙は覚えているけれど、でなんかブッカー賞をとってたなぁという薄い記憶。
もちろん、こんな「なんでもありだけど、なにがなんだか」な本屋では
みつからないよなーと思い、
あ、でもHaruki Murakamiならあるかも、と思ってた
目の前に、Haruki Murakamiセクションが!

ものすごいぴったりなタイミングに興奮しながら
英語のペーパーバックの
スプートニクの恋人と国境の西、太陽の南を手に取る。
で、ぐるぐるっと狭い本屋をまわって、表紙(+タイトル)買いしたのが

Snowboarding to Nirvana

Blink

なんていうか「呼ばれた」感じで、あんまり迷わずに即決。
でスプートニクがちょっと表紙が汚れていたので
もう一冊の具合を確かめにHaruki Murakamiセクションに戻ってきたら
なんと村上春樹の隣に

Life of Pi

があるではないか!
ひょーと口笛を吹きたくなるような、流れのよさで
結局5冊の本を買ったわけなんだけれど
こういう動物的な勘が冴えているときに買ったり手に入れたり仲良くなる人って
間違いがないんだよね。

このSnowboarding to Nirvadaが、またすごい惹きこまれる本で、
1週間でさらっと読了。(ま、そんなに分厚い本でなかったというのもあるけれど
英語のペーパーバックだと2週間はかかるよね、休日で一日中本漬けとかするんじゃなければ)

その感想を書こうと思ったのに、感想メモをおいてきてしまったので
今日はその出会いについてだけ、書きとめておく。
続きはまた明日。

2012年はどんな本や映画や人や場所や感情に出会えるだろう。
計画して、計画をなぞるという生き方ではなくて
大筋だけちょっと決めたら、あとはちょっと「流れにまかせてみる」という
余裕を残しておくと、自分で決めたことよりもっとカラフルで楽しいことが起こる。
柔軟性と、余裕をもつってこと、大切よ。

今日はこれから、友達のうちでBeerlaoナイト。
週末が始まります♪
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# by miomiomiomion | 2012-01-12 20:14 | 楽しく生きる

Only for you

今はなんでもメールやSMSで送れる時代だ。
TwitterやFacebookなんてのをいれると
コミュニケーションの手段は格段に増えて
さくさくっと大作もコピペして
気軽にクールなコミュニケーションができるはずなんだけれど、
そこに自分の魂はこめられているかを問おう。

今日ある人からメールをもらったんだけれど
肝心のところで私の名前がシャーロットになってて、
おまえシャーロットに出したメールを私にコピペしたなと
100年の恋も冷める思いだった。全然恋と関係ないメールだけど。
それだったら普通にBCCでもCCでも
みなさんに一斉送信で失礼しますってんで
近況報告受けたほうが100倍いいよね。
私、別にプロトコールとか礼儀とかうるさい人間ではないけれど
なんていうかわざわざ個人宛で出す手紙べきやメールに
コピペを使って、しかも推敲しないなんて論外。

あと間違っているわけじゃなくて、比較的よくある現象なんだけれど
Facebookに誕生日になると
他人のWallにすごーい量の「友達」から
Happy birthday!が列挙されるわけだけれど
なんで、自分の友達にただ
HBD!とかHappy birthday!とか
お誕生日おめでとう!
って言うだけで、
どうして一言”Only for you"なコメントが残せないものなのか
と他人のWallをみていて思ってしまう。
Have a good oneとか
まぁ悪かないけど、全然オリジナリティがないコメントも同様。
コミュニケーションツールは増えたけど
コミュニケーションの質があがるかどうかは
個人の心がけというかスタイルによるのだ。
数だけ増えても、それは自分の生活の質には全然比例しない。
無視されるよりはそりゃいいけれど、
おめでとうって言うそのあとに一ひねり欲しい。

Facebookも「友達」が増えてくると
実はよく友達かどうかも定かでない人もいるかもしれないし
そうだとすると的確なコメントを残せない
だから、単なる「お誕生日おめでとー。いい日を」になるのかもしれないけれど
私はそれだったらなんも言わないでいいのに、と思ってしまう。

コミュニケーションってのはとればいいってもんじゃなくて
何をコミュニケートするかってのが肝心なわけで
そうじゃないとそれは

ピンポンダッシュと変わらない。

クリスマスカードも年賀状も年賀メールもそう。
メールもSMSもFacebookも
時間かかっていいから、別に1月1日につく必要はないけれど
一斉のコピペで「みんな一緒」ってんじゃなくて
せっかく意思疎通するんだから
思い出をリフレッシュしたり、これからの出会いを計画したり、
近況を報告したり、その人が自分にとってどういう人なのか
そういう「プラスアルファ」の内容を入れないとね。
大会社のエグゼクティブとか一国の主というならいざ知らず
友達の数が100万ってわけじゃないから
ひとつひとつ吟味して、メッセージを書く。
だから私のクリスマスカードは全然クリスマスに到着しないし
メールも遅れる。(ごめんよ)
サインだけして、おくりゃーいいってもんじゃないのだ
(いや、クリスマスカードって大体そういうもんなんだけど)
何十枚もくる仕事関係のクリスマスカードは大体そんな感じだけど、
にやりとさせられるコメントが入っていたり
その人の近況が「自分あて」にアレンジされてたり、
大きなチョコレートBoxと一緒に送られてきたりする
そういう「特別感」があると、
自分の中で、その人とのつながりがグレードアップする、
コミュニケーションってそういうもんだよね。
ひとつひとつ私たちのドラマを重ねていくツール。
メールも一緒。
忙しいときじゃなくていいから、自分にあてて
ちゃんとメールをちょうだい、と思う。
私もちゃんとメールを書くから。

私がメールや手紙を出すときは
ちゃんと背筋を伸ばして、その人のこと考えて
ピンポイントで言葉を探す。
どっかできいたような適当な流れの言葉じゃなくて
自分の気持ちをちゃんと閉じ込めたリズムと
言葉の選択をする。

70億人の人がいる中で
出会えた奇跡に感謝するのに
ちょっと時間をかけて
今の自分をちゃんと表現する手間を
厭う理由はない。
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# by miomiomiomion | 2012-01-10 21:28 | 楽しく生きる

今そしてこれから

Hereafterを観る

つかみのリアルな津波映像が「時期的にふさわしくない」と
問題になった作品だけれど映画自体はとてもいい。
「Hereafter」には来世という意味があるのだけれど
この映画が焦点をあてるのはあくまで「今」。
津波だけじゃなくて、サイキックとか死後の世界とかドラック中毒とか
ドラマチックな要素が詰め込まれているのに、
ハリウッド的なうるささや派手さがないのが
クリント・イーストウッドの職人芸のなせる業。

マット・デーモンは相変わらずマッチョだけれど
このフランス映画よろしい静かな展開にすんなりと居場所を見出している。
いい役者だと思う。私のタイプではないけれど(←誰も聞いていない)
クリント映画の指定席のマット以外も、主人公のフランス人の女の人も
その彼氏も、性格が正反対の双子も、料理クラスの先生も生徒も
ラブストーリーの相手ですらも、「普通で」「となりにいそうな」
いい意味で全然キャラが突出していないリアルな人物の存在感。

そんなリアルなストーリー展開で語られるのは
迷いや、悲しみや、苦しみを内包しながら
期待や、気づきや愛に突き動かされていく巡りめぐり行く人生の妙。
人生は一方方向に進んでいくのではなく
上にあがり、下にさがり、いろんな「偶然」を積み重ねていって
運命の流れに巻き込まれていく。
ただ、決して真っ暗なだけではなくて
光が差し、出会いがあり、その出会いがもたらす
人智を超えた何かがある。

このラブ・ストーリーを予感させる最後の終わり方がまた
フランス映画っぽくてよいんだなぁ。SubtleでEloquentで。
完全無欠なハッピーエンドではなくて
一人一人の主人公が、
自分で感じた問いに自分で答えをみつけて
答えをみつける過程で、
複数の時間軸が絶妙に絡まっていく映画らしい映画。

それにしてもクリント・イーストウッドの守備範囲の広さと
産み出すストーリーの質の高さには脱帽である。
硫黄島からの手紙、チェンジリングやInvictusのもつ
歴史や社会的なテーマのもつ重厚感や熱さのある映画、
週末には友達の家でBirdをみたのだけれど
それはJazzの伝説のサクソフォン奏者の生涯を描いたものだった。
80過ぎて尚精力的に映画の世界で作品を生み出す
バイタリティとプロフェッショナリズムに
心から敬意を表したい。

いやー映画って本当にいいものですねぇ、だ。
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①Hereafter(今年初の映画)★★★★★
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# by miomiomiomion | 2012-01-08 20:25 | 映画評