世界のはじっこでの日常生活。思考生産物の物干し竿。


by miomio
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神々のかかと

今日から2泊3日の日程でフィールド@ラヒムヤールカーン(名前覚えるの一苦労)

9月は27000家族を対象に配給を実施し(継続中)
10月の配給は推定35000家族対象になるであろう

洪水真っ只中の被災地である。

川の増水具合が半端じゃなくて、川から15キロも離れた場所で
畑が水浸しになって、綿やらサトウキビやらマンゴーの木が枯れてしまっていたり
泥でできた家が川の水でとけて流れてしまったり。
先月まで8フィート(2.5m程度)あった水かさが4フィート(一mとちょっと)に
下がってはいるけれど、まだまだ村やら畑やらが水の下、という場所も少なくない。
自然の驚異は、人間の理解と能力を超えている。

d0153664_19101055.jpg

ここはもともと畑のあった場所
川から5キロ離れた場所でこの状態。

今年のモンスーンは
通常一年で降る降水量の3倍の雨がたったの5日間で降ったという。
日本の異常気象やアメリカのヒートウェーブや
デンマークでの10年ぶりの降雪や
世界中で、天候がコントロール不能になっている
異常事態。
人間がどんなに最先端技術を駆使しても
地球に、環境に、社会に
無理を強いれば、積もり積もって
私たちの想像を超えた形で大きなしっぺ返しがやってくる。
その無理を作り出した人間本人ではなくて
私たちの次の世代だったり、
途上国の小さな村人だったりが
その余波をもろにかぶる。

車をエコカーに、
お箸をマイ箸に、
ショッピングバックを持参して
どうにかなるレベルを完全に超越しているわけだけれど
(そういう個人行動を否定するわけではなくて)
共同体レベル、国レベル、世界レベルで
もっと積極的に環境問題にとりくんでいかなければ
もしかして間に合わない、そんな危機感を感じる今日この頃。
ほころびがいろんなところで
噴出しているのが今の世界情勢。
なんていうか地震にしても、噴火にしても、洪水にしても
昔からあることだけれど、その規模のレベルが
だんだん巨大化して
Day after tomorrowが決してハリウッドのCGじゃなくて
起こりうる事態になっている。

でもね、悪いことばかりではないのだ。
自然の恐ろしさに圧倒される場所で
同時に皮肉にも展開される美しさがあったりする。

d0153664_19161253.jpg


決してAppropriateな形容詞じゃないけれど
はっと息を飲むような美しい光景。

そして、被災者も
お互いを助け合ったり、
家を建て直すために働く
人間の強さに多く出会う。
(人間の狡猾さや醜い本性もかいまみられることもあるのだけれど
それはまた別のコラムで書きたい内容)
とにかく人間が正しく人間であるための
神への畏怖や
周りへの思いやり
苦しいときこそ発揮される人間の強さに
救われる思いがする。

なんというか、絶望の真っ只中で
みつけられる光というか
ふと感じる神の存在とか
目に見えないものを
邪険に扱えない空気がそこには満ちている。

被災した人と話していても
「神がもたらしたことだから私は受け入れる」とか
「神は私たちを見捨てることはない」とか
とにかく「アラー」がいたるところに登場するのだけれど
最後の砦としてだけでなく
神の存在を信じられることで
どれだけ人は謙虚になれるか、
どれだけ人は強くなれるか、
そんな事実を目の当たりにして
無宗教者の私の
普段使わない心の奥が疼く実感がある。
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by miomiomiomion | 2010-09-25 22:03 | お仕事